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村の復興 その2

 その後、アキラと家族は改めて自己紹介をし合った。

 それによると弟はハル、母親はミナトという名前らしい。

 ミナトの暖かい感謝、ハルの純粋な笑顔、素直になりきれないミトセの拗ねたようなありがとうという言葉に見送られ、アキラは一度その家を出た。

 彼らには家族だけの団欒の時間が許されるべきだし、それにこの村には解決しなければいけない問題が沢山ある。

 まずは食糧の問題だ。保存が効く食べ物と、飲み水は最低限確保しないといけないだろう。

 そう考えるに当たって、アキラには思い当たることがあった。

 新興宗教のシスターの教えを聞いているだけあって、アキラの宗教観は特殊だと、あの管理人の神には言われていたのだ。

 アキラ自身もシスターに聞いた創成神話を現実にあったことだと考えていたわけではなかったのだが、しかしRPGのようなファンタジーの世界に、神の使いとして舞い降りた以上、その世界観は大いに参考になるはずだ。

 シスターの教える神話はある意味とてもシンプルだった。世界の始まりには凄まじいスケールの巨人がいたのだ。そして、その巨人の腹が下半身が大地に――つまりは惑星になった。そして、上半身だけになった巨人の顔から右目がこぼれ落ち、それが男性に、左目がこぼれ落ち、それが女性になった。視覚を喪った巨人は、それからも自らの身体を切り売りし、世界の様々なものを形作っていくのだ。そして世界が完成した時、巨人はもう巨人としてはそこにいなかった。巨人は世界そのものになったのだ。

 確か食糧となる麦は右手が変化したもの、水流は切り落とされた左手の切断面から流れ出した血液が変化したものだったはずだ。

 このアキラに根付いた神話的世界観を応用すればいい。簡略化して考えれば、アキラの右手由来のものは食糧に、左手由来のものは水源になり得るはずなのだ。

 そして、アキラが直接この世界の誰かにエネルギーを与えるのには繊細な調整が必要だが、神話的世界観を利用し、一度アキラのエネルギーを他の物体に変化させた上でなら、より簡単に広い範囲にアキラの力を使うことができるのではないだろうか。もちろん、この世界に多く存在しそうな病人の治療にも慣れていかないといけないのだが……そちらも大丈夫だろう。さっきのミナトの治療である程度感覚は掴んでいた。

「とりあえずは水分かな……」

 呟きつつ村をてくてく歩く。食べなくても二ヶ月くらい保つ場合もあるそうだが、水がないと一週間くらいでまずいらしいとシスターに聞いたことがあった。

 おお、お誂え向きに井戸があったとアキラは近付いていく。中を見ると枯れてしまっているようだった。

 右の爪に透明な剣を薄く乗せるイメージで、左手首を薄く裂く。

 たらたらと伝う血液を、井戸の底へ垂らしていく。もちろん、井戸をアキラの血で満たしていく必要なんてものはない。

 落ちていく血液は途中で止めどない水流となり、一気に井戸を満たしていく。

 しかし、井戸を一杯にした水でも、水源が枯れている以上、いずれは尽きてしまう。

 これを無制限に湧き続ける状態にするには……。

 アキラの体内には世界創成の沼の欠片が埋まっている。宇宙すべてを創造する元が詰まっていると言っても過言ではない。宇宙には理論上とてつもない量の水流が生み出される可能性がある。ただイメージとして湧きやすいのは日本の河川だろう。川の源流、静かなせせらぎとこの井戸を接続するイメージ。ただし、無限に水が湧き出せばこの村を水害で破壊してしまう。

 ミナトに与えるエネルギーを調整したように、井戸内部に湧く量を常時一定になるように整えていく。

 短い間で随分この力の使い方にも慣れたものだ。確かにあまり一般常識がない分、アキラはこういった想像を現実にする力には長けているのかもしれなかった。

「次は食べ物だね……」

 なんというか万能の力をポンポン行使し過ぎているような気がして、少し気分を落ち着かせるためについつい独り言を言ってしまっている気がする。

 食べ物、か。少し考えないといけない。

 アキラがパッと思いつくのは、お米や小麦などの炭水化物だ。しかし、それらは調理を必要としている。アキラが知っている調理器具は家電になってしまうので、世界全体規模で見ても電気が通っているかわからないここでは使えないだろう。そもそも工業的な知識がないアキラがうまく炊飯器やオーブンを作り出せるか不安だ。

 せっかく魔法のような力が使えるのだから、もっと別のアプローチを考えた方がいいだろう。

 調理器具を作るのが難しいのなら、食べ物の性質の方を弄ってしまえばいい。それこそ神話に出てくるような食物を生み出してしまえばいいのだ。

 外見としては麦のように穂の形に実る作物がいいかもしれない。

 食べたら一生お腹が減らないとか、食べたら不死になるとか、そこまで作物に神話性を付加するのはとりあえずはやめておいた方がいいだろう。人体への影響がどれくらいになるかがわからない。

