第1話 その日、私は失恋した
「ヴェロニカ姫との結婚など絶対にありえません」
そう私の社交界デビュー当日に彼は告げた。
パーティー会場ではルーファス=オクリーヴは、パートナーとして完璧にこなしてくれた。『女嫌いの王国最強』とも呼ばれていた彼は、第五王女の護衛騎士として八年間仕えてくれている。
私にだけしか見せない笑顔や、頬へのキスなど姫と騎士という主従関係を超える接触を堂々としており、周囲も恋仲だと認識していたし、今回のパーティーの注目度も高かった。私自身、好きな人にエスコートをしてもらって有頂天になっていたし、これを機にルーファスから愛の告白をされて、婚約者になるかもしれないと期待もしていた。
彼は「好き」とか「愛している」という言葉を毛嫌いしている。だからその分、視線や態度で示しているのだと私は解釈していた。でなければ蕩けるような笑顔も、キスもするわけがない。
そう信じていた。パーティー会場での挨拶回りも終わり、白銀の長い髪の彼を探しバルコニーに居るのを見つけた。今日のお礼を言おうと歩み寄ろうとした──その瞬間、複数人の笑い声が飛び込んできた。
「やったな、アーサー」
「ええ。今回。ヴェロニカ姫はたくさん頼って下さった。今日この日を記念日にしましょう」
「ほんと、やっと前進したな。早くしないと婚約者の座を横から取られちまうぜ」
「だな。姫様が来たら後はバシーっと告白しちまえよ」
「は? なぜ私がヴェロニカ姫に告白するのですか?」
「え」
ルーファスは同じ騎士団のメンバーと話をしている様だった。
彼の言葉に、自分の中の熱が急激に冷めて──嫌な予感がする。聞き間違いだと思いたかったけれど──現実は残酷だ。
「いやいや。だってお前、姫さんが好きなんだろう?」
「いいえ。ヴェロニカ姫をそのような対象として見たことはありません」
(そんな……)
「ヴェロニカ姫との結婚など絶対にありえません。結婚するなら亜麻色の髪、エメラルドの瞳、胸もでかくて、家庭的で甲斐甲斐しい人だって決めています」
ルーファスの残酷な言葉は、私の心をズタズタに切り裂いた。
私の傍に居たのは単なる仕事で、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。彼は王国最強で、忠義を持ち、立ち振る舞いは童話に出てくる騎士そのもの。女性なら一度は憧れるだろう。だからこそ私は物語のように期待してしまったのだ。騎士と姫がハッピーエンドになるように、自分もまたそうなりたいと──愚かにも願ってしまった。
(……自分が特別だと、何をもって判断していたのかしら。ルーファスから愛の言葉も、告白も、贈物も──なかったのに)
もしかしたら『女嫌いの王国最強』という噂も嘘だったのかもしれない。彼に心から想っている人がいるとは知らなかった。
ルーファスの前に出て、彼の口から真実を確かめるべきだ。そうすれば八年間の恋も終わるし、踏ん切りも付く。そう思ったのに、神様は本当に意地が悪い。
ヒールの靴音を響かせバルコニーに入っていく人影が見えた。亜麻色の長い髪が靡き、その瞳は碧色の瞳。愛らしい顔立ちの女性がルーファスの元へと向かっていったのだ。ルーファスが結婚したいと言った理想そのものだ。その女性は彼に抱き着き、耳元で囁き合う姿は一枚の絵のようにお似合いだった。
「私ともダンスを踊ってください。いいでしょう?」
「……ああ。もちろんです」
仲睦まじく手を取り合ってダンスフォールに戻る二人に私は声をかけられなかった。これが夢だったら、どんなによかっただろう。今の私は恋人でも、婚約者でもない。二人に何か言う権利などはないのだ。
夢のような時間は終わり。「なんて惨めなのだろう」そう思わざるを得なかった。
(泣くな……。まだ駄目よ)
「ヴェラ?」
第二王子であり、兄のギルバートが声をかけてくれたおかげで、泣くのを我慢できた。
失恋したその日、私はギルバート兄様と馬車に乗って帰った。
思いのほかショックだったのか、それから私は二日ほど寝込み、涙が枯れるまで泣き続けた。
それから一週間後。
これ以上ルーファスと恋仲だと勘違いされないため、守護騎士として任を解くよう父様に進言した。これで周囲の貴族たちも、私とルーファスが恋人ではないと気づくだろう。春には魔法学院の入学も決まり、生活環境も大きく変わる。ルーファスは別の任務先に移り次第、想い人と結婚すればいい。
そうしている間に私もルーファスへの恋心も薄れていくはずだ。
これが最善で最良だとあの日、私はそう思っていた──それなのに。
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