第二十六話 太刀から生まれし美女
セルゲイロの歯ぎしりが聞こえた。
そうだ。そうなのだ。
ゴロゾの剣は魔法を斬れる。俺にとってはとっくにわかりきってたことだった。セルゲイロのタンツイスターは時間をかけずに魔法を使える優れもの。だが火切りとは相性が悪い。セルゲイロの剣にとってゴロゾの太刀は天敵のような存在なのだ。
「これぞ我が父祖より伝わりし拙者の宝。うぬの剣のような、刃に落書きして見せかけばかり飾った虚仮威しとは物が違うのよ」
「い、言ってくれるじゃないか……ちょっと傷つくぞそれ……」
「うぬ一匹増えたところで何も変わらぬわ。今小娘を片付けるゆえそこで待っておれ!」
言うが早いか、ゴロゾはランスァの分銅を引いた。
「わっ!」
「うぬの体捌きすでに見切った! 二度も三度も躱せると思うな! ゆくぞッ!」
竜斬りの体勢。
ゴロゾの言葉、絶対の自信があるのだろう。たしかにこれまでランスァは竜斬りを必死で避けていた。ゴロゾほどの戦士なら、もうその避ける動きも学習し、計算に入れた上で次の斬撃を送り込める。
だがだ。
俺の方でもすでに詠唱し終えていた。
「ランスァ! 風の魔法をかけるぞ! こないだのやつだ!」
「え? う、うんっ!」
風の加護を受ければランスァのスピードは上がる。竜斬りは十分に避けられる。
俺は十手の先をランスァに向け……、
「ケイディス! そうはさせんぞ!」
ゴロゾは左に持った鎖を右手で巻き込み、そうやって引っ張る方向を変えることでランスァを横へ移動させる。
そのため俺から見てランスァの姿がゴロゾの長身に隠れてしまう。ゴロゾがランスァの盾になる形になってしまったのだ。
「また女に風の魔法などよこしまなことを! どれ、その魔法は拙者にかけてもらおうか、以前のようにな!」
このまま風の付与魔法をはなてばそれはたしかにゴロゾの背に当たることになるだろう。
だが俺は言った。
「嫌だね、もう仲間じゃねえし」
「だったらそこでおとなしく……」
「これは俺用だ」
「なに⁉︎」
俺は風の加護を、自分の体にかけた。
そして無事な方の右膝を曲げて溜めを作ったあと、思いっきりゴロゾの方にブッ飛んだ。
「ゴロゾ、くたばれッ!」
「なんと⁉︎」
俺が十手を振りかざすと同時にゴロゾが振り向いた。
それだけじゃない。奴は振り向きざますでに片手上段の構えに取っている。このまま突っ込めば俺は斬られる。
だが俺にはもう一つ魔法の用意があった。
左目の、例の奇妙な魔法だ。
「くらえッ!」
俺は突っ込みながら左目から木の根のような魔法を発射した。
「小癪なッ!」
振り下ろされたゴロゾの太刀。さすがは火切り、俺の木の根はあっさりと一刀両断にされる。
「魔法は効かぬと……」
振り下ろされた火切りは切っ先で床に火花を散らし……、
「言っておろうがッ‼︎」
反転。
斬り上げ。
竜斬りだ。
「こんちくしょぉーッ!!!」
十手でそれを叩き押さえた。
「ぬッ!」
「そうくるのはわかってたぜ! 長い付き合いだもんなぁっ!」
俺は風魔法の勢いのままゴロゾに体当たり。
その時火切りの刀身はすでに、十手の鉤にはまり込んでいた。
「ぬ、離せぃ!」
「そうはいくか、この……!」
「おのれそのち◯ぽのごとき武器で触りおって拙者の火切りをなんと心得る! 無礼だぞっ!」
「なっ⁉︎ その発言がすでに無礼だろ謝れ!!!」
俺はゴロゾともつれ合いながら、渾身の力で太刀を押さえて逃さないようにする。
だけどゴロゾ、無礼なのはここからだぜ。
「わっ⁉︎ 汚いっ! なんぞこれは!?!?」
俺の十手の先からぶびゅるびゅると魔力がほとばしった。
その白濁した魔力が火切りの刀身にびちゃびちゃと浴びせかけられる!
