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ロード  作者: 黛かいこ
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第三話「おそうじ」

「さて。それじゃあクロ、家を案内……。……」

 シロはパッ、と立ち上がると、笑顔でそう言いかけましたが、すぐに顔をしかめてしまいました。


「どうしたの?」

「あー、いや。……ええと」

 口ごもるシロ。どうしたんだろう、とクロは首を傾げます。ひょっとして。


「やっぱり、わたしがいっしょにいるの、いや……?」

 うるうる。でもしかたないよね、わたしはおばさんにもきらわれていたし。なんにもできないし……。

 と、クロがネガティブ思考に陥りかけていると。

「いや、違う。その……私は、家事全般が大の苦手でね。だからこの部屋の外、すごく汚いということに気づいて……」

きっちり否定したシロは、その後気難しく顔をしかめます。クロはなんだそんなことか、とちょっぴり笑いました。


「だいじょうぶだよ、シロ。わたしのおばさんも、おそうじがだいきらいで、よくちらかしてたもの」

 どんなぐあいかな、とクロは立ち上がり、あ、ちょっと、と慌てるシロの隣をすり抜けて扉を開けました。閉めました。

「……すごいね」

「だから言ったでしょう……」


 まず、目に入ったのはうず高く積み上げられた紙の山でした。そして、次に見たのは、埃で白く染まったフローリングの床。そこには、埃を踏んだ足跡がくっきりと残っています。窓ガラスは薄汚れて外が見えず、クモの巣だらけでした。

「私、仕事があるからあまり家に帰ってこないの。だから、基本的に寝室と浴室しか使わなくて」

 ため息まじりにシロは話します。それにクロは、

「シロ、わかいのにもうおしごとしてるの? すごいね!」

と、きらきらした目で褒めました。

「……まあ、ね。この体たらくだけど……」

 この惨状の後に褒められるのは居心地が悪いのか、シロは目をそらしつつ答えました。


「シロ、まかせて! わたし、おそうじもおせんたくもおりょうりもよくしてたの。だから、シロはあんしんして、おしごとにいってね!」

 ふんす、とクロは気合を入れます。すると、突然柔らかく温かいものに包まれました。

「!?」

 びっくりしていると、頬ずりをされました。

「し、シロ?」

 どうやら、真っ白いそれはシロのようでした。ぎゅ~っと、抱きしめられています。

「? ? ?」

 クロはよく分かりませんが、シロがそうしたいのならしてもらおう、それに、ぎゅってしてもらうなんてはじめてだなあ、と体も心もぽかぽかです。

 シロの心境としては、“かわいい。これはかわいい。こんないい子がなぜ捨てられるんだ世の中おかしい……それにしてもかわいい”といったところでした。


「えへへ」

 嬉しくなって笑うと、シロがさらにぎゅうぎゅうと力を強くします。それはさすがに苦しくて、シロはわたしよりもちからもちなんだなあ、とクロは思いました。

「し、シロー? くるしいよー」

 すると、パッ、とシロは離れて、今度は手が温かく握られます。

「クロ。ずっとうちにいてね。本当に」

「? うん!」

 よくわからないけれど、シロはとってもやさしいなあ。クロはほやほやと笑いました。

 シロはとある目的の為にクロを拾いました。ですがシロは、既にその目的を放り捨て、クロを愛でようとしだすことを、クロは知りません。


「じゃあ、一緒に掃除しよう。ほんと、掃除なんていつぶりだろうって感じだけど」

「がんばろうね、シロ!」

 うん、と頼もしく頷いたシロですがすぐさま、んー、と、眉根を寄せて考え込みました。

「シロ?」

「ちょっと待って……今、掃除道具の場所を思い出してるところだから……」

 うーん、うーんと考え込むシロ。

(……シロは、いままでどうやってくらしてたんだろう?)

 クロは、シロの今までが心配になりました。


 ***

 シロはたっぷり十分ほど使い、やっとのことで道具の場所を思い出しました。そして、その道具を取りに、隣の部屋へ来たのは良かったのですが。


「きゃー!」

「クロ! うっ、こっちも……あー!」


 その部屋は、シロの仕事の資料の山が鎮座していて、なかなか掃除道具までたどり着けません。

 クロもシロも、崩れた紙の波に押し流されて目を回しています。

 けほこほっ、とクロ。

「し、シロ~。もうちょっと、せいりせいとん、やろうよ~」

「は、反省しているう」


 ぐでー、と寝転ぶ二人ですが、その床も埃まみれです。どころか、先ほどから埃がもわもわと辺りを包み、咳き込みつつの会話です。クロは、とっくに埃まみれでクロではなくハイイロになっています。

 これは何がなんでも掃除しなければ、とシロは決意します。


「一番、シロ。いざ尋常にっ……、勝負!」

「し、シロー!」


 うおおおお、とうら若き女性にあるまじき雄叫びを上げながら、シロは進みます。紙に足を取られて転んでも、紙の津波に押し流されても、怯まず真っ直ぐに。その先にある、掃除道具へ向かって……!


