第30話 天へと続く島を目指す理由
何かをするには必ず理由があります。
俺は以前魔物からノエルンを救ったお礼としてカレーをご馳走になった。
カレーはいつも俺が家で食べているものとは違い、ほどよい辛さでこくがあり、凄く美味しくノエルンにどうやって作ったのか聞いたら、市販のルーを使わず自宅でスパイスを調合しているとのことだった。
もし可能なら今度ノエルンと一緒にカレーを作ってみたいものだ。
「ねえねえお兄ちゃん公園で遊ぼうよ」
昼食を食べた後リビングで小休止しているとカイトが俺の袖を引っ張り外へと連れ出そうとしてきた。
「こらカイト。今日はトウヤっちにゆっくりしてもらうために来てもらったんだからダメよ」
「別に俺はいいぞ? 何して遊ぶ?」
子供と遊ぶのは嫌いではないので俺は是の言葉を口にする。
「私もトウヤお兄さんと遊びたいです」
ニナちゃんもか。
フッフッフ⋯⋯どうやら2人と上手く打ち解けることができたようだ。
「ニナはダメよ身体が弱いんだから」
さっきニナちゃんが尻餅をついた時も気になったが、やっぱり身体が弱いのか。
「大丈夫⋯⋯今日は調子がいいから。だからお姉ちゃんお願い」
出来るならニナちゃんの希望を叶えて上げたいが、症状もわからない俺が口出し出来る問題ではないのでノエルンの言葉を待つ。
「本当に大丈夫なの?」
「うん」
ノエルンがニナちゃんの目を真剣に見ている。
ニナちゃんが嘘を言っていないか探っているのだろうか。
「何か身体がおかしいなって思ったらお姉ちゃんに言うのよ」
「ありがとうお姉ちゃん」
どうやらノエルンの許しが出たようだ。
それにしてもニナちゃんはどうして身体が弱いのだろう⋯⋯生まれつきかそれとも何かの病気か? 気になる問題ではあったがさすがにプライバシーにかかわることなので聞くことができない。
「それじゃあニナちゃん俺の背中に乗って。公園まで連れていくよ」
ニナちゃんが家の中を歩いている様子を見ていたが、足がおぼついていたので俺は公園まで連れていく役を買って出る。
「そんな⋯⋯悪いですよ」
「ニナ⋯⋯ここはトウヤっちに甘えておきな」
「そうですね⋯⋯トウヤお兄さんありがとうございます」
「なんのなんの」
前屈みになった俺の背中にニナちゃんが乗ってくるが⋯⋯何て軽いんだ。25キロくらいしか無いんじゃないか。確かセレナが10歳の時太っているんじゃないかと指摘したら、平均体重は37キロで私は36キロだから太ってないと言っていたのを思い出した。ニナちゃんは見た目も細いと思ったけどまさかこんなに軽いとは。
「私⋯⋯食が細くて」
ニナちゃんは俺の考えが読んだのか体重が軽い原因を口にした。そのことを聞いてカレーを食べる量が少なかったことを思い出す。
「いや、ニナちゃんみたいな可愛い娘を背中に乗せれて嬉しいなって考えていたんだ」
「私なんて可愛くないですよ⋯⋯それに子供体型ですから背中に乗られてトウヤお兄さんは嬉しくないのでは?」
「そんなことないよ⋯⋯将来ニナちゃんが大きくなって今より更に可愛くなった時のために好感度を上げときたいからね」
これを光源氏計画という!
「それに今のままでも別に俺は⋯⋯」
問題ないと言おうとしたその時。
「やっぱりニナは私がおんぶするね。このロリコンに任せるとニナが毒牙の餌食になっちゃう」
ノエルンがニナちゃんを奪おうと来たので俺は走って逃げる。
「あっ! こら!」
「ニナちゃんを渡してたまるか」
俺は走るスピードを更に上げてノエルンから距離を稼ぐ。
「わあ⋯⋯すごいです。トウヤお兄さんはや~い」
どうやら渦中の人物であるニナちゃんは走る背中に乗るのが珍しいのか楽しそうであった。
「待て逃げるなあ!」
そして公園に到着して俺達は日が暮れるまで遊び、ニナちゃんとカイトは疲れたのか俺とノエルンの背中で眠っている。
「今日はごめんね。ニナやカイトの相手をさせちゃって」
自宅への帰り道、ノエルンはカイトを背負い申し訳なさそうに謝ってきた。
「子供と遊ぶのは嫌いじゃないから気にするな」
「うん⋯⋯でもありがと」
何か調子が狂うなあ。いつものノエルンならトウヤっちが子供みたいだから話が合うのかな⋯⋯くらい言ってきそうだが。
「カイトのこともそうだけどニナがこんなに楽しそうにしているの久しぶりに見たよ」
「そうなのか? 家にいる時もけっこう笑顔を見せてくれていたから元から明るい子なんだって思ってたけど」
ただやはり身体が弱いのか走るのはおろか歩くの辛そうで、公園で遊ぶ時はブランコやシーソーなど自分が立たなくても良いものが中心だった。
