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旅人の来訪

 食糧と水源が完全に確保された場所、そんなのはこの世界ではあり得ない希少な存在なのだろう。

 周囲からあっという間に人が集まってきて、村は十数人から一気に六十人程度の規模まで大きくなっていた。

 村の中央の麦畑は象徴として家のある区画のギリギリまで広がっていた。半径五十メートルぐらいだろうか。

 初めから食べても食べても尽きない麦、『あきあじ』ではあるので、範囲が広くなったのには同時に大人数が食べても問題ないというくらいの効果ではあるのだが、今なら百人が集っても一緒に食事ができるだろう。

 尽きない食糧、水源、どちらもどんな財宝にも劣らない破格の代物だ。

 それを狙って襲撃が起こるのではないかと危惧していたが、この世界にあるという正義と悪の対立、そしてそれ以外の見捨てられた人々との隔絶は、アキラが思っていたよりも深いものだったらしい。

 荒れ果てたこの世界では、基本的に悪の国の科学技術か、正義の国が築き上げた財かがなければ、生存を続けること自体が難しい。その為、二つの国に弾き出された人々は完全に無視され、双方の国はお互いを滅ぼすことだけに熱意を燃やしているとのことだった。

 そんな事情から、この村を襲うのはせいぜいはぐれの魔物くらいであり、それくらいならアキラが対処できるようになっていた。

 アキラは今、正義の国と悪の国に手出しをしようとは考えていない。それより先にもっと助けるべき人達がいるはずだと思うからだ。

 ただ、数は少ないとはいえ、はぐれの魔物一体だとしても、アキラがいなければ多くの村人が殺されてしまうので、今のところアキラがこの村を離れるわけにはいかない。

 誰かを助けに遠征するような状況が訪れる前に、アキラ自身が立ち向かう以外の防護策を考えないといけなかった。

 今日もアキラは日課の村の見回りを行っていた。日に日に周囲の人々が集ってくるので、村と呼べる範囲もかなり広がっている。その外周を一周するだけで二時間弱はかかる。アキラはこの見回りを朝晩二回行っていた。これ以外にもはぐれの魔物の侵入が報告された時は、当然すぐに出向くことになる。

 今日の見回りにはミトセが付いて来ていた。ミトセはアキラのことを嫌っているように思えるのだが、たまにこうして会いに来る。アキラとしてはミトセの考えていることはわからないが、ただ単に気まぐれな性格で、アキラに何かしらのケチをつけるのが好きなのかもしれないと思っている。

「村にも人が増えてきたわね。でも、その中にも色々な人がいるわ」

「そうだね。少し治安が心配かもしれない……ただ、本当にどうしようもない人は追放も考えないといけないかもしれないけれど、多くの人は困窮して心の余裕がなくなっているだけだと思うんだ」

 これは少なくとも真実の一面だと思っている。麦畑ができてからしばらくはそれを食べることに夢中で、その由来について考えることもなかった村人たちも、時が経つにつれ、それがアキラによって齎されたことを知るようになり、度々アキラの元へ感謝する人々が訪れるようになった。アキラとしては自分の願望を実現しているだけだし、感謝されるのは居心地が悪い気分になるので苦手なのだが、それでも人の心に余裕が出てくるのは間違いなくいいことではあるだろう。

「あなたはお人好しだからわからないのかな。本当に心の底から悪人という人もいるわよ」

 ミトセがこれまでどんな人生の果てにこの村に辿り着いたのか、詳しく聞いたことはなかった。ただ、悪の国は非道を行うことに躊躇がなかったようだし、正義の国ができるまではあちこちで悪逆を尽くしていたらしい。正義の国も弱いものは追放する徹底した排外主義を築いている。そんな世界の中で生きていくというのは、どう考えても辛いものだろうというのは想像がついた。

「きっとそうなんだろうね」

「あなただって、そういう人達に虐げられて……きたんじゃないの?」

「いや、それはどうなんだろう。僕が世話になってきた人達は、やっぱり問題を抱えていたんだと思う。それで苦しんでいたんだ」

「それであなたを殴ることが正当化されるの?」

「正しくはないね。でも、悪には理由があるんじゃないかな? 僕がそう思いたいだけなのかもしれないけれど」

「やっぱりお人好しね。……ちなみに理由があればあなたを殴ってもいいの?」

 笑いながら拳を握りしめてみせるミトセにアキラは狼狽する。

「どうしてそういう話になるのさ!? 僕が君に殴られる理由があるの?」

「……いやだって全然気付かないし……こうやって付いていく理由とかさ」

 小さい声で顔を背けて言った言葉はアキラにうまく届かなかった。アキラはやっぱりミトセのことはよくわからないと思うのだった。

 ミトセと話している内に見回り外周半分くらいの地点に来た。と、そこで情けない悲鳴が聞こえる。

「……珍しいな」

 村人がここまで来ることは滅多にない。はぐれ魔物が出る可能性があるからだ。もしかすると新しく村へと来ようとした人が襲われたのかもしれない。

 ここで待ってて、と告げてミトセを残しその場に急行する。

 普段はあまり人間を逸脱しないように、歩く速度もアキラが元いた世界と同じくらいに留めているが、誰かが助けを求めている時は別だ。

 アキラの歩幅は一歩、二歩と踏み出す度に跳躍すらも越えた距離へと広がり、十数秒を待たずに悲鳴が上がった場所へ到達する。

 そこには全体的にボロボロな有様だが、黄土色のシルクハットにマントを羽織った、この世界に生きているのにまるで紳士みたいな珍妙な格好をした男が尻餅をついていた。非常に背が高い。人形のように足が細く、本当に自立できるのか心配になるくらいだ。

