第二十七話 磐姫
気絶したうえ縄でぐるぐる巻きになったゴロゾを草むらに転がした。
ここは刃の塔の外、短縮ルートの祠がある森。俺とランスァ、セルゲイロ、そして女体化した火切りは、ゴロゾを引きずってやっとのことで塔を出られた。
祠から出たのは俺達だけじゃない。塔に潜っていた他の冒険者が三人。その三人はパーティを組んでいる、誰だか知らない冒険者だった。
ゴロゾを倒したあれから、俺とセルゲイロは足を負傷していて歩くのもやっとだったので、互いに肩を貸しあったりランスァに支えられたりして塔を登った。
ゴロゾは火切りが引きずっていたが、火切りは力があまり強くないのかあまり速いペースでもなかった。
けどなんとか祭壇のあたりまでやってきた時、たまたま魔石採りを終えて塔を出ようとしていた三人組パーティと出くわした。幸運なことにそいつらのひとりが回復魔法を使えたので、俺とセルゲイロは足を治してもらい(忌々しいことに有料だった)、それからこの祠まで出たのだった。
三人の冒険者達が森を去っていくのを見送って、俺はあらためて足元に転がっているゴロゾを見下ろした。
「主様、このおじさんどうするの?」
ランスァがそう尋ねた。
俺はセルゲイロの方の顔を見た。
元はと言えばセルゲイロとゴロゾのいさかいだった。ささいな理由で遺恨が発生し、ゴロゾがセルゲイロを襲ったことからこうなった。決めるのはセルゲイロかもしれない。
セルゲイロは腰に手を当ててゴロゾを見下ろしていたが、やがてこう言った。
「そりゃまあ当然、衛兵に引き渡すことになるな」
「セルゲイロさん、斬っちゃおうよ」
「いやそりゃよくないよお嬢さん。このヤルバタヤにだって法ぐらいある、まあほんのちょっとぐらいだが。衛兵に引き渡してしかるべき裁きを受けさせることになるだろう」
「えー今斬ろうよ。こいつ悪い人だよ」
「えっいやまずいよ」
「大丈夫だって! どうせわかりゃしないよ、誰も見てないって。ねっ」
「い、いや、ねっじゃなくてね……?」
セルゲイロはランスァの押しに困ったような顔をしていたので、俺は彼女を手で制しつつ、
「じゃあどうする? このまま街まで引きずって戻るか?」
「そりゃ面倒だな……こうしよう。ケイディス、あんた達が街まで行って、衛兵を呼んできてくれないか? 私はここでこいつを見張っておくよ」
ちょっと考えてみたが、それが一番現実的なように思えた。荷車でもあれば別だが、祠の周りにはそんな気の利いた物はない。
ひとりで大丈夫かとセルゲイロに尋ねた。奴は問題ないと答えた。
俺はセルゲイロの顔を眺めながら、ひょっとしてこの男は俺達が去ったあとゴロゾを殴ったり蹴ったりしていじめるつもりなんじゃないかと考えた。
セルゲイロはゴロゾに殺されかけたのだ。そんなことをしたい気持ちになったとしても無理はない気がした。
「まさか殺したりなんかは……」
「そんなことするわけないさ。慰謝料を取りっぱぐれるだろ?」
セルゲイロはそう言ってニヤリと笑う。
「ここで衛兵が来るのを待つよ。あんた達は戻ってこなくてもかまわない。ここでお別れだ」
俺は火切りの方を見やった。
「ぬしさま。その者がそう申しておるのじゃから我らはもう行こうぞ。わらわをぬしさまのおうちへ案内してたもれ」
「……いいのか? おまえの持ち主だろ、一応……」
「もう持ち主などではないわえ。わらわの持ち主はぬしさまただおひとり……」
そう言って俺にしなだれかかってくる火切り。またもやランスァがギャアギャア言ってそれを引き剥がそうとする。
何にせよ、火切りは本当にもうゴロゾに関心がないようだった。
セルゲイロが言った。
「すごい魔法だな。まさか剣を人間にできるだなんて」
俺はランスァと火切りに左右から引っ張られて揺れながら、
「あんまり言いふらさないでもらえると助かるね」
「わかった。たしかにそんな羨ましい状況、他の奴らに知られたら嫉妬されるな」
セルゲイロは何やらニヤニヤ笑っている。あんまり俺はこうなりたくてこうなってるわけでもないんだが。
「このゴロゾって男が喋れば同じことだが……まあ冒険者が罪を犯せば国外追放だから噂も広まりにくいかな。特にこいつは外国人っぽいことでもあるし、もうヤルバタヤどころかハシラルにもいられなくなるだろう」
そう言ってセルゲイロはにっと笑った。
俺は言った。
「じゃあ任せるよ」
「ああ。世話になった。あんた達のおかげで命拾いした。この借りはいずれ必ず返すよ」
「いいんだ。仕事さ。それにこれであんたの家族も泣かずに済む」
すると、セルゲイロはどこか不思議そうな顔をした。
「ヘレンさんに聞いたぞ。家族から捜索願いが出てるって」
俺がそう言ってもセルゲイロは首をかしげて黙っていたが、それも一瞬のことで、
