第二十八話 トリプルベッド
玄関先で誰かが喚いていた。
親父はそれに対して首を横に振っている。
その誰か……村の奴らだ、そいつらが腰の武器は飾りなのかとかそういうことを喚いていた。
よそ者を置いてやってるのに、村のために戦おうとしないのかとかなんとか。
母さんが俺の手を引いて奥の部屋へいく。
そうして俺に何かのお話をしてくれた。
玄関先の声は大きかったけど、母さんは笑顔で俺の目を見て、お話を続けた。
俺が玄関の方に顔を向けると、こっちを見てと言われた。
しばらくすると、表のうるさい奴らはいなくなったのか、親父が頭をかきながら戻ってきた。
目が覚めた。
目の前に枕がある。どうやらうつ伏せで寝てたらしい。横目で窓を見ると朝の光が差し込んでいるのが見えた。
どうにも暑苦しい。もうそういう季節かな。
ベッドから起き上がろうと思ったが……何か妙な感じがした。
ベッドのきしみというか、へこみ方がおかしいような気がした。
誰かが俺以外の奴がベッドに乗ってる? 体をひっくり返して仰向けになると……。
「む〜…………っ!」
「ぬぬぬぬぬ……!」
俺の腰の辺りの両サイドで、ランスァとイワヒメが座って睨み合っていた。
「…………何やってんだ、おまえら」
「あっ! 主様おはよー!」
「ぬしさま、お目覚めかえ」
「いや、何やってんだ」
「それがさ聞いてよ! あたしが主様と添い寝しようと思ったら、この女狐が恐ろしいことに主様に夜這いしようとしてたんだよ!」
「何を申すのやら。そなたの方こそぬしさまのしとねに潜り込もうなどふらちな了見を起こしおって」
俺は体を枕側の方にずり上げながら起こすと、
「あのね……ここは俺のベッド。俺の部屋なんだけど……」
「そう! その主様のベッドにこの新入りがね! 潜り込もうとしてたわけなの。 いやはやあたしがいなければ危ないところだった」
「危ないのはそなたの頭ではないのかえ」
「何ですって!」
「何じゃ」
ランスァとイワヒメはベッドの上でわちゃわちゃと掴み合いを始めた。付き合っていられないので俺はベッドから降りる。
お湯を沸かしてお茶でもいれようかと思った時だった。
部屋の扉がノックされた。
ベッドの上のふたりも掴み合いをやめて扉の方を見る。
俺は大急ぎで扉の反対側にあるベッドの陰に隠れた。
「主様何やってるの?」
「ラ、ランスァ、開けろ。誰が来たか見てきてくれ。俺ここにいるから」
「いいけど……何で主様そんなとこに……」
「ディーンかもしれねえ!」
ベッド上のランスァとイワヒメが顔を見合わせた。
ゴロゾをブチのめしたのは昨日のことだった。俺達はあのあとヤルバタヤの街に戻って衛兵に通報したが、そのあとはなんかどっと疲れたのでヘレンさんに会わずに宿へ戻って、そのまま寝てしまったんだった。
おそらくゴロゾは逮捕された。たぶんそのことは、パーティメンバーのディーン達にも知らされてるだろう。
もしセルゲイロが俺のことも衛兵に話していれば(話さない理由がない)リーダーのディーンがひと言文句言いに来たとしてもおかしくはない……気がする。もしディーンが来ているとしたらとても気まずい。
さらにノックの音。
「ランスァ、早く見てきてくれ!」
「うんわかった! そのディーンって人だったら斬るね!」
「イワヒメ、やっぱおまえ行ってくれ。おまえはディーンだったら顔わかるよな? ある意味知り合いだろ?」
「顔というか、気であれば」
「じゃ頼む……! ディーンだったら俺はいないって言っといて!」
そうしてベッドに顔を引っ込めた。
イワヒメは「変なぬしさま」と呟くと、ベッドを降りて扉へ向かったようだった。
耳をそばだてているとイワヒメがどなたかと尋ねる声が聞こえたが、そこに返ってきた返事の方の声には聞き覚えがあった。
