第18話 絶望的な結婚話
「魔法学院に入ったばかりだけれど、休学届は出しておくから安心して」
「ギ、ギル兄様!?」
だん、とテーブルに両手をついてギルバート兄様に反論する。兄様には私の気持ちなどまるまるっとお見通しなのだろう。ニマニマ顔が超絶腹立つが口にしないと気が済まない。
「わ、私がどうして王国最強騎士と結婚をするのよ!?」
思わず声が上ずってしまった。
「とてもお似合いだと思うのだけれど。それにルーファスは公爵家の嫡男だし、家柄も申し分ないだろう」
「ギルバート殿下、私は身分など関係なくヴェロニカ様を──」
「なぜそんなことを急に言い出したのですか? ギル兄様、簡潔に説明をしてください!」
ルーファスの言葉が私の心を抉る前に、私はギルバート兄様を睨んだ。思わず身を乗り出してしまったが、一体何を考えているのだろう。結婚、いいや政略結婚の間違いだろう。
「実はね。ルーファス、君の実家であるアイシア領で二年後に市民による暴動または反乱が起こる可能性が極めて高いことが判明した」
「それは……」
(アイシア領? ……最近、どこかでその地名を見聞きしたような)
ルーファスの表情が一変した。目を見開き、酷く動揺している。
「現在オクリーヴ家の現当主はアイシア領全域に厳しい法令を出しており、恐怖政治によって民衆を虐げられている。その上、税も国内で規定の倍を請求していると聞く」
「そんな横暴な……!」
アイシア領はネーヴェ帝国の国境近くの領土で海沿いもあり、山と海両方の特産物や麦畑とラガーが有名だった。また他国との貿易交渉を行う事が多く、カルム王国にとって重要な領土でもある。
そこで暴動が起こるという言葉に、私も驚きを隠せなかった。──というかそこがルーファスの故郷だとは知らなかったし、領主の息子だったなんて初耳である。というか嫡男だとしたら家を継ぐのだから、護衛騎士をやっている場合ではないのではないだろうか。
「ルーファス、アクリーヴ公爵から多額の金銭を請求されているだろう」
「……ええ。その通りです」
「その結果、ここ一カ月で荒稼ぎしていたようだが、事は金の問題ではないと気づいているだろう」
(え、カジノやワイバーンの群れを倒して金銭を手にしたのって、領地に仕送りするため?)
ここに来る途中、エリオットから聞いていたのでそこまで驚きはしなかった。けれどルーファスは唇を固く閉ざしたままだ。両ひざの上にある手も拳を握りしめている。
「あの公爵相手では分が悪いのも重々承知している。しかしこのままでは国が傾く」
(ストーリー展開でも早期解決をしなければ、アイシア領の被害が増える。その点に関して早めに手を打つのは良いと思う)
「この情報は、ここにいる人間しか知らない。まだ兄上の耳に入っていない今なら、公爵と夫人を当主の座から引きずり下ろし、領地回復することが可能だ」
「確かにクレイグ王太子が対処するのであれば、反乱が起こってから武力によって制圧するでしょう。そのほうが王太子にとって都合がいい功績を残せるでしょうから」
(確かにクレイグ兄様が出張ると武力行使一択なのは確実だわ)
第一王子のクレイグ兄様は軍人気質が強く、政治的な部分は第二王子であるギルバート兄様が引き受けることが多い。彼が出張るとすれば必ずと言っていいほど戦争になる。しかし戦争というのは始める側に大義名分がなければ、士気を継続するのは難しい。そのため交渉や取引などが失敗し、最後の策として戦争という武力行使のカードを切るというのが通例だ。逆に言えばクレイグ兄様の耳に今回の情報が入る前なら、最小限の犠牲に抑えることが可能となる。
(現在クレイグ兄様はレガーメ王国との国境付近での遠征に出ているから、この手の情報が届くまでまだ猶予はある)
「そういうわけで公爵家よりも力を持っている王族、そして公爵と夫人を抑え込んで立ち回れる花嫁は、ヴェラしかできないと私は思っている。もちろん国から領土復興の支援はするし、人材も貸し出そう」
ギルバート兄様は「考えてほしい」という言い回しをしているが、私には「ということで決まったから」という副音声が聞こえる。おそらく決定は覆らない。
「ギル兄様、一ついいですか」
「なんだい?」
「別に私が政略結婚する必要はありませんよね?」
政略結婚といったのには訳がある。
なぜならそこに愛情はないとはっきりさせるためだ。好きな人と結婚出来るのなら喜ぶべきだが、好きな人が自分を好いていないのに結婚など出来るか。政略結婚だったとしても失恋した相手とだなんて死んでも御免だ。
もし私が転生者ではなく生粋の王族だったのなら、恋愛結婚など期待していなかっただろう。けれど結婚をするというのなら、幸せになりたい。その条件はずっと昔に父様と兄様たちに説明したはずだ。それを記憶力のいいギルバート兄様が忘れる筈はない。
「オクリーヴ家の再建に当たってルーファスの妻役は後ろ盾がある女性が好ましい。王家だったらなおのこと。それにこれは君たちの為でもあるのだよ。主従関係を超える過度な接触、仲睦まじい姿に社交界でももっぱらの噂だ。この間、ヴェラがデビューした時に同伴したのはルーファスだったしね」
ルーファスの意見を聞かずに話を進める。もっともここに呼ばれた時点で「いいえ」という選択肢はないのだ。ギルバート兄様の命令は「はい」か「喜んで」の二つしかない。
いつもなら──そうだっただろう。
「結婚の目的は二つ。一つ、オクリーヴ家の当主となり領土回復に努める事。二つ、隣国であるネーヴェ帝国の工作員を捕縛。どうも今回の反乱の裏には帝国が一枚嚙んでいる可能性がある。まあどうしても離縁をしたいというのなら、体裁を考えて一年後にしてくれ」
「しかしギルバート殿下、我が公爵家では代々亜麻色の髪、エメラルドの瞳を花嫁に迎えているという──」
「じゃあ、王家から廃止するように勅命を出すよ」
「……!」
ギルバート兄様はさらっと問題を力業で黙らせた。いつの間にか結婚を行う前提で話が進んでいる。まだ一言も受けるなんて言ってないのに。
政略結婚は王族ならよくある事だ。
それは理解している。
適役だというのも筋が通っていた。けれど私の気持ちなど配慮されていないのだと知る。今までも『攫われ姫』であることを甘んじていたが、今回に関しては看過できなかった。
私はギルバート兄様を睨んだ。
「嫌です」
「ヴェロニカ姫?」
「ヴェラ?」
「契約だろうとなんだろうと私はルーファスとだけは結婚しません。もうこれ以上傍に居たくないわ」
「!」
私の言葉に一番驚いていた──いや傷ついた顔をしたのは、他ならぬルーファスだった。けれども今はその顔が腹立たしい。
「ヴェラ、落ち着きなさい。ルーファスはお前のことを心から──」
「私のことを愛してもいないし、好きでもない。結婚も亜麻色の髪、エメラルドの瞳の令嬢を迎えるのでしょう。そう直接本人から聞きましたもの。王族である以上、政略結婚するのは理解しています。……けれど振った相手と『結婚しろ』なんて、私を馬鹿にするおつもりですか?」
ギルバート兄様の言葉を遮って私は畳かける。いつになく感情的だったのは、今までの鬱憤が溜まっていたからもあった。いつも余裕を見せている兄様だったが、私の激昂に笑顔が崩れた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。凄く嬉しいです(*'▽')
執筆の励みになります╭( ・ㅂ・)و̑ グッ
感想・レビューもありがとうございます。