「やあやあ、風のように現れたね。君は何者かな?」

「助けが必要でないなら帰るけど」

「いやいや、そんなイジワルを言わないおくれよ。ぜひ私のことを助けてほしい」

 男の頭上には機械仕掛けのカラスのようなものが数匹飛んでおり、たまに急降下してきていた。その度に男は情けない悲鳴を上げ、その攻撃をなんとかかわすのだ。

 機械か……魔物は基本的に殺してはいなかったが、機械には敵に情報を送られる可能性もある。僕の偽善的にもまあナシではないかな。そんな風に考えたアキラは機械仕掛けのカラスを破壊することにした。

 高く跳躍し、一息でカラスを全て掴み取り着地する。

 喚くカラスどもを生け捕りにして調べたい気持ちもあったが、GPSのようなものが仕込まれていると村の場所が割れてしまう。

 カラスが手の中で砕かれるイヤな感触を感じながらも、ここまで機械を村に近付けただけでだいぶまずいかもしれないと思い始めた。

「ほら、助けたよ。だから情報をちゃんと明かしてほしい。君は何者なの? ここにどうして来たの? さっきのカラスは何?」

「私が何者で、どこから来て、そしてどこに行くのか……なかなか哲学的な問いだね」

「曲解しないでくれるかな」

「怖い顔をしないでくれたまえ。話すよ話すさ話すとも。私の名前はリルク。私は旅人なんだ。まあこんな世界で珍しい生き方とは言われるがね。けれど、正義の国にも悪の国も属さない私たちが作る村は、容易く壊れてしまう。だからそれを渡り歩く生き方は、それなりに戦いに心得があれば十分に有効な手法なんだ」

「なるほど。そこまではいいよ。それでどうしてカラスに追われてたの? あれは多分悪の国が作ったものだよね」

「そうだ。旅の途中で悪の国の領土の端を通ってしまったみたいでね。不注意だった。あいつらは正義の国と戦いながら、じわじわと領土を広げているからね。元は大丈夫だったルートが、今回はダメになっていたんだ」

「ふうん……」

 言っていることは嘘ではない気がする。悪の国から追われる立場であったことからも、流浪の民の一人であることも間違いないだろうし。ただし、旅人という特殊な生き方を選んでいる以上、それ以前の来歴も特殊なのではないか、とつい勘ぐってしまう。

「君はこのカラスに偵察機能があるのか疑っているんじゃないかな? 大丈夫、自動追跡して攻撃を仕掛けるだけの機械だから」

「なんでそんなことがわかるの?」

「ちょっと言い難い事情があるんだよ。でもさっき言ったのは嘘じゃない」

「あなたが知らない内に機械がアップデートされてるかも」

「いや、そうだとしても情報偵察用のダーテ、君がカラスと呼ぶ機械は正義の国の内部事情を探っている。こんな機械らしい見た目じゃない、ホントの擬態を施されてね」

「随分と正義の国と悪の国の内部事情に詳しいね」

「私は旅人だからね。情報が生命線なんだ。私は正義の国と悪の国にそれぞれルートを持っている」

「僕はここであなたを助けたことでリスクを負ってる」

「君の拠点がすぐ側にあるから? 流浪の民の中ではいくらでも湧き出す水といくらでも生える麦というのが話題になってる。それが本当ならとんでもない話だよね。なかなか質のいい情報だ」

「脅してるの?」

「いやいや、私は今助けられて感謝してるんだよ。君はあっさりと倒してくれたけれど、あのクラスのダーテでも複数体に囲まれるとなかなか厄介なんだ。でも、君は私を信頼できないだろう。だから、君の村にこれからも立ち寄らせてもらう条件として、私は君に情報を渡そうと思う」

「どうしても勘ぐっちゃうんだけど、どういう思惑があるの?」

「これに関しては普通に感謝のしるしと思ってくれるとありがたいんだがね。どうだい?」

 アキラはリルクの顔をじっと見つめた。アキラの神の使いとしての勘だが、リルクからは悪意を感じ取れなかった。もしかしたら、感情をコントロールする術を身に付けている可能性もあるが……。

「あなたはどんな情報をくれるのかな」

「正義の国と悪の国の動向を来る度に教えよう。この情報は君だって欲しいはずだね? 素晴らしい宝物を簡単に拵えてしまったがために、君はそれを誰かが奪いに来るんじゃないかと不安なはずだ」

「そこまで見透かされるのはあまり良い気分じゃないけれど、まあわかったよ。あなたを招き入れるリスクはあるけれど、あなたがこれからも情報を届けてくれるとしたら、そのメリットの方が大きい。あと、これは個人的にお願いしたいことなんだけれど」

「なんだい?」

「どこかに助けを求めている人や困っている人がいたら、僕に教えて欲しいんだ。まだすぐには無理だけれど、いずれはここから離れて遠征もしたいと考えているから」

「承知したよ。なるほどね、噂に聞く通りの聖人君子というワケか」

 リルクはおどけるように肩を竦めて両掌を上に向けて笑った。

「そろそろ話はついたのー?」

 背後から大声が飛んできた。アキラはすっかりミトセのことを忘れていた。彼女はいつの間にか遠巻きにこちらを伺っていたらしい。

「ごめん待たせて。大丈夫だよ」

 アキラも叫び返して、へたり込んだ姿勢のままずっと話していたリルクに手を貸した。

「じゃあ、村に案内するよ」

 仕方がない。今日の見回りはここで中断することにしよう。


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