「ぬしさま、ヘレン殿と申されるおかたが会いたいと」
俺はベッドの陰から立ち上がった。できるだけさりげなく、何事もなかったかのようにだ。それから言った。
「こほん。入ってもらってくれ」
イワヒメが扉を開けて端によけると、白いローブの上から軽鎧を着込んだ女が入ってくる。
ハシラル国騎士団の、ヘレンさんだった。
「おはようケイディス殿。今よろしいか?」
「ああ、うん。別に。全然問題ない。少しも。座ってくれ」
俺はヘレンさんにテーブルにつくよううながし、それからお湯を沸かしてお茶をふるまおうと考えた。けど俺がそうするより先にイワヒメがかまどの方へ。彼女は俺を見てにっこり笑い、テーブルを指差した。
お茶は自分がいれるから座っていろということだろう。ヘレンさんもイワヒメの方を見ながら「おかまないなく」とひと言、遠慮の言葉を口にする。それを聞きつつ俺は椅子に座った。
「それで……今日はどんなご用件で?」
「まずはセルゲイロのこと、礼を言わせてほしい。ありがとう。助かったよ。まさか彼が無事だは思わなかったが」
「俺もさ。五日間も一人で塔の中にいたなんてタフなおじさんだよ」
俺の言葉にヘレンさんはふっと笑った。それから腰に下げていた小さな袋を取り外すと、中から金貨を二枚取り出してテーブルに並べる。
「約束の報酬だ。お納めいただきたい」
「じゃ、遠慮なく」
俺はテーブルの金貨をこちらへ引き寄せた。まあ引き寄せてどうというわけでもなく、今履いてるズボンはポケットがないので目の前に置いてるだけだが。
「ゴロゾは……犯人はどうなった?」
「セルゲイロが衛兵に無事引き渡したよ。彼らが言うには、気絶から覚めたそいつはまるで死人みたいな顔をしていたそうだ。何やら、ほきり、ほきりとずっとブツブツ呟いていたそうだが」
俺はイワヒメ……元火切りが優雅な手つきでお茶をいれるその後ろ姿を見やった。
「何があったのだ? 塔の中で。何だか只事ではないようなことが起こったように思える」
ヘレンさんの声で俺は向きなおり、
「まあ色々さ」
とそう答えておいた。
ヘレンさんの様子を見るに、どうやらセルゲイロはどうやって俺がゴロゾの心をぽっきりへし折ってやったのか話さなかったようだ。そしてどうも、ゴロゾ自身も他言したい気分じゃないらしい。
「貴殿は犯人と元パーティの仲間だったそうだな」
「遠い昔にね」
「ショックだったろう」
「ああ、奴の心の傷は深いだろうけど、きっと時間が解決してくれるさ」
「いや、元仲間があんな罪を犯していたということだが」
「えっあっ、うん。いやぁ、ひどい事件だった!」
ヘレンさんはまたふっと笑って、
「ケイディス殿は優しい男なのだな。自分の命を狙った男のことを心配してやるなど」
そう言った。
イワヒメがトレイにカップをふたつ乗せて運んできた。それをテーブルに置くと彼女は離れていく。ヘレンさんはしばらくふうふうとカップに息を吹いたあと口をつけた。
ベッドの方を見てみると、ランスァが通りかかったイワヒメと「あたしのぶんは?」「自分でいれよ」とそんな会話をしている。
お茶を飲みながらその様を少しばかり眺めていると、ヘレンさんが言った。
「美味しいお茶。いれ方がお上手だ」
「そうだな」
「あちらの白い髪の女性、昨日はいなかったな?」
「あー……ちょいと所用で席を外していたもので」
そうごまかすとヘレンさんは黙ってうなずいた。
それからヘレンさんは、そのまま黙ってランスァとイワヒメの方を見ていたが……やがて俺へ向きなおった。
「実はな、ケイディス殿。こうして訪ねてきたのは先日の報酬を渡しにきただけではない。貴殿に頼みたいことがある」