「ああ、家族。家族ね。そう。私も早くうちに帰らなきゃな」
そう答えて笑った。
妙な奴だなとは思ったが、五日も暗闇の中にいたんだからちょっと頭がボーッとしてるのかもなとも思った。
「それじゃあなセルゲイロ。衛兵には言っとくよ」
俺ももうここには用はない。セルゲイロがうなずくのを見てから、ランスァと火切りに声をかけて街へ戻ることにした。
というわけで街へ続く道をとぼとぼと歩いているわけだが……。
「ちょっとあなたもうちょっと離れてよ」
「何を益体もないことを。そなたこそもそっとぬしさまから離れよ」
俺はランスァと火切りからそれぞれ腕を組まれた状態だった。
「あのな、ふたりの方こそもうちょっと離れてくれねえか」
「えーやだ」
「つれないことを申されるのじゃな」
「歩きにくいんだよ……」
「ほら、歩きにくいって言われてるよ。離れなよ」
「ぬしさまはそなたに申されたに決まっておろうが」
「はあ? ねー主様、この子どっかに捨てていこうよ。刀に戻してさ、そこらへんの草むらに投げ込んで雨露で錆びさしてやろうよ!」
「なんと! ぬしさままさかそのようなことは……」
火切りが俺の腕を掴む力が強まった。
「いやじゃいやじゃ! せっかくこのようにしてぬしさまのお側にいられるというに、今さら刀に戻るなど!」
「主様やっちゃいなよ! 主様にはねー、あたしがひと振りあればそれでいいのっ!」
「これは愉快な。ゴロゾに遅れを取っておったそなたがぬしさまのいかなるお役に立てると申すのじゃ? やはりぬしさまにはわらわこそふさわしき差料……」
「あれはあのおじさんが卑怯な手を使っただけー!」
「言い訳は見苦しいのじゃ」
「言い訳じゃないですー! あれは鎖が……そう、鎖分銅がめんどくさかったの! つまり鎖分銅が有能だっただけ! あなたじゃないの!」
「なんと」
「主様、この子はやっぱりいいよ! 今から戻ってさ、またおじさんの武器に魔法かけて、鎖分銅ちゃんに仲間になってもらおうよ! この子はクビで」
「なんとなんと!!!」
火切りは俺の前に回り込むと涙目になりながら、
「ぬしさま、まさかそのようなことは……わらわを刀に戻すなどと申されぬであろう⁉︎」
「ちょっと、そんなとこにいたら主様が歩けないでしょ! さっさとあのおじさんのとこに戻りなさい!」
「いやじゃー! あのような、腐った死体でわらわを穢すような男のもとに戻るなど!」
「ワガママ言ってないで戻んなさい! おじさんきっと困ってるよ!」
「いやじゃいやじゃ、クビになどなりとうない、あんな仕事には戻りとうない!」
俺の胸にすがりついて泣く火切り。ランスァはそれを引き剥がそうと後ろから腰に抱きついていたが……。
俺はため息をついて言った。
「おまえ、名前あるのか?」
ふたりは引っ張り合いをやめた。火切りが顔を上げる。
「ランスァはもともと蒼覇光剣って名前だったけど、今はランスァって名前がある。おまえにも火切りじゃなくて、なんか別の名前があったりするのか?」
「……真名か? わらわの真名を聞いて何とされる……?」
「これから名前を呼ぶなら、ちゃんと呼びたいだろ」
「ぬ、ぬしさまそれでは……⁉︎」
火切りは瞳を大きく見開いた。その後ろでランスァが抗議の声をあげていたが、
「名前は? ねえならこのまま火切りって呼ぶけど」
「火切りはただの通り名じゃ! わらわはイワヒメ……イワヒメと呼んでたもれ」
火切り……イワヒメはそう名乗った。
「イワヒメ、ね。わかった」
「えー主様、ほんとにこの子連れてくの⁉︎」
「しょうがねえだろ、生まれちまったものは生まれちまったんだから。行こうぜ」
俺はイワヒメとランスァを少しよけるようにして歩き出す。
「ええー! でもこの子生意気だよ!」
「ランスァ、と申されたか? 今後ともよろしゅう頼むのじゃ」
「ぐぬぬ……! でもね、これだけは言っとくからね、あたしの方が先輩なんだからね! 礼節をもってリスペクトするように!」
「ふ……前向きに検討するのじゃ」
「むっ! その言いかた絶対前向きに検討しないやつでしょ! なんて言うか、あなたみたいな剣を作る国の人達そんな言いかたする! あたし知ってる!」
「ぬしさま待って〜」
「こらっ! 聞きなさい! ちょっと主様この新入りになんか言ってやってよ! ねーねー!」
かしましく騒ぎながら後ろをついてくるランスァとイワヒメ。
俺はその声を聞きながら、頭の中ではもう今回の報酬である金貨二枚のことを考えていた。
お読みいただきありがとうございます。
いつもブクマポイントなどなどお世話になっております。
これにて第二章終了です。
次にケイディスの毒牙にかかるのは誰だ!