「そんなことないよ。ニナもカイトと同じ人見知りが激しいから⋯⋯私と同じトウヤっちが良い人だってわかっているのかな」
「ん? 今俺の名前言った?」
人見知りが激しいの後の言葉が声が小さくてよく聞こえなかった。
「ううん!? 何でもない!?」
何かノエルンが焦っているぞ。まさか俺の悪口でも言ってたのか。
けどその割にはノエルンの顔が赤いような。
何となく聞きにくくて暫く夕日の中俺達は無言で歩く。
本当はニナちゃんの身体のことを聞いてみたかったけどどこまで踏み込んでいいのか⋯⋯もしかしてノエルンが天へと続く島を目指す理由は⋯⋯。
「ニナのことでしょ」
不意にノエルンが俺の顔に視線を向け、まるで心を読んでいるかのように的確な指摘をしてくる。
「ああ⋯⋯うん」
俺はノエルンの言葉を素直に認める。
やはり気になるし、何かノエルンの力になれるなら力になりたい。
「ロウナ病って知ってる?」
「ロウナ病?」
確かウイルスの病気で2年前くらいにある街でアウトブレイクして今この世界で拡がっているやつだ。感染経路が人から人ではないということはわかっているが、様々な症状が出るウイルスでまだ治療法も確立されていないと聞いている。
「ニナがロウナ病にかかっちゃってね」
「ニナちゃんが!?」
「元々身体が弱いこともあったから感染しやすかったみたい」
「それでどんな症状が出ているんだ?」
重要なのはここだ。感染しても無症状の人もいるし、軽い風邪のような症状の場合もある。だけどニナちゃんを見る限りそんな楽観的な考えは期待できなさそうだ。
「⋯⋯筋力低下と五感が鈍くなるみたい」
どっちも最悪な症状だった。
「今のニナは立つことも辛いし、味もわからなくなっているの」
そのうち痛覚や視覚も悪くなっていくということか。
だが俺が最も恐れているのは筋力低下の方だ。
「心臓の筋肉はどうなんだ?」
「よ、弱くなってきて⋯⋯るよ。お医者さんが言うにはもって1、2年って⋯⋯」
ノエルンは今にも泣きそうな顔で声を振り絞り答えてくれる。
このままだと心臓の筋肉の働きが低下し血液が送れなくなるのか⋯⋯そうなると待っているのは死だけだ。
「グスっ⋯⋯だから願いが叶う宝玉でニナの病気を治してあげたいの」
ニナちゃんを救うための治療法がないなら天へと続く島へ行き宝玉の力に頼るしかないか。
「ごめんね⋯⋯私ずるいよね。ニナのことをトウヤっちに話して同情してもらおうとしている⋯⋯天へと続く島に早く行こうって急かしてる」
いつも笑顔のノエルンの瞳から涙がポロポロと溢れていた。
確かにそういう見方もあるかもしれない。だが俺の考えは全く違う。
「ニナちゃんのことを聞いて俺は⋯⋯益々天へと続く島に行きたくなった」
「えっ?」
「さっきまでの俺はただ宝玉を手入れたいという漠然とした気持ちだったけどニナちゃんのことを聞いてやる気が出てきたよ」
「トウヤっち⋯⋯」
「こんなに小さな子が命を落とすなんて間違っているよな。ノエルン⋯⋯絶対宝玉を手に入れような」
女の子が病気で弱っていく⋯⋯何かこんなこと昔もあったような⋯⋯。けどロウナ病に感染した知り合いなんて⋯⋯。俺は記憶の中を探っていくが霞がかかったように思い出すことができない。
「うん! うん! がんばろうね! 私はトウヤっちのパーティーに入って良かったよ!」
涙で濡らしたノエルンの表情が笑顔になった。やっぱり女の子には笑っていてほしい。けどまだ宝玉も手に入れてないのにノエルンは俺のこと褒めすぎだぞ。
「本当にありがとう。私パーティーのためにどんなことでもやるから」
妹の命がかかっているからその気持ちはわからなくもないけど頑張り過ぎなければいいが⋯⋯。
「別にこれは俺のためでもあるから気にしないでくれ」
「えっ? それってどういうこと?」
「もし宝玉を手に入れることが出来ればニナちゃんが俺のこと好きになってくれるかもしれないからな。今でこんな可愛いんだ⋯⋯将来はもっと⋯⋯へへへ」
再度言う! これぞ光源氏計画。将来俺の彼女いない歴に終止符を打てるかもしれない。
「トウヤっち⋯⋯」
「何だ?」
「この変態! ロリコン!」
狙いどおりだがノエルンの蔑んだ言葉が気持ちいいぞ。やばいこれはクセになるかもしれない。
「ニナに手を出したら⋯⋯私の弓矢が火を吹くからね」
「ヒィッ!」
ノエルンの目がマジだ。ニナちゃんに手を出したら本当に殺されるかもしれない。
こうして宝玉を手に入れなければならない新たな理由を背負い、俺はノエルン達を自宅へと送るのであった。
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