第八話 気になるお値段は?
金貨一枚はだいたい10〜13万円ぐらいだと思ってください。
「悪事で稼がれた……金ぇ?」
俺がそっくりそのまま尋ね返すと、盗っ人はうなずいた。
後ろの蒼覇光剣を振り返ってみた。
こいつは今でこそ美少女の姿なんかしているが、もともとは剣だった。そしてその剣は蒼い狼牙のリーダーの物であり、そのリーダーはこいつを買うためにかなりの大金を払ったと言っていて……。
盗っ人に向き直った。
「具体的にはいくらだ? あの剣の値段」
後ろの女の子の値段、とは言わなかった。言っても信じないだろうし、信じるとしても説明するのも面倒だ。
「金貨五十枚」
「ごじュッッッ……!!!!!」
思わず変な声が出た。
金貨五十枚もあったら、無駄使いしなければ何にもしなくても二、三年は生きていける。
「ああいや、すまんおにいさん。そりゃ奴が払った値段なんだ」
「ああん? どういう意味だ」
「本当はあの蒼覇光剣の値段は倍はする。百……いや百十は行くかも……」
「ひゃクジュ」
後ろから蒼覇光剣が背中をつついてきた。
「ねーねー。金貨百枚ってどうなの? 高いの? ね」
高いどころじゃない。剣につける値段じゃなかった。言っちゃ何だがたかが鉄の塊だぞ。金貨百枚以上なんて、平民が生活しながらそこまで貯めるならそれこそ百年以上かかる。生きてる間にはお目にかかることはないだろう額だ。
俺は思わず呟いた。
「狂ってる……」
「おにいさん見たところ冒険者みたいだが……あんまり武具の価値は詳しくないのか?」
「詳しいも何も、武器なんて消耗品だぜ⁉︎ そんなに金使って何がしてえんだ⁉︎」
「蒼覇光剣はグローリーウェポンだぞ? 並みのなまくらとはわけが違うさ」
「けど、いくらなんでも百枚て……」
「いいかいおにいさん。蒼覇光剣はグローリーウェポンの中でも一級品よ。今を去ること四百年前、大陸東の大国に住む名工が心魂削って鍛え上げた名剣で、四聖剣と呼ばれた一品であり……」
「でもお高いんでしょう?」
「おう百枚以上って言ったろ。だけどその四聖剣は長い年月の間色んな奴の手に渡り、大陸中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。その結果蒼覇光剣以外の四聖剣はどこへ行っちまったのか誰にもわからなくなっちまった。だから今現存してるのはあれしかないのさ。おかげで一層レア度が上がって……」
「金貨百枚以上?」
「そう」
「ワァーオゥゥ…………」
あのリーダーのおっさん、蒼覇光剣を飾ったまま使いたがらなかったっていう理由がよくわかった。金貨百枚が戦闘なんかでポッキリ折れたら俺なら二度と立ち直れない。
しかし待てよ。
あのおっさんはそんな蒼覇光剣を買ったわけだが……。
「おい盗っ人。悪事で稼いだ金って言ったな? 金貨百枚」
「いや正確には五十枚だ。値切ったそうだ」
「それでも冒険者が稼げる金じゃねえな」
グローリーウェポンと言えば俺の元仲間もみんな持っていた。
どうやって手に入れたかなんて興味がなかったから聞きはしなかったが、東の国から来たっていうゴロゾは一度だけ俺達に話したことがある。ゴロゾのグローリーウェポンは先祖から受け継いだものだと。
おおかた他の奴らもそんな理由かもしれない。
グローリーウェポンがそれほど値が張るものだとして、冒険者の稼ぎなんぞせいぜい年に金貨三十、行くか行かないかだ。並みの奴が手の出る額じゃない。
冒険者パーティ蒼い狼牙は十五人前後の大所帯だったと思う。リーダーがメンバーに飯を食わせていくのも楽じゃないはず。しかもあのパーティ、冒険者としてそれほど実力が目立つパーティでもない。
稼げているパーティじゃない。リーダーのおっさんはとても剣一振りのために金貨五十枚を貯金できるほどリッチな奴には見えなかった。
「そこが問題よ」
盗っ人が俺の疑問に答えた。
「奴ら蒼い狼牙は詐欺に手を染めてるんだ」
「詐欺?」
「そうだ。奴ら、刃の塔で採れた魔力の弱い魔石に自分らの魔力を吹き込んで、価値を偽装する方法を見つけたらしいんだ。あんたも冒険者なら魔石の価値はわかるだろ?」
俺はうなずいた。
だが後ろからまた指でつつかれる。
「主様……魔石の価値ってなーに?」
「刃の塔で採れる魔石には良質なものと質の悪いものがあるんだ。宝石と同じだよ。良いものは高値で取引できるが、クズ石は安い値段。そして、刃の塔を上階へ登れば登るほど魔石の質は上がっていく」
軽く説明を済ませて俺は盗っ人へ向き直る。
「蒼い狼牙の奴らは、あんまり上の階層を目指してねえみてえだが」
また背中をつつかれる。
「何だよ……」
「何であの人上に行かないの?」
俺はため息をついた。
