第11話 ルーファスの視点1
この世界にある『愛』だの『恋』なんてものは単なる肉欲を尊いもののように、すり替えてお上品にしただけのものだ。
醜くて、嘘だらけで、打算と肉欲を満たすだけのもの。
それを私は実の両親から学んだ。二人の結婚は政略結婚で、そこに愛はなかった。それゆえ、私という世継ぎが出来た途端、私を乳母に任せて互いに愛人、愛妾を設けた。ここまでなら貴族社会にとってありがちな話に終わっただろう。だが私の両親は息子の自分で言うのもなんだが、美女、美丈夫だった。
つまりは愛人や愛妾数は多かったし、とっかえ引っかえとまるでドレスや宝石のような扱いで、屋敷に戻ると知らない女性や男性がいた。家族の時間も、夫婦らしい姿もなかった。
八歳の頃。
ある夜に寝苦しいと目が覚めると、むせ返るような酒の匂いと馬乗りになった乱れた髪の女性が自分を見下ろしていた。幸いにも衛兵が気づいて事件は未遂に終わったが、女の手の感覚や温もり、触れる感触が気持ち悪くてしょうがなかった。
父の愛人の一人だったが、父の気を引こうと私の部屋に訪れたらしい。その事で父からは激しい折檻を受け、母は「穢らわしい」と言い、愛人たちと別館に戻ってしまった。母は愛人に囲まれているが、子どもを産むことを禁止されていた。父も同じように愛人はいたが子どもを作らせなかった。
屋敷の外の父は温厚で愛妻家、アイシア領の領主として立派だと褒め称えられ、母は慎み深く淑女の鏡と憧れる令嬢が群がっていた。屋敷の秘密は外に漏れないようにしていたのだろう。醜聞を嫌う両親は私を完璧な次期領主にするべく、幼い頃から英才教育を行った。彼らの希望に沿わない結果となれば、見えない場所を蹴られ、殴られた。
あの二人にとって私はただ血を分けただけの存在。親子の愛も、なにもない。どこまでも冷え切った関係。
形だけの家族。期待するから裏切られた時に落胆する。世界が白黒に切り替わる。自分の存在価値がとんでもなく薄っぺらい物だと突きつけられた。そうやって私は両親から『愛』を学んだ。あまりにも自分勝手で醜悪で、期待と自分の強欲を押し付け自分の愉悦を得るための都合のいい言葉。それが私の中での『愛』で、嫌悪すべき醜悪な名だ。
子供ながらに童話に絵がれたような『愛』だの『恋』などは物語の中にしか存在しないと理解した。世界はこんなにも歪で、醜悪で、吐き気がする。自分の流れている血のどこか尊いものなのだろう。
尊いものがこの世界にあるのだろうか。
単なる興味本位だったのかもしれない。一縷の望みと言ってもいい。世界の『愛』や『恋』は醜くても、穢れていない何かがあるのでは無いか。
漠然とそんなものを探そうと、家を出て騎士学校へ入った。
私は十六になっていた。周囲が私を見る目は下心や打算ばかり。
やればたいてい何でもできる。有能だったが有能過ぎれば面倒を引き起こす。それも最初はゲームとして試してみたが、みな弱くてつまらなかった。剣も、勉強も、魔法も、強すぎた。
退屈な毎日。
世界は灰色でずっとこの日々が続くのなら、どうでもいいと思えてきた。適当に有能さを見せて、何の目的も、忠誠もなく惰性で生きる。群がる女たちの声や化粧や香水の匂いは吐き気がした。
社交界に出入りしていたが、年齢が異なっても生理的に無理だった。
騎士学校に入って何かが変わるかと思ったが、何も変わらなかった。相変わらず世界は生ゴミのような汚物と醜悪なものばかり目に入る。尊いものなどこの世界には無いのかもしれない。
そう思っていた。あの日までは──。
それは王城で開かれたお茶会。騎士見習いとして庭園の見回り。正騎士に同行し三人一組での任務にあたる。簡単に言えば職場体験というものだ。
お茶会の会場では離れていても化粧と、女性特有の談笑の声に寒気を覚えた。どこもかしこも、自分たちが肥える事ばかり。己の欲を満たして、本当にくだらない。そう言いながらも数年後には自分も「ああなっているのか」と思うとぞっとする。
自分の両親を見てきて、貴族という存在をつぶさに観察して、そう思った。思っていた。
その日常を変えたのは、悲鳴だった。
「──か。誰かあああああああああああああ、助けてぇえええええええええええええええええ!」
それは何というかもう地鳴りのようなとんでもない大声で、けれど懸命で必死な声が──私の魂を震わせた。気付けば体は勝手に動いていた。バラ庭園の中を突っ込み、垣根を飛び越えて声の方へ!
