第10話 決意を固めて
部屋に戻るとホッとすると同時に、今まで抑えていた感情が溢れだす。
この水晶宮は王族の居住区域とは異なる離れにある。ギルバート兄様が七年前に提案したものだ。私を守るために用意してくれたと聞いた時は、兄様に大切にされていると思っていた。けれど実際は警備も屋敷の構造も他国に情報を売って私を撒き餌にしていたのだ。
ナンシーのノートに書かれたことを全て信じるわけではないが、それでも信憑性は高いだろう。どちらにしてもこのままだと私は数々の事件に巻き込まれる。しかも大規模テロに殺人未遂のオンパレードが待ち構えていると分かった以上、一刻も早く打開策を考えなければならない。
(やっぱり学院生活をしていたらゲームのシナリオ通りになるのよね。休学届を出すのも手かしら?)
「姫様、……感情の波が激しかったけれど、何かあった?」
「ケヴィン!」
私の影にいたケヴィンが黒狼の姿で現れた。思わずモフモフの毛並みに引き寄せられて飛びつく。一瞬ケヴィンは後退しようとしたが、私が抱き着くのを受け入れてくれた。全長二メートル以上あるので小娘一人が飛びついてもびくともしない。
このモフモフのおかげで、少しだけ救われた気持ちになった。
「本当に何があった? 今日の帰りにルーファスの姿がなかったから落ち込んでいるのか?」
「ううん。ルーファスとはもう会わないようにするわ。この国に居ても幸せになれそうにないって分かったから、どうしようって考えているの」
「あの執着心の強いギルバートとルーファスから逃げられると思っているのか。……無謀だな」
黒狼は呆れ気味に吐息を漏らした。あの二人を知っている者からすれば、その反応は当然といえるだろう。それでも私はもう防波堤役でいることも、捨て駒で居続ける気はない。
「この国を出る方法。その一、政略結婚で他国に嫁ぐ、これが無難よね。その二、死んだことにして亡命、自作自演で死んだと見せかける。これは隠蔽ができるかが鍵だわ。その三、裏工作せず全速力で逃亡を図る──って計画性がないのが問題だけれど……」
「戦うなら正直あの二人相手に勝ち目ないけれど、逃げるだけならまだ可能性はある……。でも本当にいいの? 少なくともルーファスと姫様は想い合っていると思うけれど」
黒狼は心配そうに顔を窺う。心配させないように、私は口角を無理やり釣り上げた。ちゃんと笑えているだろうか。
「それは違うわ。私の独りよがりだった。聞き間違いでも、噂でも無くて……私の事は好きではない、そんな感情はないとハッキリ聞いたわ」
「そっか。……あの男はそんなに馬鹿だったとは思わなかった。なら、新月の夜なら僕の力も満ちるし、他国に逃げるよりも常若の国の方に避難しよう。あそこからそう簡単にはただの人間なら追って来られない」
「常若の国……」
おとぎ話に出てくる楽園。祝福され果物は一年中実り、妖精や聖獣が住む争いもない国と言われている。確かにそこならば人間の権力など無意味だろう。
「そうね。他国じゃすぐ見つかりそうだし、うん。決まり。次の新月で行きましょう」
「それまでに気が変わったら教えて。僕は残りの時間、たくさんの本を買ったり、読んだりしているから」
「うん」
どこまでも本をこよなく愛している。せっかくこの国に来たのに私の都合を優先させてしまっていいのだろうか。申し訳なく思っている感情がケヴィンに伝わったのか、黒狼の姿で思い切り頬ずりされたので抜け毛だらけになってしまった。
「僕よりも、姫様の方が優先するのは当たり前。……それに本はいつでも読めるからいい」
「ありがとう、ケヴィン」
「別に。……これで姫様を独り占めできる」
「ん、最後の方、何か言った?」
「ううん。独り言」
ケヴィンはいつになく尻尾を振って嬉しそうだった。やっぱり生まれ故郷が恋しいのだろうか。それとも王族の従者として制限のある生活は窮屈だと感じていることだってある。
ケヴィンもいるのなら新しい国でもやっていけるだろう。
真っ暗だった道に光が灯ったようだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回はやっとルーファスの視点が始まります(*´ω`*)ワクワク
毎日更新を予定しておりますが、「続きを早う!」「楽しみです!」と思ってくださったら、嬉しいです。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
執筆の励みになります(*´ω`*)