第七話 盗っ人との再会
俺は蒼覇光剣の顔をまじまじと眺めた。
大きな瞳をくりくりさせて俺の答えを待つ美少女。ツッコミ待ちで冗談を言っているわけじゃないらしかった。
俺は草に視線を戻した。
「……武器はそんなことのためにあるもんじゃねえ」
「えー、じゃあ何のため?」
「一言じゃ説明できねえ」
草を眺めながら親父のことを思い出していた。
親父は時々、巫術剣士とは何かについて語ることがあった。
たいていは酔った時だ。普段は昔のことは話さなかったが、酔うと巫術剣士の心構えについて長話をした。
巫術剣士とは武器、つまり力の声を聞く者であり、力とはすなわち……。
「いーじゃん固いこと言わず。とりあえず斬ろうよ」
「怖えよおまえ」
「弱者が物を持つべきじゃないんだよ。力こそが全て。時代は哲学じゃなくて暴力を求めてるんだよ?」
「ごめんそんな噂聞いたことない」
何だろうなあこいつ……何でこんなに血の気が多いんだろう?
巫術剣士には武器の声を聞く力があるのは知ってる。なぜかはわからないがどうやら俺はその力に目覚めたと考えていい。それはいいんだが、何でこう聞いてて疲れる声ばかり聞こえてくるんだろうか。
それにしてもだ。
何か考えなきゃならなかった。
収入のことだ。蒼覇光剣の強盗の件は却下としてだ。
それに……。
俺はやっぱり彼女を蒼い狼牙のおっさんに返却するつもりだった。
俺は泥棒じゃない。
問題はこいつをどうやって納得させるかだが……。
「ねえ」
蒼覇光剣がまた何か言い始めた。
「何だよ」
「冒険者っていうのはやらないの?」
「あれは辞めた」
彼女は首をかしげた。
「仲間がいねえんだ。一人じゃ無理だよ」
「あたしがいるじゃん」
俺は蒼覇光剣を振り向いた。
彼女は自分のことを指差している。
「なんか、化け物がいっぱいいるところがあるんでしょ?」
「……刃の塔か?」
「それ! そこへ突っ込んでいってさあ、片っ端からブッた斬ってやろうよ!」
俺は草むらの血痕を見た。
たしかに昨日、俺はこいつが剣だった頃、目にも留まらぬ早技で足を斬られ、人間化したあとのこいつは盗賊の指を一瞬で斬り落とした。
強い。
それは間違いない。
しかもグローリーウェポン……。
「いや無理だろ」
「どしてー⁉︎」
「俺とおまえしかいない。人数が足りねえよ」
それに俺はこいつと行動を共にするつもりはない。できない。
「じゃあさ、増やせばいいんじゃない?」
「あん?」
「主様はさ、武器を人間の姿にできる魔法を使えるんだよ? だったら、色んな武器をあたしみたいに人間にしてさ。仲間を作ればいいんだよ」
蒼覇光剣は瞳を輝かせながらそう言った。
仲間を……作る?
俺は尋ねた。
「……おまえ、もう一度聞くけどさ……何で俺から離れたがらないんだ?」
「好きだから!」
「何でだよ……」
「その目で見つめられると、胸がきゅんきゅんするの!」
一瞬、どっちの目のことを言っているのか考えた。
いやおそらく。左目だ。この左目が何かの魔力を発しているのだ。それで武器を、蒼覇光剣を使役している……?
「……いやダメだ」
「何でよー」
「その武器どこから手に入れるんだ? 買う金なんかねえよ」
「奪えばいいじゃんー! 刀狩りー! 橋の上とかでさー!」
「何で橋なんだよどこでもいいだろ。いややらねえよ」
俺は立ち上がった。
どうもこいつ血の気が多すぎる。何としても俺に誰かの血を流させようとしてるような気がする。ちょっと付き合いきれないのでやっぱり返そう。
しかしどうやって説得しよう? さっきみたいに泣かれても面倒くさいしな。
待てよ、そもそもこの美少女の姿から元の剣の形に戻ることはできるのか? 剣になれば静かになるだろうし、その隙にあのおっさんの目に付く所に放り捨ててから……。
「ねね、主様」
当の本人、いや本剣に袖を引っ張られた。
「誰かいるよ?」
蒼覇光剣は空き地の奥を指差した。
そこにもやはりあばら家がある。誰かいるようには見えないが……。
あばら家の陰から一人の男が現れた。
昨日の盗っ人だった。
一瞬、蒼覇光剣を探しに戻ってきた所でたまたま出くわしてしまっただけかと思ったが、盗っ人の方は俺達を見て驚いている様子でもない。
俺は思わず蒼覇光剣を後ろ手にかばった。変な話だ、こいつの方が俺より強いのに。
「おまえ、昨日の盗っ人だな。何の用だよ」
「お、落ち着いてくれ! なああんた……剣を見なかったか? それともあんたが持って行った⁉︎」
「……どうだろうな。そんなこと聞いてどうする? もともとおまえのもんでもねえだろう」
盗っ人は辺りをキョロキョロ見回した。他に誰もいないか確かめているのだろうか。それから俺達に向き直って言った。
「頼む! あの剣返してくれよ!」
「返す? あれは蒼い狼牙の……」
「違うんだ! いやたしかに所有者はそうなんだが……あいつがあの剣を買った金が問題なんだ!」
「はあ……?」
「あんた、昨日俺を殺さなかった。衛兵にも突き出さなかった。だから信用して正直に言う。オレは盗賊ギルドの人間なんだ!」
蒼覇光剣が俺の袖を引っ張り、
「……なに? 盗賊ギルドって……」
そう囁いた。
裏の世界には、プロの盗っ人が集まり、互いに情報交換したり守り合ったりする互助会があるとは聞いたことがある。
それが盗賊ギルドだ。
ただの泥棒というわけじゃないらしいとも聞いたことがある。自分の収入のために盗むのではなく、他人から依頼されて盗みをする者達だと。
噂だけだと俺は思っていた。その手の話はだいたい表に漏れない。だが目の前の盗っ人は自分がそうだと言う。
「なあ、話を聞いてくれ。あの剣を買った金は、悪事で稼がれた金なんだ……!」
俺は蒼覇光剣と顔を見合わせた。
こいつを買った金? 蒼い狼牙のおっさんが稼いだ金ってことなんだろうが……。
盗っ人は悲痛な声でさらに言った。
「なあ頼むよ! ち◯ぽみたいな武器持ったにいさん!」
「お願いする気あんのかおまえ」




