第九話 見てる?
「主様、あたしのこと売っちゃうのーっ⁉︎」
俺は「失礼」と盗っ人に声をかけてから蒼覇光剣を振り返った。
「仕方がない。みんなが困ってる」
「でも、主様はあたしを捨てないって言ったよ⁉︎」
「わかってくれ。これが一番いい方法なんだ」
「でも、でもぉ……」
蒼覇光剣の大きな瞳に涙が滲み始めた。
……こいつ本当に剣なんだろうか? 剣が泣くなんて初めて見た。
「主様ぁ……嘘だったの……? さっきの言葉……」
「う……」
「あたしのこと誰にも渡さないって言ってくれたのに……」
「あ、あれはもののはずみと言うか……」
「信じていいっていったのに……」
「あ、あのな……」
涙がぽろぽろとこぼれ頬を伝っていた。
まずいな、どうしよう。たしかにあの時はああ言ったが、それは周囲の目を避けるためだった。
何とか上手く言いくるめなければならない。
だが。
蒼覇光剣は次にこう言った。
「あたしが……主様の役に立たないから……?」
「えっ……」
「いらないんだね。使い物にならないから捨てるんだ」
昨日の食堂の光景が頭にチラついていた。
その間も蒼覇光剣は声を震わせながら続ける。
「人間はみんなそうだよ。自分の都合のいい時にはあたしに頼るくせに、用のない時には鞘に入れっぱなしにして放っておくんだ。主様だってそう。昨日の夜はあんなにあたしを求めたのに今は」
………ん?
「ちょっと待って」
「なーに?」
「なに昨日の夜って」
「あの人」
蒼覇光剣は盗っ人を指し、
「あの人から身を守るためにあたしをもてあそんで利用した!」
「ああ、そう言う意味……いやもてあそんではいないから」
「あたしは主様にとって都合のいい女なんだ! 愛なんてないんだ! 体だけが目当てだったんだね!」
後ろで盗っ人が言った。
「おにいさんそりゃよくないよ……その子命の恩人だろ……」
「そーだそーだ! 嘘つき!」
俺は言った。
「いや、嘘をついたわけじゃ……」
「嘘だったんだ! 手放さないって言ってくれたのも……!」
「いやあれは……」
「あたしと共ににいざ生きとし生けるものを切り刻み屍山血河を築き上げんと言ってくれたのも」
「それは明らかに言ってないよね?」
「?」
「? じゃないから」
後ろをチラリと見てみる。盗っ人が不思議そうな顔で俺たちを見ていた。
たぶんあいつはこの女の子が蒼覇光剣だとは気づいてないだろう。仲間割れしてるように見えているはずだ。
どうしたものか。
そう言えば蒼覇光剣は、俺から離れると人間の姿を維持できないと言っていなかったか? ならどこかへ遠ざけて……だがついてくるだろうな。
それに……。
彼女はふくれっ面で俺を睨んでいる。
ここでこいつを返したら、つまり俺は、元の仲間たちと同じじゃないのか?
「そうだ、閃いた!」
唐突に蒼覇光剣が言った。
「こうしようよ! その人を斬って、そのあとナントカの狼牙を全員斬って、全てを闇に葬り去ればあたしは晴れて主様の……」
「よし盗っ人はやく金払え。今すぐだ。おまえを守るためなんだわかってくれ」
盗っ人は顔が青ざめていた。
奴は蒼覇光剣の実力を知っている。昨日あっさり指を落とされたのだ。その指は治療所にでもいったのかちゃんとくっついていたが、とにかく奴に勝ち目はない。蒼覇光剣に本当にその気があるのかはよくわからないが。
「やだー帰りたくない!」
「仕方ないだろ!」
「今夜は帰りたくないの!」
「まだ朝だから!」
「主様と一緒にいるもんうわーん!」
「けど剣を返さなきゃ色々と……」
俺がそこまで言った時だった。
「その必要はないぞ若造!」
どこかから声がした。
通りの方だった。そちらを見ると、十五人ぐらいの男達が走って来て、俺達を取り囲む。
その囲みの外にフルプレートメイルを着たおっさん。
蒼い狼牙のリーダーだった。
「よくやった若造! 蒼覇光剣を盗んだ下衆をよくぞ見つけてくれたな!」
おっさんは囲みの間に入ってきて、盗っ人を睨みつけた。
「おっさん……何でここがわかった?」
俺が尋ねると、
