第四話 お前の武器なら俺の隣で寝てるぜ。
「何だ、ちょっと……誰だおまえっ⁉︎」
俺は抱きついてきた少女の肩を掴んで引き剥がした。
目の前に、キョトンとした表情の少女の顔。
大きな瞳が俺を見つめている。
美少女だった。透き通るような白い肌は滑らかそうで、頬の丸みと顎までのカーブはもはや芸術だった。そんな女の子の顔が至近距離にあった。
「主様……どしたの?」
少女がそう言った。
「どうしたもこうしたもあるか! 誰なんだ⁉︎ どっから出てきた⁉︎」
「どこって……さっきからいたけど?」
少女は首をかしげた。初対面だが、その仕草はもう見ているだけで胸が苦しかった。何という可愛さであろうか?
「さっきからって……どこに⁉︎」
「あの人の手」
彼女は振り返って、後ろでポカンとしている盗っ人を指差した。そしてその指の可憐さ、美しさときたら……いやそれはいい。
「……何? 手?」
「そう。手」
「は?」
「あの人の手に握られてたよ。主様も見てたでしょ?」
話が聞こえているのか、盗っ人は自分の手を見ていた。
その中に握られてた? あの泥で汚れた汚ねー手に?
俺は言った。
「何言ってんだ? あいつ何も持ってねえぞ」
「持ってたじゃん」
「はあ? あいつが持ってたのは剣だろ! 人間一人持ってたところなんて俺は見てね……」
「だから、剣だよ」
「あん?」
「剣」
考えが追いつかなかった。
盗っ人を見ると奴はキョロキョロ辺りを見回してる。たぶん蒼覇光剣を探してるんだろう。
そう、たしか奴があの剣で俺を刺そうとしてたところだったんだ。あの剣はどこ行った? あのあと左目がおかしくなって、それで、剣が爆発して……。
俺は少女へ向き直った。
「剣?」
「そ。剣」
「……おまえ、名前は?」
少女はにっこりと笑って言った。
「蒼覇光剣!」
うーんいい返事だ。元気があって大変よろしい。この女は頭がイカレているに違いなかった。
とにかくだ。盗っ人の野郎が剣を見つける前に何か次の行動を起こさなきゃあならない。俺の右足は斬られて動かないのだ。
辺りを見回した。盗っ人から奪った安物の剣が落ちているがひん曲がっていて使い物にならない。石でも拾って投げつけるか? だが見回しても手頃な石ころは見当たらない。こんなゴーストタウンでも掃除が行き届いて美観を保っているだなんて何という衛生観念の高さであろうか。町が薄汚れていると治安が悪くなることをご存知のこの国の王は名君に違いない。クソが。
「やいそこの女!」盗っ人が言った。「お、オレの剣をどこにやった⁉︎」
奴はすでに立ち上がっていた。
少女は盗っ人を振り返り、自分自身を指差している。
「なにっ! お、おまえが隠したのか⁉︎ どこだっ!」
「違う違う、あたし。あたしが剣なの」
「はあ⁉︎」
彼女は俺の右手を手に取った。滑らかでひんやりとした指の感触。ところで俺の右手には十手が握られてるわけだが……、
「主様のおかげだよ? 主様のぉ……熱くって、濃厚な魔力が、あたしを無垢でおぼこな剣ではいられなくしちゃったの……」
そう言って……十手に頬ずりする。
「はああ……何て素敵な主様のエモノ……!」
うっ……とりとした顔。そうやって頬ずりしながら俺の目を見つめてくる。何だコレ。
「ふざけてんじゃねーぞォ!」
盗っ人が怒号をあげた。それだけじゃない、腰のベルトからナイフも抜いた。
「ナメやがってッ! オレがアレを盗み出すのにどんだけ苦労したと思ってんだ……どこに隠したッこのアマッ!」
目を血走らせた盗っ人がこちらへやってくる。
俺は少女を後ろへ投げ飛ばした。
「逃げろっ! あいつ泥棒なんだ!」
「知ってる。盗まれたのがあたしだもん。それで主様はあたしを奪い返しに来た白馬の王子様……」
「いいから行けって! 人を呼んでくるんだよ!!!」
俺は十手を盗っ人に突きつけた。だが足が動かない。振り回してはみたものの、十手の先を手で掴まれ、盗っ人のナイフが俺を……。
「こら〜っ! 何するのっ!」
少女が盗っ人を突き飛ばした。
「ぐっこのアマちからつよっ」
「主様に何かしたらあたしが許さないんだから!」
盗っ人と俺の間に自称鉄製品の少女が立ちはだかったが無謀すぎる。相手はナイフを持っているのだ。
「そ、そこをどけ! てめえもブッ殺すぞ!」
だが少女は鼻で笑った。
そして次に彼女が言った言葉は……さっきまでのあっけらかんとした声とは趣きが違った。
心底見下すような、冷たい声で彼女は言う。
「ふぅ〜ん…………その貧相なモノで…………?」
くすくすと笑った少女。
少女の衣服は基本的に袖なしなのだが、二の腕の辺りから腕を覆う外付けの袖がある。それは手先に行くに従ってゆったりと大きく広がっていて、手そのものは布に覆われて見えない。
その袖をゆらりと振った。
すると……袖先から刃が伸びた。
蒼い光をまとう刃。
蒼覇光剣だった。
「このアマ! やっぱりてめえが蒼覇光剣を!」
盗っ人がナイフを突き込もうとしたと同時に、再び少女の袖がふわりと揺れる。
「あァッ‼︎」
ナイフが地に落ちた。
それだけじゃない。盗っ人の指が数本落ちている。
ちっとも見えなかったが、少女が斬り落とした……?
