第三話 覚醒、蒼覇光剣
「クソッ……何だ、どいつもこいつもバカにしやがって……!」
日が沈みかけた中、町外れに向かって歩いていた。
何となくいたたまれなかった。と言うより、町にいるとディーンたちに出くわしそうな気がしたからだ。
あいつらはたぶん今日も刃魔の塔に行っただろう。
最上部が目当てじゃない。パーティの活動資金が少なくなってきてたのは覚えてる。おそらく今日は魔石狩りだ。
そんなものはすぐに済む。奴らは換金所へ行くためにどうせすぐに町に戻ってくるだろう。
「補助屋なしで最上部になんかいけるもんかよ……!」
ひとりごちながら、石を積んでできた家が並ぶ土の道を歩いていた。
ここはどこだろう? どこでもいいか。建物の石には苔がびっしり生えている。人の気配もない。この辺は人が住んでないのか。空き家のようだった。
「うう……いてぇ……」
左目が疼いていた。
それにともなって頭も痛かった。
夕日が目に痛い。
ふと右を見ると、扉もないような石造りの家があった。中は誰もいないようだった。俺はふらふらとその中へ入った。
中は西日が遮られ暗かったが、それが目に楽だった。藁が積まれたベッドらしき物があったのでそこに横たわる。
「クソ……クソ! 何だってこんなことに……!」
疼く左目の奥にディーンの顔がチラついていた。
あの冷たい顔。
ゴロゾもだ。クィンティスタも。
シャーロ……あんな子だとは思わなかった。何も言ってくれなかった。以前から優しい子だったし、目を失ってからは特に俺を助けてくれていたのに。反対もしなかった。
さっきのおっさんの、心底小バカにしたような目。出っ歯の小男も。
「ちくしょう……俺だって……俺だって好きで魔法使ってなかったわけじゃねえ……!」
目が痛むなか、俺はこの三ヶ月間のことを思い出す。
最初は片目が見えなくなっただけだと思っていた。
だがだんだん、魔法を使うと疲れるようになってきた。まるで魔力切れを起こした時みたいに。
俺は魔力が少ないってわけじゃない。それに以前はそんなことなかったのに、急激に魔法を使える回数が落ちたような気がしていた。
それはどんどん加速していって、最近はほとんど魔法を使えなくなっていた。
せいぜい一度の戦闘で、一回。
誰にも相談できなかった。だってこうなるってわかっていたから。お払い箱になるって。魔法を使えない補助屋に何の価値がある?
だが結果は同じだった。どのみちバレることだったんだ。どうしてこうなった? 俺の魔力はどこへ行った?
「ケイディス……明日からどうするつもりなんだよ……?」
俺は自分に呼びかけた。
魔石狩りメインのパーティに混ぜてもらうったって、魔法が使えないのにか? 同じことになるに決まってる。頭痛がひどい。俺の体はどうなる? ずっとこのままか? 痛みはなくならないのか? これで仕事ができるのか? 金は? それともひょっとして、このまま死ぬのか?
胸が苦しくなってきた。
泣いていた。
両親は流行病で死んだ。
頼れる人はいない。
もうどこへも行けなかった。
怖い。
塔の最上部なんて見込みがあったのか?
ディーンは昔、俺たちならできると言った。
俺はそんな夢物語に付き合わされて目を失ったあげく捨てられて死ぬのか。
たかが目が痛いだけじゃないか。明日になったら治ってるさ。ほんとにそうか? 明日もこのままだったら?