「うわーっやめんかーっ!!! なにしとんじゃうぬはァーっ!?!?」
ゴロゾの足が俺の腰を蹴飛ばした。その時うっかり十手のロックを外してしまい、俺はあっけなく吹き飛ばされる。
倒れた俺をゴロゾが見下ろしていた。その手には魔力汁まみれになった火切りがふりかぶられている。
「あ、主様ッ!」
「死ねぇい‼︎」
だが。
その瞬間、ゴロゾの頭上で火切りが爆発した。
ゴロゾは倒れこそしなかったものの、首をすくめている。
「な、なにごと……あっ! 太刀が……⁉︎」
ゴロゾの手元。
火切りの柄だけが握られていた。しかも茎(刃の根元部分だ)を挿し込む先端部が裂けている。
火切りの刀身だけがきれいさっぱりなくなっていた。
「ケイディス! な、何をしたッ!」
奴は頭上をふり仰ぐ。
爆煙は俺から見て、ゴロゾの頭上からやや右に流れていく。
煙は天井の方へ立ち昇っていったが、反対に、煙の中から下に、ゆっくりと降りてくる者があった。
女だった。
大きく広がった袖の、真っ白い、東の国の装束のような上着を着ている。胸元が開かれ胸の谷間がのぞいていた。
下は、ズボンともスカートとも取れる、ゆったりとした真っ赤なものを履いている。
白い髪の女だ。腰まである長い髪だった。
不思議なのは頭に狐のような耳がぴょこんと生えていることだ。ただの人間とは思えない
年齢は二十歳前後ぐらいか? そんなような気もするがそうじゃないような気もした。なんともはっきりしない雰囲気があったのだ。
その女は宙に浮いた太刀の刃に座っていた。
横にした刃じゃない。切っ先が天井を向いた太刀の、その切っ先部分にそのまま尻を下ろして座っているのだ。
そうして、太刀がゆっくりと床の近くへ降りるまで、その女は目をつぶっていた。
まなじりが切れ上がった目の、まぶたを開いた時、そこには赤い瞳がのぞいた。
まぶたを半端に開けたまましばらくぼんやりと顔の前の空間を見つめていたようだったが、やがてその女が俺を見た。
そして瞳を大きく見開き、
「ぬしさま……!」
そう呟くと、空中の太刀をスライドさせることで俺の方へやってきて、そのまま俺の胸に飛び込んできた。
「ああぬしさま、この温もり! こりゃたまらぬ!」
頭をぐりぐりと俺の胸にこすりつけてくる。
「ケ、ケイディス……何だ、そのおなごは……? どこから出てきおった……うぬら何をやっておるのだ……?」
ゴロゾがそう言っていた。
俺は謎の白髪美女に抱きつかれたまま、ゴロゾを振り返って言った。
「紹介してやろう。火切りちゃんだ」
「……はぁ?」
「だから、火切りだよ。柄を見てみろ」
ゴロゾは手に顔を向けた。そこには先端が裂けた柄があるのみ。
「刀身、ないだろ?」
「ケイディス、うぬは拙者の火切りをどうした!」
「こうした。この胸の中の女になった」
「真面目に答えんか‼︎」
「真面目に答えてるって。そういう魔法なんだ。なあ? ランスァ」
俺はランスァを見やって同意を求めた……が、ランスァの方は俺の胸の中にいる白髪美女を睨んでいる。
そして絡んだ鎖を何かイライラしたような調子ではずすと、こっちへ走ってきた。
そして白髪美女に掴みかかって俺から引き剥がそうと引っ張った。
「こらっ! 主様から離れなさいよ!」
「何じゃ? どちら様で?」
「その人はあたしの主様だよっ!」
「これは異なことを。これなる殿方はわらわのぬしさま」
「違うー! あたしのー!」
引っ張るランスァ。俺にしがみついて抵抗する白髪美女。
「お、おいうぬら拙者を無視するな! 火切りをどうしたと問うておる!」
「だからこうしたって」
「わらわが火切りじゃ。忙しいゆえもう話しかけないでたもれ」
「ええ……! で、では何か! ケイディスの魔法で剣がおなごになったとでも申すか!」
「そうだよ! あたしだってそうやって人間になったの! わかった⁉︎ わかったらおじさんちょっと黙ってて!」
また引っ張り合いを始めたランスァと白髪美女。
「は〜な〜れ〜て〜!!!」
「い〜や〜じゃ〜!!!」
「ま、待ていッ! まことか⁉︎ そ、そのおなごが火切り⁉︎」
「そうじゃと言うておろうが、ええい話しかけるでない」
「そ、そんな……⁉︎ おいケイディス! も、戻せ! 元に戻せ!」
俺はランスァと女体化火切りに揺らされつつ、
「嫌だね」
「なんと!」
「おまえの太刀は俺のモノになった。見ろよ。俺から離れたがらねえ」
「ぬぐぐ……⁉︎」
