第六話 斬ろうよ
「ねえねえ主様。これからどこにいくの?」
定食屋を出て道を歩いていたら、後ろからついてくる蒼覇光剣が尋ねてきた。
辺りをみると、町の住人と冒険者の姿がちらほら。
建物がひと区画だけ途切れている所に一本だけ木が生えている場所がある。俺はそこで立ち止まって振り返った。
「おまえをこれから持ち主に返す。ついてこい」
「えー⁉︎」
大声をあげられたものだから慌てて周囲を見回した。通行人達は俺達を気にせず歩いて行く。剣に向き直る。
「だってそうだろ? あのおっさんおまえを盗まれて涙目になってたんだぜ。おまえを手に入れるのに大金を使ったんだ」
「まあ人間って基本あたしにメロメロだよね」
「……グローリーウェポンだからな。とにかくおまえの所有者はあのおっさんだ。盗まれた物をたまたま俺が見つけた。だから返しに行く」
蒼覇光剣は嫌そ〜な顔をしている。俺はため息をついた。
「戦いができないのが不満なんだな? でもこうして人間の姿になれたんだ。直接言えばいい。自分をちゃんと、正当な使い方してくれって」
「主様と離れたらたぶんもう喋れないよ」
「あん?」
「なんか主様の左目から感じるの。あたしをあたしにするための波動を」
なんのこっちゃ。
俺の左目はただの魔石だ。そりゃ何かの魔力は発してるかもしれないが、それは俺には関係ない。
「でもおまえはあいつの所有物だ。持ち主に返すのが筋……」
「違うー。あたしは主様の物だよー!」
「何なんだよ? どうしてそんなに俺にかまう?」
「だってあたし、主様のこと好きなんだもん!」
俺は辺りを見回した。
通行人が歩きながらこちらを見ていた。
「好きっておまえ……俺のどこが」
「わかんない!」
「わかんないておまえね……」
「ねーいーでしょー! あたしもう嫌だよあんな流血のない平和な世界!」
「怖えこと言うなよ……」
「ねーお願い連れてって! あたしをあの退屈なソードラックから連れ出して弱き者の断末魔轟く血濡れ肉削げる戦いの荒野へ誘ってよー!」
かなり物騒なワードが立て続けに飛び出してるがまるで顔に似合ってなかった。見た目だけは可憐な少女なのだ。そしてそのぷるぷるの唇からは死神めいた言葉を発してくる。
俺はもう一度ため息をついた。
「……だめだ」
「いいじゃない減るもんじゃなし」
「減るんだよ……」
「え、何が?」
「……情けねえ話だけどな。俺は無職なんだ。収入がない」
「ふうん?」
「おまえ、人間並みに飯食うよな?」
さっきの定食屋。
まるで剣とは思えない食いっぷりだった。
「おまえといたら食費がかかる。俺は払えねえ。残念だけど……」
「そんな……」
「おっさんのとこに帰ればおまえは剣に戻る。ならもう腹も減らねえ。これで解決だ。わかったな?」
「う……」
「わかったら行くぞ」
俺は蒼覇光剣に背中を向け、また歩き出そうとした。
だが腰にしがみつかれてしまった。
「やだーお願い連れてってよー! 捨てないでー!」
「捨て……⁉︎ おい、ちょ……!」
俺は通りを見た。通行人がそろいもそろって、眉をひそめながら俺達を見ている。しかも何かヒソヒソ話し合いながら。
「見ろよあいつ……」
「女の子を捨てるってよ……」
「ひどいやっちゃ……」
「あんな可愛い子を……」
「どうせ女を取っ替え引っ替えしてるんだろ……」
そんな声が聞こえてくる。
こりゃまずい。早いとこ引き剝がさなきゃあ……俺は蒼覇光剣の頭を押して離れさせようとした。
「おいやめろ! みんな見てるだろ!」
「うわぁん捨てないでよぉー! 何でもするからぁ! 悪いとこあるなら言ってよ直すからぁー!」
「だ、だから金がかかるんだよ……」
「お金なのぉー⁉︎ お金のためにあたしをあんな男に引き渡そうって言うんだねー⁉︎」
また周囲の声が耳に入ってくる。
「聞いたかよおい……」
「売り飛ばす気なんだ……」
「とんだクズ野郎だぜ……」
「か、かわいそうに……!」
「死ねよあいつ……」
ち、違う、そうじゃない……!