思考は同じところをぐるぐる回っていた。
ふと気づくと、周囲が完全に真っ暗になっていた。
右目も死んだかと思ってビビったがそうじゃない。外の通りがうっすらと、入り口の枠に切り取られて四角い形で見えている。夜が来ただけだった。
物音がした。猫かと思ったが、草を踏む重めの足音だ。
ベッドから降りた時足に何かがぶつかったので触ってみると、薪のようだった。使われず残っていたらしい。
外に出る。不思議なことに目の痛みが治まりつつあった。というか、疼く熱さが消え、どんどん冷えていくような感じだ。
足音は俺がいた家の裏からだ。そっちへ回ると、小さな空き地に男が一人いるのに気づいた。
日は沈んでいたがそいつは松明を持っていたのでよく見える。俺も足音をさせていたので、向こうも気づいて松明を向けてきた。
「誰だッ!」
ガラの悪そうな奴だった。革鎧を着て腰に剣を吊るしているところを見ると冒険者のようだが……。
「誰って……誰でもねえよ。ただ誰かいるのかと思って」
特に用事もない。俺は背を向けて立ち去ろうとした。
が……そのため振り返って二度見することになった。
そいつは布でくるんだ長い物を脇に抱えてた。そこから何かの先っちょが覗いている。
見覚えがあった。
剣の柄だ。青い色。さっきのイノシシ面のおっさんが以前刃魔の塔の前で自慢げに見せびらかしていたのを覚えてる。
蒼覇光剣の柄だ。
「なあちょっと」
俺は向き直って呼びかける。
「な、何だよ……」
「その剣。蒼き狼牙のリーダーの剣じゃねえのか……」
男が目を見開いた。
それからいきなり抜いた。腰の剣を。
「……へっ、おにいさんよぉ……知ってるのかい、この剣の持ち主をよぉ……?」
俺はどうやらとんだマヌケな質問をしてしまったらしい。
こいつだ。こいつがイノシシおっさんの剣を盗みやがったんだ。
「へへ、運がねえなおにいさん……見られたからには死んでもらう!」
男が剣を翻して襲いかかってきやがった。
運がないだって? ああそうだ。ついでに言うと職もない。
だが薪だけはあった。さっき拾ったやつだ、左手にある。それをとりあえず顔面に投げつけた。
モロにヒットした。距離感がアレなものだからビビらせる程度にしかならないかと思ったが命中だったよ。
盗っ人は鼻から血を吹き出しつつ立ち止まった。
俺は十手を抜いた。素早く接近。
向こうは片手で鼻を押さえつつもう片方の手で剣をこっちに突きつけた。後ずさりつつだ。突きではなく牽制。伸ばしてるだけ。鼻が気になって気後れしたらしい。かわいそうなほど素人の動きだった。
俺はその剣を十手で横殴り。と同時に下に押さえて鉤の部分に挟み込む。鉤先端の鉄球で引っかかり抜けなくなるのだ。
あとは力任せに盗っ人を蹴倒した。
「ぐえッ……!」
吹っ飛んでいった盗っ人。俺の手には奴の剣が残されていた。
「甘かったなぁ。悪いことはしねえこった」
もぎ取った剣を握り直す。
俺は近接戦闘はたしかに苦手だ。だが伊達に二年も刃魔相手に暴れてたわけじゃない。あの化け物共に比べれば盗っ人の動きは鈍臭く見えた。この程度のことは造作もない。
「さあ。それ返せよ。持ち主泣いてたんだから」
うずくまって喘いでる盗っ人にそう言った。だいたいこいつのせいで俺が泥棒だって疑われたんだ。もう一発蹴飛ばしても構わないんじゃないか? 俺は盗っ人に近づく。
うずくまっていた盗っ人はその姿勢のまま俺を見上げた。まあ恨めしそうな目だ。
だが奴の武器は奪った。抵抗なんぞはしないだろう……。
「てめえ……こ、こ、殺してやる……!」
まだそんな元気があるらしい。
「へえ? どうやって? おまえにはもう剣はない……」
俺は歩みを止めた。
膝を折り曲げうずくまってる盗っ人。腹の下に手を突っ込んでる。何かを掴んでいる動き。
盗っ人は唐突に立ち上がった。
その手には抜き払った剣が握られていた。
蒼覇光剣だ。
「お、おいよせ! 他人のだぞ!」
「う、うるせえッ! ブッ殺してやる!」
盗っ人はこれ見よがしに上段に構えた。
綺麗な剣だった。
三日月の光を反射して、その名のとおりうっすらと蒼く煌めく真っ直ぐな刃。
俺は間違いなく……その美しさに一瞬心を奪われていた。
「殺す!」
「……えっ? あっ、バ、バカ! 待て、落ち着け!」
威嚇されて我に帰ったが、この状況はヤバい。
何せ相手は蒼覇光剣。グローリーウェポンだ。たしか使い手の剣技を問答無用で高め、流麗な技を無意識で繰り出せる効果のある剣。いくら鈍臭い盗っ人とはいえあんなもの使われたら俺は一瞬でバラバラ死体だ。
「待て待て待て、それで打ち合う気か⁉︎ 傷がついたら売れなくなるぞ⁉︎」
「殺す……ブッ殺す!」
「よ、よしわかった……こうしよう。もうやめよう! 俺は見なかったことにするっ! な? それでいいだろ⁉︎」
ヤバい。冗談抜きにヤバい。
奴は目が血走ってる。鼻息も荒い。じりじりこちらに近づいてきやがる。
どうする? よし落ち着こう。まず奴から奪った奴の剣を投げつけ、その隙に……。
「ち◯ぽみてーな武器持ちくさって! 死ねーッ!」
突っ込んできた! 投げ……間に合わねえ! 上段から来る、受けるしか……!