「これでおまえの武器はそのチンケな鎖分銅だけになっちまったな。どうしようかな。それも奪っちゃおうかな?」
ゴロゾはせわしなく俺と女体化火切りの顔を見比べていた。
だがやがて柄をこちらに向けて、
「おい火切り、戻ってこい! この中に戻るのだ!」
「はあ? ごむたいな。わらわはこちらのぬしさまとゆくのじゃ。じゃからちょっと話しかけないでいただきたいのじゃが」
「冗談はよせっ! そなたは拙者の刀であろうが!」
「もはや違う。わらわはぬしさまのモノ。身も心も……」
女体化火切りはそう言って、俺の胸に頬ずりしている。
「バカなことを申すなーっ!」
叫んだゴロゾの声はなんかうわずっていて裏声が混じっている。
「火切りは拙者が先祖から受け継いだ家宝なのだぞーっ! それを、それを貴様、そんな、ケイディスごときすくたれ者のモノて……」
「ぬしさまはすくたれ者ではない。わらわの愛するぬしさまなのじゃ。おまえとは比べものにならぬいとすばらしきお方……あの熱いモノを浴びせかけられた時、わらわはもう何と言うべきか、天にも登るような心持ちになり……」
「何を言っとるんだァーッ!?!?」
「ああぬしさま……ささ、今一度先ほどの熱いモノをわらわにおくれ……!」
女体化火切りは頬を紅潮させ、うっとりとした顔で俺を見上げた。
あれって二回も三回も出るようなものなんだろうか。
「あーズルいっ! 主様、あたしにもアレちょうだい!」
「何を言うのじゃ、わらわが先じゃ」
「あなたは離れて! ぽっと出の泥棒猫!」
「何と申す!!!」
再び掴み合いを始めた二人の女達。
すると青筋を立てたゴロゾがこっちへやってきて、
「火切り戻ってくるのだ……」
と女体化火切りに近づこうとしたが、
「あな汚らしや、あっちへ行きやれ!!!」
彼女は太刀に座ったまま足を伸ばしゴロゾを蹴倒した。ロングスカート風履き物のせいでよくわからないが結構長い足のように見えた。
「そ、そんな、火切り……」
「わらわはぬしさまのモノと言うておろうが。おまえとはもはや赤の他人じゃ。はよう去ね」
冷たく吐き捨ててまた俺にしなだれかかる女体化火切り。
正直なところ、ある意味で初対面(またある意味で二年の付き合いがありはした)の美女にいきなりすがりつかれて、俺は若干引いてもいた。
けど無様に床にケツを着いて呆然と、しかもちょっと涙目になってこっちを見ているゴロゾを見ると、あのパーティをクビになった朝のことが脳裏をよぎった。
あのたいへん不愉快な感情が思い起こされたのだ。
だから俺は言った。
「悪いなゴロゾ、そういうわけだ。俺達はこれから宿屋へ戻って、よろしくやるつもりなんだ」
「なな、なに、やめろ……」
「これから毎日おまえのーっ!」
「やめろーっ‼︎」
「先祖伝来の家宝の刀にぃーっ!」
「わーっ‼︎」
「ブッかけてドロドロにしてやるぜェーヒャッハー!!!」
「やめてくれぇー脳が壊れ申すーっ!!!」
ゴロゾは悲鳴をあげながら頭をかきむしった。
俺はそれを見下ろしつつ、そんなに面白くはないんだが一応高笑いしてあざ笑ってやった。
そうやってゴロゾの心をへし折ろうとしたのだ。
奴はメインの武器を失った。このままくずおれておとなしくなってくれればいいと思ってたんだが……。
はたと、ゴロゾは喚くのをやめた。
そして奴は、奴自身の左の方の床に目をやった。
短刀が落ちている。さっきランスァに投げつけられた奴の短刀だ。
投げた時に壁が何かにぶつかってこっちまで転がってきてたのか? ゴロゾはそれを素早く掴むと、
「おのれケイディス、死ねぇーッ!」
立ち上がって振りかざしこっちへ突っ込んできた。
ランスァがそれに対応しようとした。
だがそれより早く、女体化火切りが俺から体を離した。
「ぬしさま、そのままに。わらわがけじめをつけまする」
そう言うが早いかするりとゴロゾと俺の間に進み出る。
殺到してくるゴロゾ。
女体化火切りが座ったまま少し浮き上がった。同時に椅子がわりにしていた刀身がくるりと頭上に持ち上がった。
「むん‼︎」
美女が低く唸ると共に、空中の刀身はゴロゾの脳天に打ち下ろされた。
「むうん……」
と唸ってゴロゾは突っ伏し、そのまま動かなくなった。
火切りの刀身はそのままくるりと下に滑り込み、美女は少しもバランスを崩さずそこに尻を下ろす。
そして俺を振り返って妖艶に微笑むと、こう言った。
「峰打ちじゃ」
倒れたまま微動だにもしないゴロゾ。
その向こうでは、セルゲイロがポカンとした顔でこっちを見ていた。