庭園の奥の東屋だろうか。ドレスを着こなした二人の令嬢が互いを抱きしめ合うように震えていた。彼女たちのどちらかが先ほどの声の主だろうか。「助けて」と震えながら細い声で答える彼女らではない。縋るように腕に手を触れて泣きじゃくっている。
「先ほど叫んだレディは?」
「わたくし、怖くて……」
「騎士様、お助けください」
東屋を見るとティーカップは三つ用意されている。だがここには二人しかない。しかし「どこに行ったか」、または「いなくなった」ともこの二人の令嬢は言わず、粘つくような視線が向けられる。令嬢の頬が赤く染まっており、ゾッと鳥肌が立った。
「もう一人のレディを探しますので失礼します」
「そんな……わたくしたちを置いて行かないでくだ──」
「煌閃光!」
空気をぶち壊す声、森の方で放たれた光に、私はしゃがんでいた令嬢など目もくれず飛び出す。
(今の声で方角と距離が、特定できた。最短距離にして約三十四秒)
薔薇の垣根を飛び越えると黒の外套を羽織った男二人は、足元がふらつきながらも森の方へ逃げている。雇われ傭兵か。肩に担がれている女性を見て驚いた。まだ幼い子供ではないか。あの東屋にいた誰よりも幼い。それだというのに、悲鳴を上げて敵の位置を特定する魔法を放ったのだ。
規格外な存在。
退屈が一変する。
「面白い」
黒の外套を羽織った男たちを瞬殺。腕の立つ男たちだったため手加減ができず、その場で斬殺するしかなかった。返り血を浴びた後で少女の存在を思い出す。
外見的には七、八歳ぐらいだろうか。怖かっただろう。
春の花と血の匂いが充満しており、今更ながらにトラウマにならないか心配になった。自分も同じくらいの頃、女性に襲われた経験があったからこそ、そう思ったのだ。
「レディ。お怪我は?」
そう手を差し出した指先が震えていた。出来るだけ触れたくないが、そうも言っていられない。少しなら我慢も出来るだろう。
「人に触れられるのはダメなの?」
「あ、いや、私は──」
「無理しなくていいよ。あ、兄様にあげる予定だった手袋。薄くて汗でべとつかないからあげる」
「あ──ああ」
彼女は初めて私の心を読んだのか、尊重してくれた。私を理解しようとしてくれたことが──単純に嬉しかった。手の血を拭った後、手袋を嵌めてみると確かにしっくりくる。生地は綿で、薄手な上に通気性もある。
「状況を説明したいから、後から付いて来て」
「ああ。わかった」
少女は何も求めなかった。
今さっきまで、誘拐された少女は震えるのを我慢して、私のことを心配してくれたのだ。
自分ではなく──他人の私を。
ありえない。自分よりに他者を慮る人間がこの世にいた。
本物だ。
尊いもの──自分ではなく他者を思いやれる存在。
そしてそう言う人物に限って私に何も求めない。それどころか奇跡に近いものを、退屈を埋めてくれた。
何度か会っているうちに少女──第五王女ヴェロニカ姫は私との適切な距離をとる。近くの遠くもない一人分のスペース。
東屋にいた令嬢たちは、貴族院の娘だったとあとから聞いた。令嬢たちはあのヴェロニカ姫を誘拐するため、お茶会に参加するよう両親に言われていたらしい。生まれながらに『光の加護』を持ち、異世界の知識を有した貴重な存在。それならば敵勢力はもちろん、他国からみても手に入れたいと思うだろう。怯えながらも、自分にできることを精いっぱいしようとする少女がとても尊く思えた。
(光魔法は希少な存在。……それで狙われているのか)
怯えながらも、自分に出来ることを精いっぱいしようとする少女が誇らしく見えた。退屈しのぎのような気まぐれでヴェロニカ姫の護衛を志願したらアッサリと希望は通った。
誰もがみな、狙われやすいが王位継承権のない末の姫になど付きたくなかったのだろう。責任問題となるし、出世から外れる。だが私は退屈だった。
出世に興味ない。
だからちょうどよかった。ヴェロニカ姫の誘拐で私の飢えが、退屈が埋まるのならいいと。
暇つぶし。
その程度の認識だった。
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