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第二十四話 ランスァVSゴロゾ


 正直ゴロゾの初太刀は俺の目には見えなかった。

 だがランスァが刃で受け止めたことでそれが胴狙いの横薙ぎだったことがわかる。

 それからも二人は素早い足さばきと共に刃を振るい、目まぐるしく打ち合った。カチ合う剣は火花を散らす。ランスァはときおり舞うように避けることもあったが、空振りとはいえ金属音にも似た唸りを上げて振られるゴロゾの太刀風に見てるこっちがゾッとした。


「やるじゃんおじさん!」


「ふん、うぬこそ!」


 二人は何がおかしいのやら笑いながら戦っていた。

 肩を貸していたセルゲイロが呟いた。


「あ……あのお嬢さんすごいな! ディーンのパーティメンバーと互角の腕前だなんて……!」


 まったく同じ意見だった。

 ゴロゾの剣技は俺達パーティ(元、パーティだ)の中では一番。もちろんあのメンバーで近接戦闘を担当していたのはゴロゾとディーンだけだったけど、単純な接近戦の実力ならゴロゾはリーダーのディーンを上回っていた。


 そのゴロゾと、ランスァは互角の戦いをしていた。いや、ゴロゾの太刀の方がリーチが長く有利なぶん、それで互角ということはランスァの腕の方が……。


「かあっ!」


 ゴロゾが首を狙った横斬りを放った。

 瞬間ランスァは開脚して床にべちゃりと潰れた。空を切った太刀。ランスァは低く伏せた体勢から、鳥が翼を広げるのに似た動きで自分の剣尖を鋭く跳ね上げる。


「ぬうっ……!」


 ゴロゾは引きつった顔でのけぞった。

 その顎先には小さい傷が入っていて、少量だが血が噴き出す。


「あちゃあ……喉狙ったんだけどなぁ。普通に太ももの内側にしとけばよかったか」


 開脚して伏せたまま、ランスァはそう呟いた。その脚を閉じることでゆっくりと立ち上がる。


「ぬう……やるではないか……!」


「えへへありがと。でもおじさんの方は思ったほどでもなかったかなぁ」


「……なに?」


「いやぁ……それとも想像どおりかな?」


「いかなる意味か!」


「こないだ言ったでしょ? 動かない死体斬ってばっかりって。そういうことばっかりしてるから、腕が錆びてるんじゃないかなーって」


 ゴロゾのこめかみに青筋が立った。


「太刀筋は見切ったよ。そろそろ終わりにするね。あなたは主様にも意地悪言ってたし、容赦はしないからね」


 ランスァは構えた。

 それに合わせたかゴロゾも再び構える。

 セルゲイロが呟いた。


「このぶんなら任せておいて大丈夫か……?」


 セルゲイロの手にはすでにタンツイスターが握られていた。

 この人も加勢……いや、自衛する気があるんだろう。足の怪我があるから戦えはしないかもしれないが。

 けどランスァは押している。セルゲイロは安心しているのかもしれなかった。


 だが俺はゴロゾの構えが気になった。

 ゴロゾは左半身を前にしつつ、右手を前に突き出し太刀をランスァに突きつけた形。

 左手は右腕と交差させるように、自分の体を抱くようにして右脇に隠している。


 この構え、見たことがある。


「ランスァ、気をつけろ! あの構えは……!」


 俺が言った瞬間ゴロゾが飛び出した。ランスァもすでに気を合わせていたのか、吸い込まれるような動きで一歩踏み出す。


 瞬間、ゴロゾが交差させていた腕を勢いよく開いた。

 投げた。短刀だ。脇に隠した左手で抜いていたのだ。狙いはランスァの顔面。


「ガッカリだね、こんな子供騙しッ!」


 ランスァはなんなく半身で(かわ)す。すでにゴロゾは太刀を振りかぶっていた。ランスァめがけ斜めに振り下ろすが……。


「浅いよ!」


 そのとおり、ゴロゾの踏み込みは甘いものだった。ランスァが半歩下がっただけで太刀の切っ先は虚しく空を切る。はずされて、ゴロゾの体が流れて、その隙にランスァが突き技を。