「主様に刃向かう人は……」
少女の背中。剣気が膨れ上がる。左目がそれを感じている。
「この私が許さないよーっ!」
その背中がやや前方へ傾いた瞬間俺は叫んでいた。
「待て、殺すなッ!」
同時に少女の姿が二つに分かれたように見えた。立っている背中と、盗っ人に突進するお尻。後ろ姿。立っているのは残像だった。
盗っ人は何も反応できていなかった。そのまま正面から切断されるかと思ったが……。
少女は直前でふわりと飛んだ。
そのまま盗っ人を飛び越え、またふわりと背後に着地。
盗っ人の衣服が散り始めた。無数に切り刻まれた布切れが夜風に舞った。ほぼ全裸となった盗っ人は、悲鳴もあげずにもんどり打って倒れる。
そのまま動かなくなった。
服は少女が刻んだのだろうとは思うが剣筋はまったく見えなかった。ただ、飛び違う寸前、盗っ人の後頭部を蹴ったのはかろうじて見えた。どうやらそのせいで奴は気絶したんだろう。
地面に転がり仰向けになった盗っ人。その股間を見やりながら、少女は言った。
「…………比べようがないね」
目を開けると板張りの天井があった。
俺はベッドにいた。
どこかで小鳥がチュンチュン鳴いている。
また夢を見ていたんだろう。左目のことも全部夢だったのかなと期待して触ってみたが、硬い魔石の感触があった。
やっぱり俺は無職だ。
それにしても、剣が女の子に変身するだなんて我ながら荒唐無稽な夢を見てたもんだ。きっと仲間にボロ雑巾のように捨てられたのがあまりにショッキング過ぎてそんな夢を見たんだろう。
ああ、今日からどうしようか。
ウンザリした気持ちで寝返りを打つ。とそこには……。
「……おはよう、主様」
超至近距離に超絶美少女の顔があった。
俺は「キャッ!!!!!」と悲鳴をあげてベッドから転げ落ちた。それからドタバタと壁際に寄って、ベッドを振り返る。
ベッドの上には黒髪の女の子が寝そべっていた。
「………夢じゃなかったのか」
「夢? なぁに主様、あたしの夢見てくれたの? うーれしいー!」
ベッドでにっこり微笑む少女。
そうだ、だんだん思い出してきた。
昨日盗っ人を倒したあと、町の衛兵に突き出してやるかどうするか考えたのだ。
だが肝心の、奴が盗んだ剣がない。探してみたが見つからず、さらにこの女が、
『あたしが剣だよ』
と言い張るばかりで話にならず頭がおかしくなりそうになった。
さらに、
『まず斬られた足治したら?』
と言われたもんだから、結局盗っ人は放置して治療所に行ったんだった。
盗品が見つからないならどうしようもない。結局俺は治療所の治癒魔法で足の傷を一時的にくっつけ、それから寝泊まりできる宿を見つけて……、
「ねえ主様、お腹空いた。何か食べようよ」
目が覚めたらそんなことを言うこいつがいたわけだ。
こいつはたしかに、宿に泊めた。
昨夜からついてきて離れないのでしょうがないから俺が二人分の宿代を出して、ふた部屋取った。それは間違いない。
別々の部屋で寝たんだ。それもたしかだ。だが実際朝起きてみたら俺達は二人で一つのベッドを使って……。
俺は自分の体を触ってあらためた。
シャツとパンツを身につけている。少女を見た。昨夜と同じ蒼い服を着たままベッドでゴロゴロ転がっている。
何もなかった……はず。
「ねえ〜主様〜ごはん〜」
俺は少女に指を突きつけた。
「聞いていいか?」
「なぁに?」
「……名前は?」
「だからー、蒼覇光剣!」
「……わかった。とりあえずそこにいろ」
「えっ、主様どこ行くの?」
「……顔を洗ってくる。いいな、そこを動くなよ」
「は〜い!」
俺は床に脱ぎ捨ててあったズボンを大急ぎで履いて部屋から飛び出した。
宿の扉を出て裏庭まで行き、井戸から水を汲んでひと口飲む。それから顔をバシャバシャ洗いまして、それから、それから……、
「…………それから、どうすんだよ。俺」
水の張った桶を見つめて何とか考えをまとめようとしていると、後ろから声がかかった。
振り返ってみると、イノシシみたいな面のおっさんが立っている。
きのう会った蒼き狼牙のリーダーだ。フルプレートの鎧を脱いでシャツとズボンだけの出で立ちだった。
「おう、ち◯ぽみたいな武器持ちくさった若造ではないか。貴様もここの泊まり客だったのだな」
いつもの定宿は違う場所だったが、あそこはディーン達が泊まってるから宿を変えた。それがこのおっさんと同じ宿だったとはな。
「……何か用かよ?」
「いやな。貴様、あれから見なかったか?」
「何を」
「蒼覇光剣である! もしどこかで目撃したら、必ずワシに教えるのだぞ!」
おっさんはそう言って井戸から汲んだ水をガブガブ飲むと、顔も洗わず去って行った。
朝の光の中、俺はその背中を見送りつつ、言いそびれた。
言えるわきゃないよなぁ……。
お前の武器なら俺の隣で寝てるぜ。
……なんてよ。
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