第二十九話 護法補佐
「うん?」
「実はセルゲイロの件、私はたいへん驚いた。まさか頼んだ即日に連れて帰ってくるとは思っていなかったのだ」
「奇遇だな、俺も思ってなかった」
「それで……我がハシラル国として、貴殿に頼みたい」
ヘレンさんはカップを置くと居住まいを正す。
「貴殿にな。このヤルバタヤの街で、護法補佐をやってほしいのだ」
「……護法補佐?」
「うむ。セルゲイロ捜索の貴殿のお手並み、みごとなものだった。そこで貴殿にはこの街の……刃の塔周辺の治安維持の手伝いをしてもらいたく、今日はそのお願いにきたのだよ」
俺はカップに口をつけつつ、やや上目遣い気味にヘレンさんの表情を見る。
彼女は続けた。
「刃魔の塔の発生以来、ヤルバタヤには多くの冒険者が集まってきている。その中には塔などで行方不明になってしまう者もいるだろう。もしそういう者がいて、捜索願いが出た場合、ケイディス殿に捜索に加わってほしいのだ」
「セルゲイロの時みたいに?」
「そう。他にも街で冒険者同士の諍いで死傷者が出たり、盗みとか……つまり何かしらの犯罪行為が行われたとしてだ。それらの犯人の捜査だとか」
「それは衛兵の仕事だ。俺に衛兵になれってのか?」
「そうではない。貴殿は冒険者。冒険者の動きに詳しい。であるから、街や塔でそれとなく冒険者達の動きに注意してもらい、何か事件が起こった際は情報提供をしてもらう形が主な仕事になるだろう。だから、護法補佐。護法官とは違う」
非正規の仕事ってわけか。
冒険者として、他の冒険者に友達のふりして近づいて、それとなく見張る?
「おっしゃるとおり本来は衛兵の仕事だ。しかしこの辺りは国内外からの傭兵……冒険者が集まっていて、すこぶる治安が悪くなっている。往来の真ん中で死体を斬って遊ぶような輩もいる始末」
「法では禁止されてない」
「もちろん。だが景観の問題だ。品性と言ってもいい。ああいった野蛮な振る舞いは地域の住人を怯えさせ、徐々に心をむしばんでいく。街で暮らすのが落ち着かなくなり、心もささくれだって、さらにトラブルが起こり……」
「そんなもんかな?」
「そういうものさ。ますます治安が悪くなっていく。ゼロにするのは無理かもしれないが、そういったことが起こりにくくなるよう常に見張っておきたいわけだよ。護法補佐はそういう仕事さ」
ヘレンさんはさらにこう言った。何か街で事件が発生したりして、俺が捜査に協力すれば、その際に報奨金を支払う用意があると。
普段は冒険者として生活し、必要な時には駆り出される。それが護法補佐の仕事。
「どうだろう、やってみる気はないか?」
俺はお茶をすすりながらベッドの方に目をやった。
なぜかランスァとイワヒメが無言でガンを飛ばしあっている。
あいつら、飯を食う。
剣なのに、食事が必要なようなのだ。イワヒメも昨日の夜、俺が飯を奢ることになった。
ランスァとイワヒメ、そして俺で三人分。食費がかかる。
ヘレンさんに視線を戻した。
「ヤバそうな仕事だな」
「まあ危険はあるだろうな。場合によっては他の冒険者とモメることもあるかもしれない。もちろん危険手当はつくが」
「……まあ考えとく」
目をそらしながらカップのお茶をすする。
ヘレンさんはしばらく黙って俺の顔を眺めているようだったが、やがて何でもないような調子で言った。
「ま、こちらも即決を期待していたわけではない。しばらく考えてみてくれ。その気になったら衛兵の詰所に来てほしい」
ヘレンさんは立ち上がった。だがそれよりほんのちょっとだけ前に、ランスァにガン飛ばしてたはずのイワヒメが部屋の出口の扉の方へ向かっていた。ヘレンさんがそっちに向かうとイワヒメはそっと扉を開ける。
俺も立っていき見送りへ。ヘレンさんはイワヒメに礼を言うと、出口をくぐる。
ふと立ち止まり、振り返った。
「いい返事を期待している。街の治安のためだ」
それから彼女はランスァにもいとまを告げると、宿屋の廊下を去っていった。
イワヒメはまだ扉のそばに立っていた。俺はかわりに扉に手をかけた。
閉めるなりふたりが言った。
「主様、どうして今のお仕事受けなかったの?」
「そうじゃのう。別に面倒な話のようにも聞こえなんだが」
俺はテーブルに逆戻りしてから言った。
「なんとなくだよ。よくわからねえ仕事は受けたくねえ」
「えー……でも悪い人を捕まえるお仕事でしょ? 楽しそうじゃん」
「わらわもそう思う。ややこしいことをする者を取り締まりややこしくない日々へ戻すのであろう?」
「でも危険があるぜ」
「ないよそんなもの。悪い人を斬るだけでしょ? なんだったら悪いことしてなくてもしたことにして斬ろうよ。われわれはそういうとっけんをえたのだ!」
「何を申すのじゃ、明らかに違おうが。街を乱す者を斬るのじゃ」
イワヒメは、まだベッドに座っていたランスァに歩み寄りたしなめた。
おおイワヒメ……ランスァと違って節度があるらしい。どんな奴かはまだわからなかったが、ランスァみたいな切断狂だったらどうしようかと思ってたところだった。けどまともなお姉さんだった。よかった。
「みんないなくなれば乱れなくなるよ」
「む……その手があったか! そなた冴えておるの!」
「でしょー!」
「平和が一番じゃからの! たしかに誰もおらねば波風は立たぬ!」
「斬る?」
「汚れているから乱れるのじゃ。汚れた者は掃除すべきじゃのう!」
ええ……なんだかいきなり不穏な会話になってきた。
「おいおまえら、やめろよ……おまえらが真っ先に街の治安乱してどうすんだ」
「ふふ、冗談じゃ」
「えっイワヒメちゃん冗談だったの? 裏切られた……」
「しかしぬしさま。受けぬのかえ? まぁわらわはぬしさまの好きにしたらよいとは思うが……」
ふたりが俺の顔をじっと見ていた。
だが俺の頭には、なんとなくさっき見た夢がチラついていた。
俺は言った。
「受けるかどうかはまだ考え中だけど……なんだか都合よく利用されてるような気がするんだよ」
「なにゆえそう思うのじゃ?」
「理由なんかねえ。そこはかとなくそういう予感がする」
イワヒメとランスァは首をかしげた。
カップのお茶を飲み干す。
護法補佐の仕事は要は冒険者を見張れってことだろう。だが冒険者は血の気が多い奴も多い。そういう奴らのやることなすことを監視して密告していたら、向こうだっていい気分はしないはずだ。
しかも俺はゴロゾとモメた。ディーンの仲間とだ。ただでさえツラを見たくない相手がいるのに、さらに他の冒険者とまで気まずい関係になるんじゃないだろうか?
俺は少しだけ、この街を出ようかという考えを抱き始めていた。
だがポカンとした顔をしているランスァとイワヒメを見てると、出てどうするっていう思いもある。
ふたりに飯を食わせなきゃならない。だがヤルバタヤ以外でそうできる稼ぎの仕事があるのか? やっぱりもうしばらくは街にとどまって稼ぎ、貯金してから……。
目の前のテーブルには金貨が二枚。
これだけではどうしようもない。俺はランスァとイワヒメを振り向いて言った。
「今日刃の塔に行きたいひとー」
「はーい!」
「ぬしさまが行くところなればいずこなりと」