「確保っ!!」

「し、シロ……! やったー!! うっ、げほげほっ!」

「クロっ、大丈夫? うえっほ、ごほっ!」

 お互いに咳き込みつつ、戦利品――コードレス掃除機とウエットシート、クイックルなワイパー、雑巾――を手に喜びます。


「今、そっちに戻る!」

「き、きをつけて、シロ!」

 よし、と一歩踏み出すシロ。滑るシロ。行きは耐えられたバランスの崩れ。しかし、今彼女の手には数々の戦利品があり――


 ごちんっ


「~~~~~~!!」

「シロー!!」

 頭から行った。痛い辛い。戦利品を手放し、頭を抱えて悶絶するシロ。


 けれど、悪夢はそこでは終わりません。

 うっかり手を放してしまい、脛を殴打するクイックルなワイパー。

 バランスを崩す主な原因のコードレス掃除機。

 最終的に、シロはウエットシートと雑巾を投げて転び、その上に着地することで衝撃を緩和する技まで編み出すほどになりました。

 クロの元へ辿り着いた頃には、身も心もヘトヘト。

「シロ、だいじょうぶ……?」

「……むりつら。休憩したい」

「そ、そうだね、きゅうけいしようか……」

 クロとシロは思いました。

((まだ、掃除道具を手に入れただけだ/だよね……))

 さきがながい。二人は同時にため息をつきました。


 ***

「クロ。雑巾がけ終わった」


「し、シロ、まだたなのうえのほこりとか、おとしてないよ!」

「ん?」

 どや顔をしていたシロが首を傾げます。クロはえっとね、と身振り手振り。

「したをそうじする、うえをそうじする、するとほこりがでる。にかいめのしたのそうじ!」

「つまり二度手間か」

 申し訳なさそうに頷くクロ。


「よく考えたらすぐ分かる事なのに。クロは本当に掃除について詳しいね、すごい」

「! そ、そんなことないよ、わたしシロほどすごくないもの!」

 と謙遜しつつも、クロは嬉しくてほっぺたが熱くなりました。それを手で冷やしていると、そういえば、と、とある出来事を思い出しました。


「わたしもさいしょね、したからそうじしちゃったことあって。そしたらね、」


――あんた、バカね! このくらい、少し考えたら分かるでしょう!


 叱りつける声に、びくりと肩を震わせると、振り向いた先には叔母がいて。

「おばさんがね、うえからやるほうがはやくおわるって、てつだってくれたの」

 思えば、怒鳴られたり、叱られることは多かったですが、叔母は決して、怖いだけの人ではありませんでした。クロの作った料理は、失敗したって絶対に食べてくれました。クロの為に、掃除道具を新しくしてくれたこともあります。

 そう思い当たると、なんだか寂しくなってしまいました。


「……おばさん、いまなにしてるのかなあ……」

「……クロ。おばさんは、どんな感じでクロを追い出したの?」

「え?」

「……言いたくないなら、いいんだけど」

 クロは首を横に振りました。

「ううん、だいじょうぶ。えっとね、なんだかおばさん、いつもよりかえりがおそかったの。それでかえってきたとおもったら、でていけ!って……でも、なんだかいそいでて、あと……」

 彼女の目元に光っていたもの。

「クロ?」

「おばさん……ないてるみたいだった」

「…………」

 シロは、その状況を想像しました。帰りが遅かった、というのなら、叔母は外出できる人だったのでしょう。そして、クロを家から出さなかった。それでこれまでは問題がなかったのに、焦って彼女を追いだした。追い出したということは叔母にとって、クロは。

 どうしたんだろう、とクロが不思議に思っていると、シロは少し悲しそうな顔で、クロの頭を撫でました。


「シロ?」

「これは、私の想像でしかないけど」

「……うん」


「叔母さんにとって、クロは大事な子だったんだと思うよ」


 クロにとって、それは理解できない言葉でした。今までの自分の扱いも、最後に話した態度も、クロには厳しいものだったし、愛されていただなんて、思えません。

 なのにどうして、シロはそんなことを言うのでしょう。

「シロ、」

 クロが恐る恐る聞こうとしましたが、

「じゃ、クロ。掃除再開しよう」

 シロは先ほどのやり取りなどなかったかのように、掃除に取り掛かってしまいました。

 その後も。


「ぶふぉっ、うげほっげほぉっ」

「げほげほげほっ!」


「お、大波だっっっ!」

「ひなんして、シロ……シローっ!!」


「あ、シロ! くつしたまっくろ!」

「うわほんとだ」


 ***

 すべての部屋の風通しや清掃が粗方終わった頃には、とっぷりと日が暮れていました。


「お……おわっ、た……」

「そうじ つらい わたし もう したくない」

「それがつもりつもって、いまのシロのいえになったんだとおもう」

「はい……。こつこつやらせていただきますクロせんせぇ」


 クロはくてり、と床に突っ伏し。シロは椅子に寄りかかった状態で、掃除が終わったことを喜びました。


 くーきゅるるる。


「ん」

「ご、ごめんなさいっ」

 クロのお腹が小さく鳴きました。黒い彼女はお腹を抑えながら、恥ずかしそうに謝りました。

「いいや、大丈夫。でも確かに、お腹空いたね」

 シロは立ち上がり、冷蔵庫を開けました。


「…………」

「シロ……ごはんは……?」

「……………………」

 す、と俯いたシロは、それを差し出しました。固形の携帯食料でした。

「シロ…………」

「すまない……私が家に食材を置いてるはずがなかった……」


 きゅるるるる。


 二人のお腹が、切なげに鳴きました。


 ***

 それから。二人はもそもそと携帯食料を食べました。不味くはありません。不味くはないのです。しかし、二人が求めていたものは、決してこれではないのです。温める余地もない、固形食料ではないのです。


