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第19話 結婚という名の罠

「いや、ヴェラ。ちが……とにかく、落ち着いて」

「落ち着いていられないでしょう。どうせ兄様も、王国最強騎士様も『たかが恋愛』と思っているでしょう。都合がいいからとか配役にちょうどいいからとか、ギル兄様は私の事をちょうどいい手駒にしか思っていませんものね。王国最強騎士様も私の事を縁談や求婚を断るための言い訳を作るために傍に居るのでしょうから。もう、そういうのは全部、うんざりなの!」

「ヴェロニカ姫、私はこの数日で気づいたのです。貴女を──」

「そんな見え透いた嘘なんてやめて!」


 もう言葉に振り回されたくない。

 限界だった。衝動に近かっただろう。

 護身用のナイフを取り出すと、素早く自分の髪を斬り捨てた。

 ずっと伸ばしていた艶のある黒髪。

 願掛けをしていたのも今日までだ。もういらない。思い切り私は自分の髪を切り刻んだ。


「ヴェロニカ=レノン・ラティマーは死にました。ギルバート様、この髪と共に好きに政治に利用してくださいませ」

「なんてことを……! ヴェラ、死んだなど何をいっているんだ。光の加護を受けている以上、王家として手放すわけが」

「では光魔法も捨てましょう。それなら文句はありませんよね」


 ギルバート兄様が何か言い出す前に、私は光魔法の権限を放棄する。眩い光と共に金色の蝶が私の体の中から出て行き、その光景は幻想的で美しいものだった。外に解き放たれた金色の蝶はそのまま部屋を飛び出して消えた。

 これは転生したことで私がもっている特別な能力(スキル)のようなものだ。今まで光魔法を使えるから狙われていたのだから、これでその心配もないだろう。

 権限の放棄を終えると、私の髪は真っ白へと変わった。

 その場にいた誰もがあっけに取られていた。これで私の価値もがくんと下がっただろう。


「これで文句はありませんでしょう」


 私は長かった髪の一房をルーファスに押し付けた。


「防波堤が必要でしたら『実らない片思いをしている』とでも吹聴すればいいのではないですか」

「ヴェロニカ姫、私は──」


 聞きたくない。

 いまさら何を聞いても同じだ。もう私の中で決着はついている。ついてしまった。


「それでは明日の朝には消えますので、後の処理はよろしくお願いいたします」


 捨て台詞に近い形で私は部屋を後にする。

 部屋を飛び出し廊下まで出ると、魔法学院の外套を羽織っていたことを思い出しフードを深々とかぶり直した。これで私がヴェロニカだとすぐには気づかれないだろう。このまま王族の居住区域に向かい、荷物をまとめて出立しなければならない。明日の朝と言ったが一時間以内に城を出るのが目標だ。


「姫様、思い切りが良すぎる」

「ケヴィン……」


 唐突に私の真横に現れたのはケヴィンだった。黒狼の姿ではなく執事服に身を包み、人の姿で顕現する。

 いつも表情が乏しいのだが、今ばかりは不安そうに眉を八の字に吊り上げていた。


「光の加護を放棄してしまったけれど、それでも──私を契約者として認めてくれる?」

「もちろん。……追手が来る前に向こうに行く準備を整えよう」

「ええ」


 ギルバート兄様が私を利用して色々画策していたことは知っていたし、そのことに関しては少し面倒程度にしか思っていなかった。けれど兄様は私の失恋を知っておきながら、あの計画を立てたのだ。

 あれはない。

 あれだけは──許せなかった。

 結婚をさせて愛されてもいないのに『夫人役を務めろ』と、『彼を支えろ』というのだ。つまりは夫婦として見えるようにより近くに居なくてはならない。そうなったら愛されていないと知りながらも愛されるようにふるまう必要がある。演じなければならい。愛のない結婚なんて虚しいだけだ。このまま屋敷に戻ってさっさと常若の国(ティル・ナ・ノーグ)に行ってしまおう。私の決意は固かった。


 ***


(──と、()()()()()()()()()()()()()()()!!)


 自分でも驚くほど妄想を走らせていた。いやこの妄想がなければ衝動に駆られて同じような行動に出ていただろう。今、激情に駆られて動けば気分はスッキリするだろうが、見切り発車もいい所だ。少なくとも今飛び出してしまえば常若の国(ティル・ナ・ノーグ)へ行くことは難しいだろう。


 ギルバート兄様は『腹黒大魔神』なのは事実だ。そして『忘れ時の黎明記』という乙女ゲームの情報で分かったことだが、私が『攫われ姫』となった背景には兄様の画策によるものだった。ゲームの設定上、他国の情報を得る為、第五王女()を餌にして捕まえた刺客たちから、各国の情勢や情報を吐かせていたという。毒殺未遂なども全ては私を手駒として利用していた。

 そんなギルバート兄様だからこそ今回の結婚の裏で様々な策を弄しているのだろう。だけれど、それを知っていて利用される気はない。反抗しつつも結婚に賛同する形で今日を──いや夜まで持ちこたえれば私の勝ちだ。


「兄様、結婚に期間は最低一年と言っていましたが、一年後に何かあるのですか? たとえば──ネーヴェ帝国に光魔法の使い手として交渉材料にする、とか」


 カマをかけたのだが、真っ先に反応を見せたのはルーファスだった。だん、と凄まじい音を立ててソファを囲んでいたテーブルに思い切り拳を叩きつけたのだ。


「……そうですね。私も一年という期限が気になります」

(期限を? 結婚そのものではなくて?)


 どうにもルーファスの考えが読めない。結婚に反対するのではなく、その期限に対して不満があるような言い回しだ。単にギルバート兄様が怖いのか、それともなにか別の糸があるのか。多分、一年で私が離縁したら彼の本命である令嬢が矢面に立たされる可能性を危惧しているのだろう。体裁や色々と困るから、私のことを思っているのと勘違いしては──ダメだ。


「なに。結婚しても上手くいかない場合もあるだろう。だから最初に期間を決めておいた方が良いという配慮だよ。大切な妹のことを何だと思っているんだい?」

(手駒でしょうに。でも今それを告げれば兄様に気取られる。……愚者を演じて、今日を乗り切ればいい。そうすればこの国からいなくなる事ができる)


 今、信用できそうなのはケヴィンぐらいだろうか。もう私の中でギルバート兄様、護衛騎士のエリオット、同級生のナンシー、王国最強騎士ルーファスは味方に思えなかった。みな兄様の駒。誰も信用できないゼロから自分の味方を見極め、作っていくしかない。


(結婚してもそれはルーファスの本心からじゃない。私を妻として娶った後に愛妾を抱えるのだわ。亜麻色の髪、エメラルドの瞳の美しい人を。だから心を動かされては駄目)


 やはり今日中に常若の国(ティル・ナ・ノーグ)へ旅立つ選択は間違っていないだろう。でなければ私はずっと籠の鳥として使い潰される。知ってしまった以上、今までの関係ではいられない。動かなければ出口を封じられてしまう。


「ヴェラ、他に質問は?」

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