「や、やめろ声がでかい。ちょっとほんとやめて……」
「あんなにいっぱい出したくせにぃ〜! 責任取っでよ゛ぉ゛ぉ゛〜!!!」
ちょ……!
「マジかよあいつ……!」
「孕ませたのにあの態度……!」
「人の心がないのか……!」
「許せねえ……!」
「よっしゃ殺したろ」
ヤバい……!
俺は蒼覇光剣に一度向き直った。
「わ、わかった! 落ち着け!」
「何がわかったの!」
「いったん落ち着こう、なっ?」
「じゃあ引き渡さないって言って! あんな男に押し付けて自分は関係ないぜみたいなことしないって言って!」
またもや周囲のヒソヒソ声が……。
「てめえのガキなのに他人に育てさせようってのか……⁉︎」
「托卵かよォ……!」
「殺すしかない……!」
「待て俺が殺る……!」
「おいおい、おまえだけに罪を背負わせはしないぜ……?」
……仕方ない。
蒼覇光剣の肩を掴んで顔を覗き込み、言うことになった。
「わ、わかった! 渡さない!」
「ほんとう……?」
「ああ、おまえのこと誰にも渡すもんか!」
「う、嬉しい……!」
蒼覇光剣は泣き笑いの表情で涙をポロポロこぼした。
あれ? これなんかおかしくね?
周囲の奴らを見ると、何か微笑ましいものをみるかのような表情で遠巻きに俺たちを見ながら、拍手していた。
「やっぱり主様はあたしのこと大切に思ってくれてたんだね……!」
「……いや、あのな」
「信じて……いいんだよね……?」
「……とりあえず行こう」
俺は蒼覇光剣の手を引いて歩き出した。とにかくこの場はいづらかった。
そのまま歩いていると、いつの間にか昨日の寂れた区域まで辿り着くことになった。盗っ人に襲われ、蒼覇光剣が人間化した、あばら家がチラホラ点在する場所だ。
昨日何となく入り込んだ空き家もあった。
裏手に回ってみると、誰もいない。だが草むらについた血が固まっていた。
俺の足と、盗っ人の指から出た血だろう。あれから気絶した盗っ人は放置して立ち去ったのだが、草むらを探してみたが指はなくなっていた。気がついた盗っ人が持って行ったのかもしれない。
「治療所に持って行けばくっつくかもしれねえしな……」
「何が? 指? 綺麗に切れれば綺麗にくっつくもんね」
草むらにしゃがみ込んでいると、蒼覇光剣も同じく隣にしゃがんだ。
「主様。今日はこれから何するの?」
「何って、特に……いや、仕事を探さなきゃあ」
「お仕事?」
「そう。お仕事。俺は無職なんだ。食っていくには金がいる」
俺はそう言って彼女を振り向いた。
蒼覇光剣は言った。
「奪えばいいんじゃない?」
「な、何?」
「お金でしょ? 持ってる人を斬って奪えばいいよ!」
そして手刀で空を斬る真似をした。
「おまえ正気か」
「えー何でぇ? あたしは剣なんだよ? 主様は持ち主!」
「それが何だよ」
俺が聞き返した言葉に、蒼覇光剣はすぐに答えた。
きょとんとした顔で、こともなげに……何で今さらそんなこと聞くんだって調子で。
「剣ってそういうことのためにあるんじゃないの? 奪うために、斬る。そういう力じゃないの?」
どうみてもタチの悪い妖刀ですありがとうございました