「グフフ……いや実はな。ワシは貴様のことを疑っておったのだ。今朝はああ言ったが、貴様がどこかに隠しとるんではなかろうかと思ってな、今日ずっと部下と共に尾行しとった。するとここに辿り着き、さっきの会話も全部聞こえてきたということよ」
マジか。宿屋を出たあとから? しかし何を根拠に俺を疑ってやがったんだ。
と思ってると、おっさんのそばに立っている出っ歯のサブリーダーが言った。
「まあリーダーは他に手がかりないからどうせあいつに決まっとるって言ってただけでゲスが」
出っ歯はおっさんに軽く膝蹴りされていた。おっさんは咳払いすると、
「とにかく泥棒は捕まったわけだ。さあ、ワシの蒼覇光剣を返してもらおうか!」
と怒鳴る。
盗っ人は言った。
「……オレは持ってない」
「今さらシラを切るのはやめんか! さっきの会話は全て筒抜けだったわ!」
「嘘はよしてくれ、断片的にしか聞こえてないだろ? 聞こえてたんなら、剣はあのおにいさんが持ってるのわかったはずだろ」
おっさんは俺を見た。
「なにっ! じゃやっぱり貴様が……!」
「えっ⁉︎ いやその……」
「貴様が盗んだのか⁉︎」
「いや盗んだわけじゃねえよ、ただ……」
「じゃやっぱり貴様が持っとるのか!」
しまった。
俺の手……と言うより俺の側にあると聞こえるような言い方だったな。
おっさん含め、蒼い狼牙のメンバー全員が俺を睨んでいる。
仕方がない。言ってしまおう。
「あーその……まあね、持ってはいる。ただ言っとくがその盗っ人から取り上げただけだ」
「ではその剣はどこだ!」
俺は後ろに立っている女の子を指差した。
「……? その女が持っとると?」
「いや違う、女の子になったんだ」
「うむ、今日は気温が高いからな、かわいそうに」
「いや正気だから。ほんとなんだ! 剣がその、変身したんだよ」
蒼覇光剣を振り返ると、にっこり笑って立っている。
狼牙のメンバーはおっさんを見ていた。
おっさんは無表情に俺と女の子(蒼覇光剣)を見比べていたが……。
「なるほど」
低い声で言った。
「つまり何か。貴様らはこのワシが大枚はたいてやっとのことで入手した蒼覇光剣を隠して、自分の物にして、そんなわけのわからんことを言ってごまかそうとこういうわけだな?」
雲行きが怪しくなってきた。
おっさんは無表情ではあるが、めちゃくちゃガン飛ばしてきていた。
「いやマジだから。ほんと。聞いて?」
「蒼覇光剣をどこにやった」
「いやだからそこにいるったら。この子。ねっ?」
俺は剣を振り返り、
「ほら、おまえからも何とか言ってやれ。おまえの主だぞあのおっさん。ほらっ」
すると、蒼覇光剣は唇に指を当て、首をかしげて斜め上を見たあと……にっこり笑ってこう言った。
「違いますっ! あたしは剣なんかじゃありませんっ!」
「えっっっ‼︎ おいちょ……」
「蒼覇光剣は失われました! 他の四聖剣がそうであったように! 今では人々の噂にのみ残る伝説となりました! 残念っ! 諦めてっ!」
おいおいおい何だよ今さら……昨日の夜から蒼覇光剣とかいうすわりの悪い名前名乗ってたくせにここへきて違うとか……。
おっさんのドスの効いた声が聞こえてきた。
「もう一度聞く……蒼覇光剣をどこへやった……!」
俺はおっさんに向き直り、
「いやだからこの女が……」
「違いまーすっ! 蒼覇光剣は歴史の闇に葬られましたぁーっ! もうおじさんのもとには戻りませーんっ!」
蒼覇光剣はさらに奇声をあげ、
「ウェ〜〜〜〜〜イ!!! おじさん見てる〜⁉︎ 君の大切な蒼覇光剣ちゃんは〜もう戻ってきませ〜ん!!!」
俺の腕にしがみつく。
何の煽りだコレ。
おっさんの方はと言えば、こめかみに血管を浮かせ、ややうつむきがちにしてプルプル震えていた。
そして……メンバーに言った。
「おい貴様ら! もういい、言わぬのなら体に聞いてやれ!」
メンバーたちは、腰から先が平べったくなった鉄の棒を抜いた。魔石を掘り出す時に使う道具だ。
「お、おいちょっと待て! ほんとなんだって!」
「まだ言うか小僧! こうなればボコボコに痛めつけてからワシの剣のありかを吐かせてくれる! かかれーっ!」
おっさんの号令一下。蒼い狼牙が一斉に殺到してきた。