第15話 エリオットの視点
新月の前日。
俺はルーファスに呼び出された。ヴェロニカ姫の護衛についてなにか文句でもあるのかもしれない。それとも秘密裏に動いていたことがバレただろうか。そう思って指定されたbarに言ったのだが、俺の予想は大きく外れることになった。
「私はヴェロニカ姫に対して抱いていたのは独占欲ではなく、────っ、…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………『愛』なのかもしれません」
「かもしれない、じゃなくてそうだろうが」
長々と話を聞いていた俺は思わずbarのカウンターテーブルを殴った。ドン、と鈍い音がしてグラスの氷が音を立てる。周囲の客たちは一瞬だけ俺とルーファスに視線を向けるがすぐに興味を失ったようだ。
俺の隣で長々と自分話をしていたルーファスは不思議そうに小首を傾げる。
「やはり客観的に見ても、そう見えるのですね」
「そうだよ。あれで好きじゃないとかだったら、お前はド鬼畜下衆野郎の称号を得ただろう。あれだけ嫉妬心や独占欲を出せば普通気付かないか?」
「……そもそも私の知っている『愛』というものは、もっと醜く肉欲的なものだと思っていたので、この感情とイコールにならなかったのです」
コイツは騎士時代からずば抜けて頭も良かった。勘もいいし、知識も博識で体術剣術においても天賦の才がある。そう文武両道を極めた天才。その代わりというべきなのか『恋愛』というか、自分の気持ちに関してとんでもなく鈍い──いや単に純愛などこの世にないと思っているのだろう。
天は二物を与えずと聞くが、コイツの場合は恋愛観が破滅的だ。複雑な家の事情があるとはいえ、ここまで性格が拗れたのはヴェロニカ姫の存在故なのかもしれない。
好きになった相手は第五王女であり、光の加護持ちのあの『攫われ姫』なのだ。その上、老若男女問わず慕われており、ライバルも多い。他国からの求婚も殺到するほどの姫君でもある。
騎士学校時代からルーファスは他人に関して興味がない奴だったが、それでも上手く付き合っていたのは自分に関してどうでもよかったからだろう。
それでもヴェロニカ姫は八年の間、信頼を築き上げてルーファスへの関心を引くことは出来た。傍から見ていれば完全に両想いだというのに、ルーファスは自分の気持ちに気づかないどころか、ヴェロニカ姫の想いまで知らない間に叩き負ったのだから恐るべき男である。
「ヴェロニカ姫が他の男と一緒にいるのが嫌だとか、自分だけに笑って欲しいとか、触れたい、一緒に居たいと思うのは、相手の事が好きだからだろう」
「……ところでエリオットも、ヴェラを慕っておられるのですか?」
嫉妬心を露わにするルーファスに俺は思わず笑った。しかも愛称呼びまでして、完全に威嚇しているじゃないか。本当に質が悪いな、コイツ。本当の目的を明かすわけにはいかないが、少しからかっても良いだろう。
「さあな。だが姫さんの傍は面白い。退屈していたお前が惹かれるのもわからなくはない。俺が掻っ攫っても文句ないだろう」
「なるほど。ではこれ以上ヴェラに変な虫が寄り付かないように、ここで息の根を止めましょう」
「は」
酔いでも回ったのだろうか。そう首を傾げたが、次の瞬間──白銀の煌めきが俺の真横を通り抜けた。それが銀のナイフだと肉眼で見えたのは、自分の動体視力と反射神経の賜物だろう。
何の躊躇いもなく殺しにかかってきた。しかも満面の笑みで。
それなりの付き合いだが「あ。これマジの奴だ」と一瞬で悟った。嫉妬心が半端ない。俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。しかもとんでもなく下らない理由で!
「あ、ヴェロニカ姫が話してくれたことなんだが」
「!」
フォークが喉を貫きそうだったが、間一髪で回避した。お前の騎士道精神は何処に捨てた。完全に殺る気じゃないか。どこの暗殺者だよ。
「それでヴェラと何を話したのですか?」
「隣国の情勢の事だ。もしかしたら姫は他国に嫁ぐか、亡命するかもな」
「どの国だ?」
「はい?」
地獄の底から発したような殺意と声音にゾッとする。
もはや敬語も消え、傍若無人な騎士見習いの頃に戻ったような口調である。思えば敬語を使うようになったのはヴェロニカ姫に仕えるようになってからだ。そういう些細なところで影響を受けているのだとこの男は気付いていないのだろう。ギルバート殿下が強引にもくっつけた理由がなんとなくわかった。
「まあ、順当に言ってネーヴェ帝国じゃないのか。あそこは年がら年中、姫さんを妻として迎えたいって求婚を申し込んでいるからな」
「いっそ滅ぼすか」
「お前が言うと本気にしか聞こえない」
「本気だが?」
「いやいや。国滅ぼす前に、姫さんを捕まえておけよ。お前に酷い振られ方をして絶賛失恋中なんだからな」
「失恋、…………まだ始まってもいないのに」
「そう。お前がうだうだして、認めなかった結果だ」
ルーファスはテーブルの上に突っ伏して項垂れた。どうやら予想以上に堪えたようだ。これで少しでも暴走してくれればこちらとしても動きやすい。
「ところで、ギルバート殿下の所に通っているらしいが、今度は何の悪だくみだ?」
「別段、大したことではありませんよ」
「ふーん」
「ですが、出来るだけ早めにヴェロニカ姫の傍に戻れるようにするための会合です」
「なるほど。姫様が気の毒でしかない」
「失礼な」
「ま、せいぜい頑張るんだな」
そう呟きながらも俺は自分の任務を殉じるだけだと拳を強く握りしめた。
どうあっても成し遂げなければならい事がある。そのためにもヴェロニカ姫には失恋させたままの方が、都合はよさそうだ。
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