第二十五話 タンツイスターと火切り
「ぬうッ!」
突然はなたれた火球。とっさに躱したゴロゾはさすがだった。
だが躱した方向はランスァの方。鎖分銅を絡めていたので反対側には動けなかったのだろう。
鎖がゆるんだランスァはすかさず突きをはなった。
ゴロゾは太刀の腹で受け流しつつ、
「セルゲイロ、おのれッ!」
一瞬セルゲイロの方を見たが、
「でやーっ!」
近距離で素早く回転したランスァの蹴りが飛ぶ。それを太刀を持った手の上腕でかろうじて受けたゴロゾはよろけた。
二人の距離が離れた。
そこへさらにセルゲイロの火球が襲い、ゴロゾは転がって避ける。
「セルゲイロ……貴様ぁ……!」
「はは、やるなぁ。まさか躱されるとは思わなかったよ」
「魔法か⁉︎ しかしうぬはいつ詠唱を……⁉︎」
床に膝をついた姿勢で、ゴロゾはセルゲイロを睨んでいた。
たしかにそうだ。
魔法を使うには呪文を唱える……つまり詠唱をしなければならない。
そのためには精神を統一しなきゃならないし、そのせいで発動までやたらと時間がかかる。
冒険者の中には魔法が得意な奴もいる。以前までのパーティで言えば、俺、シャーロ、クィンティスタがそうだ。俺たちのような魔法使いは詠唱に時間を食うため接近戦に持ち込まれるとキツイものがある。
それをカバーするためにこそディーン、そしてゴロゾのような近接担当のメンバーがいるものだ。魔法発動の時間を稼ぐために接近戦で敵の注意を引く。それが冒険者パーティの基本的な戦術だ。
だがセルゲイロは魔法をはなった時、何の呪文も口にしなかった。はなつ瞬間までゴロゾに軽口を叩いて、精神統一すらやっていないように見えた。
セルゲイロは言った。
「不意打ちのお返しのつもりだったんだがな」
「な、なぜ魔法が……!」
すると、セルゲイロは手にしたタンツイスターの幅広い刃、その腹の部分をゴロゾに見せながら、
「ほら、ここに彫刻があるだろ? これは魔法の呪文なんだ。あらかじめ刻まれてる。この剣に魔力を込めるとなぁ、刻印に魔力が走るのさ。すると、この呪文が読まれたことになって、持ち主が口を閉じてても魔法が発動されるのさ」
「なに……!」
「しかも魔力が走るスピードは人間が詠唱するよりも速い。人間のように舌を噛んで詠唱を失敗することもない。だから《早口言葉》。これが私のグローリーウェポンさ」
セルゲイロはあらためてタンツイスターの切っ先をゴロゾに向けると、ランスァに言った。
「お嬢さん、手伝うよ。くれぐれも言っとくが射線には入らないでくれ」
ゴロゾの方はまだ膝をついたままだった。その姿勢のまま奴は言った。
「愚か者が……セルゲイロよ、うぬは独り働きの冒険者と聞いたことはあるが、まことに集団戦というものがわかっておらぬのだな。拙者と小娘の距離を見よ」
手にした鎖をじゃらりと鳴らした。その鎖はまだランスァの剣に絡んでいる。
「拙者と小娘が近間で打ち合うておる時、火の玉など撃とうものなら小娘にも当たろうが」
「私がそんなこと気にすると思ったのか? 彼らとは初対面で友達じゃない」
俺が抗議の声をあげると、
「怒るな、冗談さ。そこまでする必要はない。密着、結構だね。私だってそんな素敵なお嬢さんとはお近づきになりたいさ。だがそれをやるとおまえさんは困るんじゃないのかゴロゾさん」
「……なんだと?」
「おまえさんの太刀は長い。懐に入り込めばお嬢さんの剣の方が回転の早い攻撃を加えられる。腕前の差でおまえさんにはついていけないと看た」
「貴様……!」
「それにだ。おまえさんの竜斬りとかいう技。近い距離じゃやりづらいんじゃないのか?」
ゴロゾの眉間にシワが寄った。
たしかにそうだ。
ゴロゾの竜斬りは、あの長い太刀よりさらにやや遠い間合いの敵に、初太刀をわざと浅く振ってみせる技だ。
その直後に高速で斬り返すわけだが、そもそも近間だと相手は避けるんじゃなく受けてしまう。そうなると太刀はそこで止まるため、次の斬り返しまではつながらない。
ゴロゾは何も反論しなかった。できないのだ。俺と奴は二年の付き合いだが、奴が接近した状態で竜斬りを使ったところは一度も見たことがなかった。
セルゲイロはニヤリと笑って言った。
「言ったろ? そんな長い物持ち歩いてる方が悪いんだって」
タンツイスターを握るセルゲイロの手に力が込められたように見えた。
ランスァもやや腰を落とし構えている。
二人に前と横に交差する形で挟まれたゴロゾは、ため息をつくとゆっくり立ち上がる。
そして言った。
「……ではやってみよ」
「うん?」
「そのような、うぬのごとき寂しい一人法師の中年の浅慮が通じると思うておるのなら、勝手にせよと言うておるのだ」
そしてゴロゾはランスァへ向き直り構えた。
まるでセルゲイロがそこにいないかのように。
それと同時に、俺は十手を引き抜き精神統一をすることにした。
小声で詠唱も開始する。
セルゲイロが言った。
「傷つくことを言ってくれるね。お言葉に甘えてそうさせてもらう!」
ゴロゾの踏み込み。そこに合わせられた火球が飛んだ。
ゴロゾは十分な接近をせず、太刀の間合いを活かした距離でランスァと斬り結んでいる。
その距離ならランスァが巻き込まれることはない。火球は少しの狂いもなくゴロゾに向かっている。
ランスァもまたバックステップで間合いを外す。
当たる……。
「かぁッ‼︎」
気合い一閃、ゴロゾが太刀を横薙ぎに振るい、火球を斬り払った。
火の玉は真っ二つに斬り裂かれ、それと同時に火の粉を撒き散らしつつもバラバラに分散し、やがて消えてなくなった。
「な、なにぃ⁉︎ 魔法が……!」
「セルゲイロよ……先ほどはずいぶん己の剣を自慢げに語っておったな。では拙者からも我が得物の講釈をしてやろう」
ゴロゾはニヤリと笑った。
「我が太刀はな。“気”を斬るのよ。魔法とは火や水を魔力によって凝固し、それによって敵に向けた武器とするものだということはうぬも知っておろう。この太刀は火や水を形として縛る魔力を斬れる。斬られた魔法は魔力を断たれ、形を失う……」
そして峰で肩をとんとんと叩きつつ、
「ゆえに火切りと呼ばれておるのよ」
今日はもう一話投稿予定です。




