第13話 ルーファスの視点3
国王陛下の執務室に呼ばれた日。
室内には国王陛下、宰相、第一騎士団のエリオットの姿もあった。物々しい雰囲気の中、国王陛下は重い口を開いた。
「ルーファス=オクリーヴ、貴公の配属を第五王女ヴェロニカ=レノン・ラティマーから第一騎士団に戻す」
「!?」
あまりの衝撃で、国王の言葉が理解できなかった。まるで音の膜が隔たれたように声が遠い。別世界の言語のようにすら聞こえてくる。
「次いでヴェロニカ姫の護衛はエリオット=アトウッドに任命する」
「ハッ。この身にかえましても、ヴェロニカ姫は私がお守りします」
「うむ」
すでに決定事項だというのに、私は納得できるはずもない。
今まで何も上手くやってきた私にとって、それは衝撃の何ものでもなかった。
「……お、お待ちください。なぜ、私がヴェロニカ姫の護衛の任を解かれるのですか!?」
「ヴェロニカに対して貴公の忠誠が厚いのは理解している。が、貴公と姫との距離はあまりにも近すぎる。これでは姫の婚約者を決めるのに差し障る」
「距離が近いなど──」
「常にヴェロニカを抱きかかえているではないか。事情を知る者からすれば、攫われた姫を救出した騎士となるが何も知らない者たちから見れば、二人は恋仲だと思うだろう。貴公がヴェロニカの婚約者であるなら何も問題ないだろうが……」
考えればヴェロニカ姫は今年で十六歳になる。『攫われ姫』などと呼ばれているが、それでも第五王女だ。政略結婚として、いや光魔法の使い手としての使い道があるとしたら。外交手段として──いや、ギルバート殿下が彼女を他国に嫁がせるつもりはない。だとしたら自国で?
私がヴェロニカ姫の婚約者に?
何の冗談だろうか。
あの魔の巣窟、この世界のありとあらゆる醜悪と悪意を詰め込んだあの領土に彼女を迎える?
正気じゃない。彼女は幸せでなくてはならない。
「私はヴェロニカ姫の剣であり盾です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうか。ヴェロニカを愛していないというのだな」
「愛のような不純な気持ちはありません。私が願うのは──」
「わかった。配属変更の件は伝えた通りだ。もうよい、下がれ」
「陛下……!?」
話は終わりと言わんばかりに国王陛下は書類へと視線を落とした。
エリオットも一礼して退室しつつある。
「陛下、私にヴェロニカ姫への不純な気持ちはございません。それなのに、どうして!?」
「理由は先ほど言ったとおりだ。ああ、貴公のこれまでの働きを称して三か月ほど暇を出そう。次の配属先はそうだな、第一騎士団ではなく、休暇後に決めるとしよう。今までご苦労だった」
締め出された後のことはあまり覚えていなかった。
何を馬鹿なことを言っているのだろう。
私がヴェロニカ姫を『愛する』訳がない。あんな醜悪で気持ち悪くて、汚れた感情などであるはずがない。
違う。
***
翌日。
ヴェロニカ姫が住まう水晶宮の端に騎士団寮がある。私が八年暮らしてきた部屋だ。質素だがアイシア領の絢爛豪華な部屋よりも落ち着くし、居心地がいい。
これもまたヴェロニカ姫が私のためにあつらえてくれた居場所の一つだ。
そこに朝一で招かざる客、エリオットが顔を出した。部屋からの撤去を言われるかと思ったが、用件は違った。エリオット=アトウッドは下級貴族出身だが、その人望と剣の腕を買われて第一騎士団副団長の座にまで上り詰めた男だ。騎士学校時代の同期であり、付き合いはそれなりに長い。といっても向こうから絡んでくることが殆どだった。
「朝っぱらからなんですか。この部屋を出て行けと?」
「いいや。部屋はこのままでいいそうだ。あくまでも任務内容が変わっただけだしな」
(この配置移動に関してヴェロニカ姫は関与していない?)
今回の配置移動は国王や宰相といった国の中心たちだ。ヴェロニカ姫の希望ではない可能性もある。
それなら──。
「ヴェロニカ姫は王族の居住区域に移る。水晶宮に戻ることは無いとさ」
「それではヴェロニカ姫までもが、今回の異動を承諾しているというのですか」
「するもなにも姫様がそう提案したんだぞ」
「!?」
目の前が絶望で真っ暗になったようだ。
なぜ姫までも酷い仕打ちをするのだろうか。脳天に一撃入れられたような最悪の気分だったが、私の表情を見てエリオットは訝しげな顔で見返す。
「お前、本当にわかってないんだな。ヴェロニカ姫がどんな思いで社交界デビューのパートナーとしてお前を誘ったのか。姫さんはお前に惚れていた──気づかなかったなんて言わないだろう」
「姫様が私を?」
ヴェロニカ姫はいつだって、誰とでも対等に扱ってくれる。笑顔も誰にでも見せていた。ただそれは打算とか下心などない。だからその笑顔を向けられても嫌な気持ちはしなかった。
触れても嫌悪感はない。それどころか抱き心地がよくて、独り占めしたくてもっと触れたくなる。彼女の声をもっと傍で聞きたい。温かな想いで心がいつも満ちていた。
それは──ヴェロニカ姫も同じだと思っていた。だが、それが『愛』ではない。あんなものであるはずがない。
「まさか。ヴェロニカ姫は私を頼れる騎士としてしか見ていませんよ」
「あーそうかよ。なら、ヴェロニカ姫が今後、誰を隣に置いても結婚しても文句をいうな」
「──っ、それは」
「婚約者が出来れば、もうお前の隣を歩かないし一緒にお茶をすることも、触れることも、頬や手の甲にキスも出来なくなる。そんな当たり前のことにすらお前は気付いていないのか?」
分かっていた。
いや分かっているつもりだった。それでも私は──ヴェロニカ姫が結婚を承諾することも、婚約者を得ることも無いと──高を括っていたのだ。
「本気でもないのに触れようとする方が失礼だろうが。それとも何か姫様を弄んで飽きたら捨てるのか?」
「不敬ですよ、エリオット。私がいつヴェロニカ姫を弄んだというのです」
「あれで無自覚かよ、本当に質が悪いな。まあ、いい。この機会によく考えるんだな。自分の気持ちにさっさと気付かないと取り返しがつかなくなるぞ」
言うだけ言ってエリオットは帰っていった。そしてその意味を私は一カ月の間、身をもって理解する。
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