俺、冒険者のはず。
「以上をもって、今夏の振興策としたく思います。各店のオーナーは新商品の開発をお願いします」
そう締めた俺の声に、最初はまばらに、そして徐々に大きな拍手が上がった。皆が笑顔だ。「これはいける」「今年は間違いない」。そんな声もちらほらと聞こえてくる。ちょっと前まで、「高かろう・悪かろう・(やる気も)なかろう」を地でいっていただけに感慨深いものがある。
ポンと背後から肩を叩かれた。商店街組合の会長、ロシュ・レイニックだ。
「……レイニックさん」
「いやーいいよー。さすがは、エミリオ君。よくぞここまで盛り上げてくれた」
「まあ、そういってもらえるのはありがたいんですけどね」
「ん? なにか心配ごとかい?」
「いや、心配というか、俺はーー」
「あ、そうだね! 君の懸念は重々承知した。そちらは任せてくれたまえ! 私のすべてを懸けて、フィーネに粉かけるクソ虫は駆逐してみせよう!」
「いや、ナンパ対策とかじゃなくて!」
娘を守るといって、笑顔で目が合っただけの通行人すら殺しかねない。ただのバカ親のくくりで許されるかロシュだが、俺の知る限り、もっと大層な異名があったはずだった。
迷宮王ロシュ・レイニック。これまで攻略不可能とされていた10を超える迷宮を踏破し、冒険者ギルドでは最上位のランクS認定される世界的に著名な迷宮探索者。すべての冒険者が憧れる人で、ぶっちゃけ商店街の会長とかしてるはずない人だったはず。
よくよく考えればすべてがおかしかった。
ぐるりと見回し、そのおかしい一端を眺める。
「がははは!ここで史上最強にぷりちーな磔人形を投入じゃい!」と新作ぬいぐるみの制作に気概を上げるのは、雑貨屋を営むジャン・マルク・バルバロッサ。コルニア戦役の時、たった一人で砦を落としたことから、百力のバルバロッサと呼ばれる凄腕傭兵だ。ガチムチいかつい見た目に対して、趣味は裁縫らしい。マジか。
「ちょっと多めに仕入れるさね」とか、楽し気に言ってるのは肉屋のコリン。初めて会った時、どこかで見たことあると思ったら、サマルの闘技場で無双してた女傑だった。ちなみに、ミノタウロスのモモ肉とか、レッドサラマンダーのテール肉とか、俺はじめて食べたよ。どっちもB級モンスターだったと思うんすけどね。ちなみに、この人のちょっとはちょっとではない。絶滅させる勢いで狩ってくる。笑顔で。
「うちの企画もお願いします!」と完全にこっちに丸投げする気まんまんなのは、宿屋兼食堂の主、ユーフォリア・ユキリクス。基本的にやる気のないクズだが、風の噂で魔導士育成の最高峰で開校以来の神童とかいわれてた人と同じ名前な気がする。別人だと信じたい。
そして、そんな訳わからん大物たちの前で熱弁してたのが、宿屋の従業員の俺、エミリオ・フントである。雇い主からは「お料理できる男性って素敵ですね。あ、掃除もお願いします!」「計算できる男性ってくーるです!私、数字見ると吐き気するんで、お邪魔にならないように、あっちでお昼寝しときますねー」と高い評価を受けている。だが、特に二つ名とかはない。
改めて名乗ろう。エミリオ・フント。前職はランクD冒険者。そして――。
現職は、「ダイヤとライオネルリッチーとケーキの宿り木亭」、通称「ダラケ亭」従業員。
兼、ヴィネリア迷宮57階層商店街 振興委員。
主な業務は、宿屋の管理。
そして、やる気と攻撃力だけはびっくりするほどあるが、常識皆無の店主が集う商店街の立て直しである。
麻雀に負けたので。
がんばります。