第2話 ヴェロニカ姫・前編
カルム王国第五王女、ヴェロニカ=レノン・ラティマー。
それが転生した私の新しい名前である。
前世の名前は忘れてしまったが、私は日本と呼ばれる異なる世界で紅茶専門店を経営していた。過労から足がふらつき階段を踏み外し──次に目が覚めたら赤ん坊になっていた。恐らく打ちどころが悪く、たぶん亡くなったのだろう。
私は資源が比較的裕福なカルム王国王女として転生し、生まれながらに『光の加護』というかなりスペックの高い能力がついてきた。もっとも『光の加護』があるというのに、髪は漆黒の黒、瞳は菫色、肌は白いという日本人の特性をそのまま反映させた容姿を見るに「『闇の加護』じゃないのか」と思わず自分で突っ込んでしまった。
生前の日本人では珍しくない黒髪もこのカルム王国では殆どいないため、奇異な目で見る者は少なくなかった。しかし両親である国王と王妃はそんな私に対して深く愛情を注いでくれた。また末の娘というのもあり兄二人、姉四人も年が離れているからか可愛がってくれた。
特に二番目の兄ギルバート兄様は溺愛ではなく、「面白い玩具がある」という認識な気がする。そう思わせた要因は僅か六歳で疫病の対策を発案。地形と過去の歴史から自然災害が来ることを予知、というか予測──とまあ、分かりやすく言えば色々やり過ぎてしまったからだ。
結果、好奇心旺盛なギルバート兄様にとって私の知識に興味津々になった。事あるごとに、私とのお茶会を要求する。それは今も変わらない。
隣国もそんな私に興味を示し、各国が秘密裏に誘拐を企てまくった。「この国の警備システムどうなっているのだ!?」ってぐらいに一日一回の誘拐は当たり前。侍女や衛兵には他国との内通者がいることはよくあったし、パーティー会場なんて時は、人の出入りも多いので誘拐されまくった。もっともそのどれもが未遂で終わっている。未遂で済んでいるのはギルバート兄様の策が功を奏しているからだそうだ。
そして私が八歳の頃、当時騎士見習いだったルーファスと出会う。偶々現場に居合わせ、襲撃者を撃退したのだ。当時から次期王国最強と名高い彼、ルーファス=オクリーヴを護衛騎士として推薦したのはギルバート兄様だ。彼は騎士学校に通っていた青年で確か年齢は十六歳。その頃のルーファスは、何もかもどうでもよくて退屈そうなつまらない目をしており、張り付けた笑顔が印象的だった。
嘘くさい──何もかも偽物のような人。女性だけではなく人を毛嫌いし、触れる事を極端に嫌がった。「潔癖症なのだろう」と、私は適度な距離を保ち、石鹸や質のいい手袋を贈った。
最初は姫と騎士。正しい距離感だったはずだ。
それからルーファスを知って少しずつ好きになり、その想いが恋だと気づき行動したが──数年間の片恋も虚しく失恋した。
思えば前世から恋愛には疎かったのに、いきなり優良物件のイケメン騎士と恋に落ちるなんてありえなかったのだ。のぼせて勘違いして──本当に恥ずかしい。さっさと忘れてしまおう。さようなら私の初恋。
***
それからルーファスを守護騎士の任を解いて一カ月が経過した。私は新しい環境で順風満帆の学生生活を満喫──出来てなかった。というのも、朝からルーファスが私の護衛騎士として姿を見せたからだ。
「おはようございます。今日もお美しいですね、ヴェロニカ姫」
「…………」
ルーファスは任務でも何でもないのに玄関口に現れ、いつものように私を出迎える。
出会ったころより私の身長は伸びたのだが、それでも彼の身長はさらに伸びて見上げなければならない。騎士として鍛え上げられた体躯は引き締まっており、白銀の長い髪に、真紅の瞳。目鼻立ちが整った偉丈夫は、今日も私の行く手を遮る。「護衛ってなんだっけ?」と最近思う。いや哲学とかじゃない。白銀の甲冑に身を包み、顔以外はフルプレートアーマーを着こなした彼は、この国で最強の騎士だ。悔しいが今日も見惚れてしまいそうになる。
一カ月前までは、挨拶を交わして私の隣に居ることを喜んだだろう。そう一カ月前までは──。今はもうただただ辛いだけだ。
私は毅然とした態度で彼の前に佇んだ。
「騎士様、学院へ行くので失礼します」
素っ気ない態度にルーファスは困った顔で微笑んだ。
「ヴェロニカ姫。……なぜ、いつものように『ルーファス』と呼んでくださらないのですか? 貴女にそう言って頂けないと、一日の始まりが来たと感じられないのです」
「もう私の護衛騎士ではないのだから、その必要もないでしょう。今は父様の護衛に任じられたはずでは?」
「辞退しました」
「はい?」
国王の出した命令に、異議申し立てをしたのだろうか。この男は。出世コースをかなぐり捨てたような発言に、私は血の気が引いた。
「引き続き、私は姫だけの騎士です。そもそも私が騎士になったのはヴェロニカ姫が望んだからではないですか。それだというのに、私の気持ちを無視するとは──いい度胸です」
(騎士が浮かべてはいけない黒い笑みを向けている……)
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