 まずは飢えないよう食べるものが常に手に入る状況を作りたい。だから、基本の考えはさっきの井戸のように汲んでも枯れない水と近い形でいいだろう。

 充分に栄養を含んでいて、採ったらすぐ食べられる作物。

 更に成長が異常に早く、採ってもすぐに実る作物。

 枯れない水の水量が常に一定に保たれるように、この作物も十全に実った状態がデフォルトという感じにして、それが失われたらすぐに補充されるようなイメージでいいだろう。

 想像が固まったところで、アキラは村の中心の空き地に歩いていき、そこで左手の爪先に透明な剣を纏わせた。水を生み出すよりもちゃんとした個体が元に必要な気がして、右の五本指の先、第一関節分くらいまでを一気に切り落とす。それらは地面にずぶりと沈み込み、アキラがイメージした通りの麦に似た植物が急成長し、密集して生えた。アキラの右指もすぐにまた生え揃う。その右手を揺らすと、柔らかな風が吹いたように周囲に実が振りまかれ、半径五メートルほどにその作物が生い茂った。

 畑と考えるとあまり大きくはないが、これでこの村の住人の分なら充分に賄えるはずだ。

 名前は何がいいだろう。麦を元にしたから麦でいいか。品種はアキラが作ったから『あきあじ』とかにしよう。そんな感じで。

 アキラが一人頷いていると、村のお爺さんが近付いてきていた。

「これは……一体なんじゃ……」

 呆然と金色の穂波を眺める老人に、アキラは答える。

「これは麦だよ。そのまま食べられる。いくらでも食べていいよ」

 老人は恐る恐る手を伸ばすと、麦の穂を一気に掴み取り、口に運んだ。

 一口食べればそこからは止まらない。老人は次々と麦を束にしてもぎ取っていく。

 しかし、それらは採られた側から生え変わるようにして再生していた。そのことにも気付かずに、老人は麦を貪っていた。

 麦の周囲から恐る恐るその様子を覗いていた村人たちも、老人のあまりの食いっぷりに惹かれたのか、すぐに集まり、同様に麦を食べ始める。

 アキラは少し離れてその様子を眺めることにした。

 由来のわからない者から齎された食物なんて、誰も警戒して食べないんじゃないかと思っていたが、本能的な飢えがその壁を取っ払ってくれた。結果的には良かったかもしれない。

「あんた、あれに毒とか入れてないでしょうね」

「ミトセ、君はなんだか僕に絡みたがるね」

「勘違いしないで。私は本当に感謝してるのよ。母さんを助けてくれたことに。最初ちょっと母さんの様子がおかしくなった時には少し不安だったけど、それでも母さんを助けられるとしたらあなたしかいないと思った。だから、この村に連れて来たんだもん。だから、あなたが信用できないというか、よくわからないのは違うところよ」

「それはもしかして、初めて会った時のことかい?」

「心当たりがあるみたいね。あなたはリザードマンを助けた。初めは私たちを助けるために間に入ったのに、それなのにリザードマンを傷付けたことを怖れたみたいだった。あなたは何なの? 本当に神様の使いで、だから人以外も救うんだとか言うつもり?」

「そこまで大それた考えじゃないよ。君が言った通りだ。僕は怖かったんだ。あんな風に人を傷付けたことがなかったから……むしろ、僕はずっと殴られる側だったから……親にね。自分が急に相手を傷付ける側に回ったことが、怖かっただけなんだ」

「そう……でも、この世界でここまで大きな力を持てば、誰かを傷付ける機会はどうしても訪れると思うけど」

 アキラにもミトセの言葉はもっとものように響いたが、しかし、それでも首を振った。

「力を持っていれば誰かを傷付けてしまうかもしれない。それは確かに当たり前の話かもしれない。だけど、それでも僕は僕がこの世界に来た意味があると信じる。僕だけが歩める道があると」

「誰かを傷付けることなく、人をできるだけ救いたいって?」

「そうだよ」

「何でもできそうなのにお人好しなのね。それも違うのかな。底抜けの善人なのか。いいえ……何かが違う。私には、あなたは何かを怖がっている気がするけど」

「僕が?」

 両親や叔父叔母から受けた暴力の恐怖がまだ残っているのだろうか。いや、でも僕はそれすらも糧にして、誰かを救いたいと願っているはずだ。そんな風にアキラは考えようとするが、どこかミトセの言葉は心にしこりを残すものになった。アキラは首を振って心を切り替える。

