第17話 呼び出しに良いことはない・後編
「私の事を好きという対象として見ていないとも本人の口から聞いたわ」
「本当に勇気を出してルーファスと向き合おうとしたのですね。中々出来る事ではありません」
グッと拳を握りしめた。理解しようとするエリオットの言葉に鼻がツンとして、泣きそうになる。好きという感情が悪いものじゃないと知って欲しかった。時間をかければ自分の想いは通じるのではないかと──でも結局、ルーファスには届かなかった。
「自分が見ている限り、本人が無自覚なだけで姫様を慕っているのは本当だと思いますよ。姫様には紳士な態度を取っていますが、他の女性相手だと真顔で『自分の鏡を見てから出直してください』と切り捨てますから」
「それは女の敵ね」
「否定できません。……でもあの男が、ああなったのは家庭の事情が原因だと思います。ルーファスから聞いたことは?」
「ないわ。あの人、自分の話はあまりしなかったの。聞いてもいつもはぐらかされて、調べようとしても先回りして……結局、私は何も知らないのよね」
そのことも私の中でショックだったことの一つだ。八年間、彼のことを何も知らないという事実がとても悲しくて、悔しかった。
「……ルーファスの両親は政略結婚だったようで世継ぎが生まれた途端、互いに愛人や愛妾を複数に囲って別居状態。ただし社交界や公の場ではおしどり夫婦を演じていたそうです。そして成長し美男子となったルーファスに色目を使った愛妾たちが出てきた。それを知った父親であるオクリーヴ公爵は激怒し、ルーファスを軟禁状態にした」
「児童虐待、育児放棄なんて……!」
「ねぐれ?」
それがルーファスの幼少期。
親から愛情を注がれることなく、そこには血の繋がりだけの家族があった。大きな屋敷の中でルーファスは孤独だったのだろう。私には想像しかできないけれど、やはり辛いことだ。前世の両親は私が小さいころに亡くなっていなかったけれど、祖父母がいてくれた。その祖父母も私が大人になり、紅茶専門店を開いた時には他界している。天涯孤独になって血の繋がりがなくなる怖さは知っているけれど、愛情のない生き方をしたルーファスの苦しみは私には理解できない。
「愛のない家で育った。だから誰かを好きになるのに臆病──ううん、人間不信になって屈性したと」
「その通り。もっともそんな過去があったからといって、姫様の想いに対してルーファスの返答はあまりにも配慮が欠けたものだと自分は思います。これ以上、本気でルーファスを忘れるつもりでしたら自分も協力しましょう」
「……ありがとう」
エリオットの気遣いがルーファスに少しでもあったらよかったのに。
そんな都合のいいことが起こるはずもなく、いつの間にか目的地である宮廷に到着したのだった。
***
第二王子ギルバート兄様の執務室に通され中に入った。兄様の仕事場には来たことがなかったが、きちんと整えられた部屋に、質のいい調度品などが目に付いた。清潔感があり白で統一された室内は解放感がある。もっとも机に積まれた書類がなければ完璧だったが。
「やあ、ヴェラ。よく来たね」
にこやかな笑顔で出迎えてくれたのは、第二王子のギルバート兄様だ。周囲の補佐たちは青い顔をしているところを見る限り、鬼のような仕事量に疲弊しているのだろう。
「ギルバートお兄様、お久しぶりです」
「いつものようにギルでいいよ」
淑女としてドレスの裾を掴んで挨拶をする。ギルバート兄様は自然の流れで手を差し出すと、隣の客間へと案内する。兄がその場から離れることで補佐たちはあからさまにホッとした顔をするのが見えた。
(あ……)
幼いころから人の顔色ばかり見てきたので、顔に出やすい彼らの言動に嫌な予感がする。私が気づいてギルバート兄様が気付かないはずはない。
「みんな、私は妹たちと大事な話があるから、戻ってくるまでに今日の仕事を終わらせておくように」
「ひいっ。殿下の鬼」
「殿下、あんまりです」
「な・に・か言ったかな」
「「何でもありません!」」
(でた……。ギル兄様の鬼畜ぶり)
にこにこと笑っていながら圧が凄いのだ。後笑っているが、目は一切笑ってない。父様でものまれそうな威圧感を放つ兄に、意見が言えるとしたら第一王子のクレイグ兄様ぐらいだろうか。
***
隣の客間に足を踏み入れた瞬間、既に退室したい気持ちでいっぱいになった。
締め切った窓、分厚いカーテンがかかっており、防音魔法など様々な魔法が展開されている。この中で話を聞くのだから、国家機密レベルの内容の可能性大。このままUターンして帰りたい。今すぐケヴィンの素晴らしい毛並みに抱き着いてモフモフしたい。
「ギル兄様。私、急にお腹が痛くなってきたのですが……」
「そうかい。それは大変だ。ほらソファに掛けて、休むといい」
(逃げられない……。でも今日さえ乗り越えればいいのだわ)
ギルバート兄様から逃げる事ばかり考えていたせいで、ソファに座っている人たちの存在に今まで気付かなった。室内が薄暗いのもあると思う。
「ヴェラさぁぁああん」
「ヴェロニカ姫」
(ナンシー、ルーファス!?)
とんでもなくメンツの濃い連中が居た。泣きじゃくるナンシーと、無駄にイケメンのルーファスがいた。ルーファスは私を視界に入れた瞬間、その場から立ち上がり足早に私の前に立ち塞がる。大輪のような笑顔を向けるな。こういう所だ。こういうことをするから勘違いしてしまいそうになる。
このままの勢いでは手を差し出してエスコートを申し出るだろう。いつもそうしてきていた。けれど今回は違う。私とルーファスの間にエリオットが割って入った。
「姫様、こちらのソファにお座りください」
「ありがとう、エリオット」
エリオットの機転でルーファスと接触せずに済んだ。エリオットは護衛騎士として本来の仕事をこなしただけなので、ルーファスは何か言いたげだったが言葉に出すことはなかった。
(あのルーファス相手に割って入るなんて、さすが第一騎士団副団長)
「これで役者は揃ったね」
一人満足そうにしているギルバート兄様の笑顔は、少女漫画に出てくる理想的な王子様に近いが私には腹黒い笑みにしか見えない。というか恐怖だ。とにもかくにも、ソファに腰を下ろす。私の隣がなぜかルーファスで、向かいにギルバート兄様、その隣に終始震えたままのナンシー。ケヴィンは私の影の中にいるが表に出てくる気はなさそうだ。最後に私の傍に第一騎士団副長のエリオットが佇んでいる。
(ん? このメンツってルーファス以外、『忘れ時の黎明記』のキャラだったような……)
「早速本題に入るけれど、ルーファス、ヴェラ」
「はい」
「なに?」
「二人とも、今すぐ結婚をしてもらう」
「謹んでお受けします」
「な」
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