第16話 呼び出しに良いことは無い・前編
エリオットが護衛騎士になってから数日の間、攫われることなどなく穏やかな日々が過ぎていった。ルーファスの姿も見なくなったのも影響しているのだろうか。そう考えると今まで攫われ過ぎだったのだと気づく。やはり私は間者を炙り出すための囮だったのだろう。
(今日は新月。帰り道に襲われなければ、常若の国に行くことが出来る)
校舎前に出た際に、周囲を見渡したのだがルーファスの姿はなかった。
あの日からルーファスは私の前に現れなかった。噂ではサロンやパーティー会場になど姿を現すことが増えたらしい。もちろんその傍には亜麻色の髪、エメラルドの瞳の令嬢が群がっていたとか。侍女たちが話しているのをたまたま聞いてしまい、聞かなければよかったと心の底から思った。
まだ吹っ切れるまでには時間がかかるだろう。この胸の痛みも常若の国に行けば薄れていくだろうか。彼以外に好きな人は──いつかできるだろうか。
「ヴェロニカ姫。今日は宮廷に向かうようギルバート殿下から指示されております。……少しお話をしても?」
(ギル兄様が?)
ちらりと一瞬だけ馬車を見る。
宮廷に向かう前に話したいことがあるようだ。まあ城の居住区画ではなく、宮廷というのだから何かあるのだろう。基本的に馬車に男女が同乗するのは情するのは親しい間柄、または有事の際のみと限定されている。今回は雰囲気的に有事──込み入った話だろう。
一瞬、私が逃げ出す算段をしているのがバレたかと思ったが、即時捕縛と監禁されない所から見て気付かれていないだろう。ここは大人しく話に乗るのが得策だと判断する。
「事情があるのでしょう。同乗を許可します」
「ありがとうございます」
馬車に乗り込む際に妙な視線というか悪寒が走ったが、ルーファスでないことを祈るばかりだ。いやそう思いながらも「彼が少しでも嫉妬してくれたら良いな」と期待してしまっている。自分の女々しさが無性に惨めに思えた。
乗り込んだ馬車の見た目はいつもの王族用と変わらないが、装甲が厚い。それに馬も軍用のもので鍛え上げられているのだろう風格が違う。明らかに警護レベルが跳ね上がっていた。
馬車に乗り込むと向かい合わせに腰を下ろす。
「それで話って何かしら? 今回の警備が強化された理由と関係ある?」
「ギルバート殿下の命令ですよ」
「そう。今までの配置は欠点だらけだったって気づいたのかしら。それともわざとだったとか」
「申し訳ありませんが、自分には殿下の考えまでは読むことは出来ません」
(まあ、わかっていたとしても囮役としての私に説明なんてする気もないのだろう)
第二王子のギルバート兄様は金髪空色の瞳、笑顔が似合う爽やか美男子である。中世的で美しい顔立ち、長い睫毛に、王子様と呼べるような容姿。今思えばさすがはゲーム攻略キャラとしての要素を盛り込んだ外見だと思う。一番上の兄様、王太子クレイヴ兄様は軍人気質の実直な感じだが、ギルバート兄様の場合は姦計などの策略が得意な人だ。あんなにキラキラで王子様のようないい笑顔をしているのに腹の中は真っ黒で、『腹黒大魔神』だ。そんな兄から何の用件かもわからずの呼び出し。
なんとなく、嫌な予感がした。
「辞退することは──」
「いかないから、自分が来ました」
(買収できる可能性は……)
「自分はあの方の怖さを知っているので、買収なんて考えない方が良いです。逃亡もお勧めしません」
「デスヨネ」
ため息を吐きながら私は椅子の背もたれに身を預ける。馬車にエリオットが同乗したのも、私の護衛なのは本当だが逃がさないためだろう。ここは諦めて従うしかない。しかしナンシーのストーリー展開にも事件情報はなかったはずだ。
「ところでルーファスの事は聞き及んでいますか?」
「さあ」
「あの王国最強の八つ当たりは、冗談抜きで色々と問題になってきておりましてね」
「そう」
なんでも稽古だと言って訓練兵と非番の騎士全員を相手にねじ伏せて圧勝。そのあと鬼のような特訓をさせられたと多数の騎士たちから苦情があったそうだ。またある時はカジノで店が潰れるまで勝ちまくったとか。私を誘拐しようとした野党たちを捕縛。首謀者を捕えるために闇組織の本拠地に単独で乗り込み殲滅させたなど。
一番ホットニュースとしては、国境付近に縄張りにしていたワイバーンの群れを一人で追い払って懸賞金を得たという話だ。本当に放って置くと、とんでもないことばかりしでかす人である。
(マグロか。動いていないと死んじゃうのか!?)
「事後処理やら何やらで、色んなところから何とかしろという声が上がっています。数日、仕事が終わらないと家に帰れない文官も増えている状態でして……」
「それはお気の毒さま……」
エリオットの顔を覗き込むと目の下のクマが見える。もしかしたら後任の引継ぎとは別に、ルーファスの事後処理を手伝わされたのかもしれない。
「暇を出して一カ月半でこれって……」
「昔は何もかも面倒そうな顔をして外を眺めているばかりだったのに、こうなったのは姫様の影響では?」
少し前なら嬉しく思える言葉だったが、今はただ不快なだけだ。
単に都合がいいから、気付かれないように接してきた──それだけ。心の内を叫びたかったが、ため息を吐いて気持ちを少し落ち着かせる。
「人のせいにしないでください。ルーファスは退屈な日常に戻るのが嫌だったんじゃないかしら。よく私に『傍に居ると退屈しない』と言っていたもの。あと本命との求婚が成立するまで、私を防波堤にするための方便だったのでしょうね」
「本命? ……そういう解釈をしたのか」
「なに?」
「いえ。ただ何というか、本命は姫様という見解にはならないのですか?」
結局エリオットの話はそこに戻る。
元を正せば私が彼の護衛の配置換えを言い出したことが発端だ。しかしだからと言って今更前と同じようにルーファスを傍に置けるわけがなかった。ルーファスの想いが粉砕された今、何食わぬ顔で傍に居るなど拷問のようなものだ。その上、向こうはその気もないのに一方的に甘い言葉を吐き、恋人のように触れようとするのだから腹立たしい。
「まさか。便利な防波堤だとしか思ってないわ」
「しかし自分から見れば、仲睦まじい恋人のよう──」
「みんな同じことを言うのね。ルーファスは亜麻色の髪、エメラルドの瞳の甲斐性のある女性との結婚を望んでいるのでしょう。実際に会っていたじゃない」
エリオットは言葉に窮していた。彼も社交界デビューの日に来ていたのだから当然、亜麻色の髪の令嬢を知っている。もし私が彼女の存在を知らなければ、『ルーファスに思われている』という幻想を見続けることができたかもしれない。
「あの男の肩を持つわけではないですが、その……彼は貴族なので現当主からそう言われている可能性もあるのでは……?」
その可能性はあった。だから勇気を絞り出してルーファスに尋ねたのだ。もしかしたら周囲にはそう言っているだけなのかもしれない、理由や訳があるのかもしれない──と。
そんな希望は見事に砕け散った。
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