第12話 ルーファスの視点2
ヴェロニカ姫に仕えて八年。
私の灰色の世界を、退屈だった日常を彼女はゲーム盤ごとひっくり返してくれた。毎度の如くヴェロニカ姫は攫われるので、気が抜けない戦場にいるような感覚に襲われる。
奪われたものを奪い返す。
ヴェロニカ姫は自分が姫だと分かっている上で他人を優先する。だからその甘さが攫われやすさの原因だ。姫は前世の記憶があるらしく、そのせいで考え方が変わっていた。貴族らしい傲慢さも、王族のような当たり前の環境にも染まらない。どんな出自であれ平等に、色眼鏡無しで対等に話す。
(本当に、姫様はお人好しですね)
その気軽さや雰囲気は人を和ませるのか、ヴェロニカ姫の傍に居ると笑顔が絶えない。この国のために何が出来るのか、何から始めるのか。
夢を語り、仲間を見つけ出し、才能を開花させて人を導く。それを行うのがどれだけ奇跡のような所業なのかヴェロニカ姫は気づいていないだろう。
時には誘拐犯の事情を聞いて味方をしたりするお人好しでもある。そうやって攫われまくって、いつしか『攫われ姫』などと呼ばれるようになっていった。馬鹿にする者たちもいたが、ヴェロニカ姫は周囲の評価や醜聞など気にも留めずに自分の進みたい方向に向かって歩んでいく。
それもこれもギルバート殿下の思惑だったのだろう。『攫われ姫』として頻繁に攫われるのは、王族として警備や扱いがぞんざいだからだと喧伝するようなものだし、王家にとって対して価値のないものとレッテルを貼ることで彼女の本当の才能を隠して守ろうとした。
ギルバート殿下がヴェロニカ姫を手駒にしているというのは表向きであり、事実ではない。むしろ溺愛し過ぎて籠の中で大事に育てようと邁進している。
確かに警備が手薄だがその代わり私を護衛騎士に任命したのは、腕を買ってくれたからだ。同じ人種だと思われているのは解せないが。
(ヴェロニカ姫が大切だと思う所は、間違ってはいませんが……)
ずっと、ずっとヴェロニカ姫だけを見てきた。
毎回、面倒ごとに巻き込まれて、私が居なかったら解決できない問題ばかりだ。だから仕えてすぐの頃、「私が有能でよかったですね」と嫌味を言ったのだが、
「そうね。私はダメダメだから、ルーファスが居ると頼もしいわ」
真っ向から返されるとは思わなかった。
姫様はいつだって予想外のことをしでかす。それが楽しくて退屈など感じられない。ヴェロニカ姫の一喜一憂に揺れ動かされ、翻弄させられる。必要とされることへの喜び。その愉悦をもっと味わいたくて、意地の悪い質問をすることも増えた。
(私が翻弄しているのではなく、貴女が私を翻弄しているのですよ。ヴェロニカ姫)
そんな充実した日々に私は満足していた。
満足しているのに、足りない。もっと欲しい。そう願うようになったのはいつからだろう。
幼かったころとは違い、彼女は私を頼ることを減らしていった。もっと私を頼って欲しい。そう告げても、彼女は「守ってもらってばかりは嫌だわ」と返す。
頬を膨らませる彼女は可愛らしい。
そう想う感情は『独占欲』であり、『愛』や『恋』などとは違う。あんな下卑たものではない。
違う。違う。違う。違う!
ヴェロニカ姫の傍に居ることが『幸福』であり、『心地よい』と感じるのだから、全く違うのだ。彼女の姿を見るだけで嬉しくて笑みが漏れる。彼女の傍は心地よい。
ヴェロニカ姫に「ルーファスが居ないと困る」と言わせたい。姫様を独り占めしたい。
いつの間にか彼女に触れる事が嫌じゃなかった。そもそも最初から──特別で、抱きしめた時は花のような甘い香りがして気分が良かった。温もりも心地よく、キスをすると彼女が真っ赤になるのが可愛くて、気づけば当たり前のように触れていた。
誰か一人を想う──これは『独占欲』であって、誰構わず体を許すような『愛』とは違う。
(そう違う。激情に駆られた思いとは違う)
ずっと、彼女の隣を維持してきた。そしてこの先もそうなると思っていた。政略結婚は王族貴族の義務だが、それでヴェロニカ姫に仕えることは変わらない。一番傍でお守りする。
それだけしか頭になかった。
しかし姫様が社交界デビューすると聞いた時から、何かが崩れていく。歯車が軋むような、酷い胸騒ぎがした。
パーティー会場は相も変わらず香水とけばけばしい化粧に、贅を凝らしたドレスと華美すぎる装いの令嬢。煙草を吹かせて談笑する貴族たちの姿に吐き気がした。
こんな魔物の巣窟にヴェロニカ姫を連れて行きたくはなかった。だが彼女は王族だ。これからあのような場に出ることも増えるだろう。
好意、侮辱、嫉妬、悪意、下心、好色そうな目がヴェロニカ姫に注がれる。潰れてしまうのではないかと思っていた。守らなければ──そう思っていたのに、彼女は毅然とした態度で、優雅に、そして常に笑顔でそれらを躱していく。
汚泥だろうと清流だろうと、ヴェロニカ姫はヴェロニカ姫だった。やっぱり彼女は本物だ。
その心の強さこそが美しいと思いつつ、同時に私が居なくても羽ばたいていく姫様が遠い存在になっていくような気がした。
ヴェロニカ姫とのダンスは夢のような心地で楽しかった。彼女にとって初めてのダンス相手というのはやはり気分がいい。第五王女である彼女がどこかに嫁ぐ話もないのなら、このまま私は彼女の騎士として仕えたい。そう思い、同僚のエリオットたちに告げたのだが、彼らは一様に「あり得ない」と口々にした。
「じゃあ、俺が狙ってもいいのか」と、エリオットがポツリと呟いた声で背筋がゾッとした。
私以外の誰かがヴェロニカ姫の隣に居ることを想像し、殺意が湧いたが──冷静になればヴェロニカ姫が許すはずがない。彼女の騎士は、私だけだ。
その信頼を、想いを彼女が否定するはずもない。そう熱弁しようとした矢先、割って入る人間が現れた。顔が引きつりそうになったが、笑みを張りつけたまま対応する。なぜこうも勝手に擦り寄って触れようとしてくるのだろうか。ヴェロニカ姫とは全く違う。あの方は自分から触れようとはしない。出会った時に私の人嫌い、いや触れるのが好きではないと知っているからだ。だからこそいつもヴェロニカ姫からは心配りや配慮がある。そのちょっとした気遣いが、たまらなく心地よい。
「私ともダンスを踊ってください。いいでしょう?」
やはりヴェロニカ姫以外は、どの女性も同じだ。不快でしかない。
しかし父親からの手紙に「ジュリアと踊るように」と書かれていたのを思い出し、申し出を受け入れる。
「……ああ。もちろんです」
正直、断っても良かったが、変に事を荒立てるのが面倒で承諾した。これ以上、私のすべきことに干渉するなら、両親もろともアイシア領主の座を引きずり降ろそう。
全てはヴェロニカ姫の隣に居る為。
そうしている間に、いつの間にかヴェロニカ姫の姿が消えていることに気づく。
目を離した隙にいなくなる。いつもならすぐに気づくのに、全く気付かなかった自分に驚いた。
ギルバート殿下が連れ帰ったという言付けを聞いて安心したはずなのに、何か言いようのない不安に陥る。
そうやって見て見ぬふりをして、誤魔化していたツケが回り回ってくるなど考えもしなかった。
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