交差させるように振り上げた、奪った剣。カチ合う……瞬間。
蒼覇光剣が翻った。上から来るはずが俺の剣の下から撥ね上がってくる。
「うぉあッ!」
おもくそ顔を仰け反らせて躱した。無様に後ろにひっくり返った。大急ぎで立ち上がる……、
「あ、あら?」
尻から座り込んでしまった。足に力が入らない。
足に目をやった。
右足首に赤い線が入っていた。
斬られていた。いつの間にか。しかも裏側。どうやって? 足首が死んだみたいに動かなかった。
「フヒ〜! フヒヒ〜!」
盗っ人がすごい息の荒さでにじり寄ってきた。
まずい。立てない。今度は俺が剣を突き出し牽制する番だった。
だが目にも留まらぬ速さで振るわれた蒼覇光剣に打ち払われる。どんな安物なんだろう、その衝撃でこっちの剣身はひん曲がっていた。
「死ねやーッ!」
盗っ人は逆手に持ちかえた切っ先をこちらに向けた。
突き刺す気なのだ。
十手で受けるというアイディアはもう俺の頭になかった。
防げるイメージが湧かなかった。
何をやっても無駄になるような気しかしなかった。
そうだな。例えるなら朝っぱらから食堂で仲間に戦力外通告を受けた時、何を言ってもこいつら考え変わらねえんだろうなっていう、なんかそんな気持ちだ。どうでもいいか。
切っ先が迫ってくるのがスローに見えたが何もできなかった。
何てこった。俺は片目も失って、仕事も無くして。
あげくに命もなくなるんだ。
切っ先が来る。
狙いは喉だ。
しっかり見える……。
その時、俺は新たに奇妙な感覚を味わった。
スローに迫る切っ先。見える。それはいい。
だが見え過ぎる。
こんなにはっきり見えるものか? この三ヶ月間目にする全ての距離感は曖昧だった。
だがこの瞬間だけ。蒼覇光剣だけが完璧な遠近感で見えていた。
左目が、見えている。
違う。感じる。
蒼覇光剣を感じている。
「うわぁッ⁉︎」
「な、何だァッ⁉︎」
急に視界の左半分が真っ赤に染まった。
盗賊の剣が止まっていた。
何かに絡みつかれている。
赤紫の、細かく無数に枝分かれした、木の根っこみたいなものに。
俺の右目にはそれがどこから伸びているのか見えていた。左側。右目のすぐ左側。
左目の辺りから“生えて”いた。
「な、なんじゃこりゃああッ⁉︎」
盗っ人が叫んだ。何だだと? 知るか、こっちが聞きたかった。とにかく俺はこの隙に無事な左足で何とか立ち上がり、十手の鉤で蒼覇光剣を絡めることに成功した。
「うわっ、離せ!」
「てめえが離せバカ!」
右手で蒼覇光剣を、左手で盗っ人の腕を押さえ、しばらく揉み合う。
その間も左目の根は剣に絡みついていたが……不思議な感覚があった。
左目から右手へ。いや、十手に魔力が流れ込むような感覚があるのだ。
そして……。
十手の先端から何かが飛び出た。
「うおっ⁉︎」
何か液体状のものだ。だが魔力のエネルギーで実体はないようにも見える。それが先端からぶびゅるびゅると空中へほとばしり、落下する。
それが蒼覇光剣の刃にぶっかかっている。
「うわっ何してんだおまえ、きたねっ!」
「汚ねえとは何だ⁉︎ いやでもこれマジ何⁉︎」
もの凄く濃厚な白濁した魔力が蒼覇光剣をべっちょりと濡らす。
盗っ人の膝が俺の腹にめり込んだ。苦痛で膝をついたが、その隙に剣を抜かれてしまった。
「な、何かわからんが、死ねっ!」
しまった。なんかヌルヌルするから抜けてしまった。再び振りかざされた剣。万事休す……。
その時だ。
蒼覇光剣が唐突に輝き始めた。
「な、なんだべー⁉︎」
狼狽した盗っ人。
俺の左目に魔力が集まり、膨れ上がっていくのを感じる。そしてまるでそれに同期するように蒼覇光剣の輝きが増していく。
突然、振りかざされた蒼覇光剣が爆発した。
もうもうと立ち込める煙。
盗っ人はすっ転んでいた。手には何も持っていない。剣がないのだ。
「あ、あれ、剣は……?」
奴はキョロキョロ探している。俺は空中の煙を見た。
風が吹いて煙が流されていく。
晴れた時、そこに少女が浮いていた。
絹のように滑らかな長い黒髪。
鮮やかな蒼色の服。大陸の東の方に住んでいる奴らのような、スカートの両側にごっそりスリットの入った装束だ。ビビるほど綺麗な両足がそこから伸びていた。
少女はまぶたを閉じていた。
だがそれがゆっくりと開かれる。
宝石のように美しく輝く蒼の瞳は伏し目がちだったが、やがてその焦点が俺に合い始めた。
少女が言った。
「ああ、主様……!」
そして空中から俺に飛びついてきた。
柔らかな体がしっかりと、俺を抱きしめてくる。甘い香りがした。
俺は盗っ人と目が合った。奴は座り込んでポカァンって顔をしていた。何が起こったかわからねーって顔をしてる。
気持ちわかるよ。俺もそうだよ。
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