「それに何でもできるかと言ったら、それは違うと思うよ。僕は武力を想像するのはそもそも苦手なんだ。最小限の自衛とか、必要なら仕方ないけれど、嫌悪感は強く働いてしまって、うまく力を使えなくなると思う。僕をここに遣わした神みたいな男もそう言ってたよ。器として力を得ても、その表し方には個人差が現れるって」

「やっぱりあなたは神の使いなのね……」

 ミトセはため息を吐く。

「お腹空いてるでしょ? ミトセも麦を食べてきたら?」

「うん。そうしたいけど……あなたに見られてるのは癪に障るわ。ちょっとどっかに行っててくれない?」

 相変わらず棘のある言葉だが、照れ隠しみたいでこれはこれで可愛げがあるのかもしれない。それに一生懸命に食べている様子を観察するのは、見ようによっては確かに趣味が悪かったかとアキラは反省した。

 わかったよ、と頷いて、アキラはしばらくそこから離れることにした。

 一度ミナトの家を覗いてみることにする。

 ミトセが外にいるのは知っていたが、ハルも席を外しているようだ。

「体調はどうかな?」

「ええ。考えられないくらいにいいですよ。どのようにやったかはわかりませんが、本当に感謝しています。今も外が騒がしいようですが」

「とりあえず尽きないくらいの食べ物を用意したんだ。ハルも食べているといいけれど……そうだ、ミナトも少し落ち着いたら食べるといいよ」

「そんなことまでできるのですね。やはり、あなたは神の使いなのですか」

「それに近い存在と言えると思う。それで驕らないようにはしたいけれど、できることはしていきたいから」

「……そうですか。この周辺にもいくつもの飢えた村があるんです。その人たちにここが襲われないといいけれど」

「その人たちがどれくらいの人数になるかわからないけれど、なるべく多くの人に食糧は分け与えたいと思っているんだ。ただ、防備するという考えはこれから必要になってくるかもしれない。この村に責任者のような人はいるのかな?」

「行き場がない人たちが集まって、村に似た形を作っているだけなのです。ですから、そのような人は……それに守りを固めるとしても、老人や女が多いので、あまり戦力には……」

「それじゃしばらくは必要なら僕が襲撃を防ぐしかないのか……自信はないけれど頑張るしかないか。それに次第にこの村に人が集まってきたら、戦える人もいるかもしれないからね」

「あまり期待はできませんが……」

 ミナトの顔色はあまり明るくならないままだったが、現時点では読めない点が多いのも確かだ。アキラはそれじゃね、と言って家を後にした。

 すると玄関前にハルが立っていた。即座に肩に手を置かれてアキラは少し驚く。

「なあちょっとお茶しない? いや、ヤロウと茶しても楽しくないか。とにかくまあ、ちょっと付き合えや少年」

 虚を突かれて反応ができないまま、はいはいこっちこっちと背を押される。

 ミナトの小屋の裏まであっさりと連れて来られてしまった。

「君はあの管理人の神の関係者か?」

「ふうん。勘がいいじゃねーか。ってこともねーか。明らかに異質だもんな、お前からすりゃ」

「ハルの元々の人格はどうなってるの?」

「安心しろ。殺しちゃいねー。基本俺様は潜ってるから、普段の様子も変わらないはずだぜ」

「君は何者なの?」

「質問ばっかだなあ、少年よお。別にいーけどよ。俺様はただの『目』だよ」

「つまり、神の視覚になってるってことなのかな……あの神は何でも見通せるんじゃないの?」

「基本そうだが、やっぱり生の視点が欲しいんだとよ。だから俺様が派遣されてきたわけだ。いや特にお前が気を遣う必要はない。危険な場所にこの小僧を伴って行けとか無理も言わねーさ。俺様はサブカメラだからな。ただ主人公たる少年の近くに配置されてるってだけよ。それにあの神は直接はお前にもう語りかけねーとか言ってたんじゃないか? 裏道があるってこった。俺様は『目』だが『窓』にもなれるんだよ。一方通行と思っていいが、俺様が神からの伝言を伝えることもある。お前はそれだけ認識してりゃあいい」

「……なるほどね」

 なかなかに態度がデカいのが気になるが、とりあえず危険はなさそうか。あまり心を許したくない相手ではあるけれど……。

「そんじゃま、とりあえず今回はこんなとこで」

 不敵に笑いながら言うと、ハルは元のおどおどした様子に戻った。

 アキラはハルの手を引いて、麦のところまで連れて行ってやることにした。

 ハルも美味しそうに麦を口に運んでいる。

 井戸や麦の周囲は人で賑わっていた。

「まずはここからだ」

 アキラは呟く。この村は彼がこれから多くの人を救っていく拠点となるだろう。これがその始まりだ。


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