 温かい、つやつやの白米が恋しい。それが、二人の総意でした。

「クロ。これ食べ終わったらさ」

「もそもそ?」

「買い物行かない? それで、ちゃんとしたものを食べよう」

「もそもそ!」

「ごめん、何言っているかは分からないけど、オッケーってこと?」

「もそ!」

 目一杯首を縦に振って、クロは何を作ろうか、と考えます。


「もそ……シロは、なにがたべたい?」

「え? ……。…………クロが作るの!?」

「うわあ!」

 あまりの剣幕に、クロは驚きました。どうやら、シロは今までの生活のせいで、外食一択の考えだったようです。

「でもいいの? クロも疲れてるだろうに」

「だいじょうぶだよ! おそとでたべるのもたのしそうだけど、でも、わたしはじめてだから、うまくできるかわからなくて」

 そうなのです。クロは外に一度も出たことがなかったので、当然、外食も初めてのこと。そこで疲れてしまうよりも、自分で作る方が、よっぽど手に馴染んでいてありがたい、と思っていたのでした。


「クロの手料理か……! ありがとう。よし、それじゃあさっそく行こう」

「もそもそ~!」

「あ、クロまだ食べてなかったか……ごめん」

 すっくと立ちあがったシロですが、クロが目を白黒させて咀嚼している様子を見て、そっと座り直しました。


「もそ……シロは、なにがたべたいかをかんがえていて」

 食べたいものと聞いて、シロは考え込みます。まず、クロはどのくらい料理が作れるのだろう……に始まり、手料理とか久しぶり……あ、いや確か、カヤ先輩のクッキー食べたな、あれ美味しいけどかなりすっぱかった……などなど、関係ないところまで思い出し。


「私、カレーが食べたい」

「うん。がんばってつくるね!」

「…………」


 しかし、シロから返答はありませんでした。それどころか、とても驚いた顔をしています。

「シロ……?」

 おそるおそる、クロが声をかけると、なんでもないとシロは普通に戻っていました。

「ほんとは自分で作りたいんだけど、私は料理も苦手だから」

 そっか、とクロは頷きました。気のせいだったのかな、さっきの。クロは、残った携帯食料を口に押し込みました。

 クロが食べ終わったことを確認して、シロはクローゼットを開けました。


「はい、これ」

「……?」

 手渡されたのは、真っ白なマフラーと手袋でした。

「春になったけど、外は寒いから。だから、どうぞ」

 シロの言葉を聞いて、クロは慌てて首を振ります。

「ええっ、わたし、いらない!」

 いらない……だと……。シロは落ち込みます。それを見て、クロがさらに慌てます。

「あっ、ちがう! ええと、わたし、しろ、にあわないから……おちつかない、し……」

 クロがいつも与えられるのは、その肌や髪色と同じ黒い服でした。叔母も、着るのはいつも黒い服だったので、いきなり真っ白なそれを身に付けるのは、汚しそうだし慣れないし、クロには到底受け入れられなかったのです。

「似合わないことはないと思うけど……。まあ、無理強いも良くないな。じゃあ、ちょっと待って。えー……。あ、あったあった」

 と、シロが取り出したのは、明るい赤色のマフラーでした。


「これならどう? これは逆に、私だと派手だって言われたから仕舞っていたやつなんだけど」

 どうかな?と、シロはクロの様子を伺います。クロはじ、とそのマフラーを見つめ、そっと手に取りました。柔らかなそれは、なるほど温かそうです。

「うん……わたし、これがいいな」

「そうか。じゃあ私もマフラーをしよう」

 言って、シロが取り出したのは暗い赤色のマフラーでした。模様はクロの持つものと同じで、どうやら色違いのようです。


「にあってるよ、シロ」

 マフラーと手袋を身に付け、にこにことクロが言うと、

「クロもとても似合っている」

にっこりとシロが応えました。


「クロ、ついでにこれも付けなさい」

「へ? ……えーと、さん、ぐろす?」

「惜しい」

 シロが手渡したのは、黒いサングラスでした。

「私もいつもかけている。ちょっとした芸能人気分だ」

 言って、シロも同じものをかけます。

「ほんとうだ、シロ、テレビのなかのひとみたい!」

 わたしも、これをかけたらなれるのかな? そっと、クロはサングラスをかけてみました。

「うんうん、似合う。これでクロも、ちょっとした芸能人だね」

「げいのうじん……!」

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

「おー!」

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