「刃の塔は階層が上がるほど魔素が濃くなっていくんだよ。良質の魔石のせいだ。上階には高純度の魔石がわんさかあるもんだからそうなってる。並みの人間はその魔素に当たると体力を削がれるのさ。だから上層まで行かずに中程度の魔石狩りだけして帰ってくる奴らも多いんだ」
盗っ人に向き直る。
「で、何だっけか。魔石の価値をごまかす?」
「そうだ。正確には魔石鑑定士の目をごまかすって言った方が正しい。魔石鑑定の時だけ、質が上がって見える魔法を石にかけてるんだ。一種の催眠魔法だな」
そんなものがあるのか……初めて聞いたが、まあたしかにそうそうあってたまるもんじゃないな。
「それでだ。ヤルバタヤ中の鑑定士があいつらからクズ石を高値で買わされたんだ。その魔法には持続性もない。奴らから石を仕入れた商人が、あとで王府に売ろうとするだろ? その時にはクズ石に戻ってる」
「戻ってるってより、最初からそうだった?」
「まあな。だから王府直轄取引所で門前払いを食らう。仕入れに使った金は戻ってこない。そのせいで破産寸前まで追い込まれてる商人もいるんだ」
俺は盗っ人をあらためて眺めた。
こいつは、自分が盗賊ギルドのメンバーだと言った。
盗賊ギルドの盗賊は、ただの泥棒じゃないと聞いたことがある。
自分の収入のためではなく、他人から依頼されて盗みを行なうのだ。
どこかの誰かが手に入れたがっている物を、非合法に手に入れてきてやる。そういうビジネスだ。盗賊ギルドは盗みの腕を売って稼ぎを得ているのだ。
「……なるほど。つまりそうやって稼いだ金であのおっさんは蒼覇光剣を手に入れた。騙された商人は悔しくって、盗賊ギルドに剣を盗むよう依頼した、と」
「察しがよくて助かるよ」
「何で商人は訴え出ない? ただでさえ金に困ってるのにギルドに金を積むなんて変だぜ」
「どうやって証明する? そんな魔法を使ってるだなんて。魔法が使えないふりをするのなんて右利きが左利きのふりをするよりボロが出にくい」
なるほどね……。
ということは、高価な蒼覇光剣を盗み出し誰かに売却。その金で被害にあった商人達の損害を取り戻そうってことだろうか。
「おまけにあいつ、蒼覇光剣を買う時も嘘をついて値切ったそうだ。よその地域の貴族が幸運にもあの剣を手に入れたのを知ったあいつは、それは精巧に作られたレプリカだ、かわいそうにあなたは騙されたんです、でもこれはこれで価値があるので私が買い上げましょう、とこういう具合だったそうよ」
「おまえの雇い主にはその貴族も含まれてるのか?」
「いいや。オレはただ念のため出どころを調べただけ。その貴族は貴族でクソ野郎だったよ。蒼覇光剣で試し斬りするために、田舎の貧しい村から若い女を集めようとしてた真っ最中のことだったらしい」
「ええ……」
「ああ、そいつの趣味だとよ、胸糞が悪い!」
盗っ人は吐き捨てたが、背後からも呟きが聞こえた。
「あともう一息だったんだけどねー! 惜しいっ!」
ええ……もう誰でもいいのか蒼覇光剣よ。
まあそんなことはいい。
それより、つまりこの蒼覇光剣さんを盗賊に引き渡してあげなきゃあ、たくさんの商人さんが困ってしまうと……。
俺がそう考えている時、盗っ人は言った。
「なあ頼む。あのあとあんたが持って行ったんだろ? 返してくれ。タダでとは言わない。買い上げるよ」
「太っ腹だな」
「オレの落ち度だ。金はギルドに肩代わりしてもらって、オレはしばらく奴隷労働だなぁ」
「買い上げる、ねえ……?」
急に悪くない話のように聞こえてきた。
「金貨百枚で?」
「おっと、もともとおにいさんの物じゃないだろう? せいぜい銀貨五枚だろ」
言ってくれる。金貨一枚で銀貨四十枚分だ。
こいつは明らかに値切ろうとしている。たぶんここで俺から買った代金の分ギルドに借金をすることになるのだろう。だからできるだけ安くまとめたいのだ。
「おまえ、昨日は俺を殺そうとしたよなぁ?」
「あれはその……あの夜はおかしかった。どうかしてたんだ。普段はあんなことしない、ギルドの掟に反することだった。オレ達は盗みの際に殺しはやってはならない」
「じゃあどうして昨夜は鼻息荒かったんだ」
「……わからない。どうもあの剣を持ってると、そんな気に……」
俺は蒼覇光剣を振り返る。本人はにっこり笑って首をかしげた。盗っ人に向き直る。
「金貨三十だな」
「拾っただけだろ⁉︎」
「俺の命の値段と考えたら破格だぜ。それとも何か? 衛兵に知らされたいのか?」
盗っ人は困ったような顔になった。
金貨三十枚、これからギルドでタダ働きなのだ、そりゃ考えるだろう。
俺だって別に三十枚で売れるだなんて思ってはいない。どうせここから盗っ人は値切り始める。最終的には、金貨二枚になればいいかなと俺は考えていた。
ただ問題は……。
「え〜っ⁉︎ 主様あたしを売っちゃうのーっ⁉︎」
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