()ったッ!」


「ランスァ! 待てッ!」


「えっ⁉︎」


 その時には俺は、悪いとは思いつつすでにセルゲイロを投げ捨て、ランスァへ突進していた。その勢いのままランスァに飛びつく。


「ふんッ!!!」


 ゴロゾの気合声が轟いた。ランスァと共にその場を横っ跳びに躱した俺の足に剣風が感じられた。

 少しだけ床を転がったあと俺達はゴロゾを振り返る。


「あ、主様⁉︎」


「ランスァ、ありゃああいつの“竜斬り”って技だ……最初の斬り下ろしはフェイントだよ。相手が避けきったって安心したところで斬り返すんだ……」


 ゴロゾは斬り上げの姿勢のまま俺を睨んでいる。


「ケイディス……余計な真似をしおって……」


「……へっ。初見なら今ので勝てたかもしれねえのにな。けど俺とおまえはだてに二年の付き合いがあったわけじゃねえよなぁ? 手の内はお見通しだよ」


 そう言って、俺は立ち上がろうとした。だが、左足に痛みが走って膝をついた。

 よく見ると斬り傷がある。


「主様っ!」


「ちっ……さっきのがかすったらしい」


 かなり深いのか痛みはかなりあった。

 太刀を肩に担ぎなおしたゴロゾの向こう、やや左に、座り込んだセルゲイロが見える。

 俺は言った。


「……なるほど。セルゲイロの時もこういう具合かよ」


「うむ。セルゲイロは初太刀を躱し、その上で二段目も自力で躱したがな。うぬに助けられねば斬られておったそこの小娘とはいささかモノが違うようだの?」


 ゴロゾは太刀の峰でとんとんと肩を叩きつつニヤついていた。どうやらさっきランスァにバカにされたことの仕返しをしてるつもりらしい。どこまでもちっちぇえ野郎だった。


「ふ、ふんだ! なにさそんな子供騙し! 一回見ればもう通用しないんだから!」


「お、おいランスァ、熱くなるな」


「主様ちょっと待っててね! すぐやっつけてやるから!」


 ランスァはすぐさま立ち上がりゴロゾへ走り出した。

 ゴロゾもまたさっきと同じ左半身の構えで迎え討つ。


「短刀なんかもうないでしょっ!」


 そう叫んだランスァにゴロゾは構わず投げた。

 ランスァはさっきと違い、それを刃で打ち払ったが……、


「あっ⁉︎」


 刃に鎖が絡んだ。ゴロゾが投げたのは短刀じゃなかった。鎖分銅だ。その鎖を腕力で引かれランスァが前のめりにバランスを崩す。


「じゃッ!」


 その機を逃さず打ち込まれた太刀。


「ほっ!」


 ランスァはそれを、刃と、絡んだ鎖で受け止めようとした。だが翻されたゴロゾの太刀は風のようにランスァの剣を避けたまま床まで振り切られると、地に火花を散らすと同時に反転。


「にゃーっ⁉︎」


 のけぞって横っ跳びに躱しはしたランスァ。かなり必死だったのかそのまますっ転んだ。


「立ていッ!」


 鎖はまだ絡んでいる。力任せに引っ張ることでランスァを立たせたゴロゾはもうひと太刀。


「こんにゃろーっ‼︎」


 ランスァはその太刀を跳んで躱した。引っ張られた力を利用してゴロゾの頭上を越えたのだ。

 着地してゴロゾのバックを取った時、ランスァの剣からは鎖が外れていた。


「やった、外れた! よぉし……!」


「違うランスァ、わざとだっ!」


「えっ⁉︎」


 ゴロゾが振り向きざま再び分銅を投げた。

 ランスァは慌てたのかまた剣ではじこうとしてしまった。またまた絡んで引っ張られ、竜斬りが襲う。


 そうはさせるか。俺は床に落ちていた石を拾ってゴロゾに投げた。


「あいたっ」


 振りかぶったゴロゾの脇に当たった。

 まるで何のダメージも与えられなかったが、意識は乱せたらしい。一瞬遅れた竜斬り。ランスァはかろうじて転がって躱した。


「ケイディス、小賢しい真似を! 女のように石つぶてを投げるしか能がないのか!」


「うるせえ! 女の子に戦い任せてる時点で女のようですらねえよ!」


「わかっとるくせに何ゆえ何もせんのだ!!!」


 論破された。悔しい。


「やはりうぬをクビにして正解だったわ、何の役にも立たんからのう!」


 ゴロゾはそう吐き捨てた。

 それに対して何か言い返してやろうとは思ったけど何も思いつかなかった。気の利いた一言は困ったことに少しも頭に思い浮かばない。


「あーっ! また主様をバカにしたねっ!」


「やかましい! 女の陰に隠れてこそこそしておるような男だ、バカにされて当然よ!」


「なによーっ! 主様直々に相手してやる必要ないからあたしが戦ってるの! というかあたしが斬りたいから斬らせてもらってるだけなんだから!」


「なんと、うぬは狂人か!」


「どっちが!」


 俺が打ちのめされている間、二人は舌戦を繰り広げた。

 まあそうしてる間も、俺もただ落ち込んでいたわけじゃない。どうにかする方法を考えていた。


 剣の腕前そのものはランスァが上。それは間違いない。だがゴロゾは剣以外の武具や兵法も優れている。剣の腕ではかなわないとみて方法を変えている。

 そしてどうも直情的なランスァはそれに翻弄されていた。このままじゃランスァでも厳しい。


 何か打開策はないかと考えていた時、ランスァとゴロゾ以外に声をあげた奴がいた。


「お取り込み中失礼、お二人さん」


 セルゲイロだ。

 セルゲイロは片足をかばいながらも立ち上がっていて、ゴロゾを睨んでいる。


「お嬢さん、私も手伝おう」


「セルゲイロさん、足は……」


「だからさ。私の足をこんな風にした奴がわざわざ顔を見せてくれたんだ。私からも挨拶するのが道理ってもんだろう」


 タンツイスターを両手に構えたセルゲイロをゴロゾが睨み返す。


「死にぞこないめ……うぬごときに何ができる」


 ゴロゾは笑って吐き捨てた。

 セルゲイロは足を怪我しているのだ。ショートソードのタンツイスターを構えたところでどうにかなるわけじゃない。いや、たとえ足が万全であったとしても、セルゲイロの剣技が果たしてゴロゾに通用するかどうか……。


 だがセルゲイロは答えた。


「何がって? まあその……私も石を投げる程度しかできないがね。だがないよりはマシだろう?」


 ゴロゾは鼻で笑う。


「では投げてみよ」


「それじゃお言葉に甘えまして……」


 セルゲイロは両手で持ったタンツイスターの切っ先をゴロゾに向ける。

 ゴロゾの眉間にシワが寄った。


「おい……石を投げるのではなかったのか? 両手がふさがっておるではないか。それともまさか愚かにも剣を投げるとでも……」


 ゴロゾが言い終わる前。


 突然タンツイスターの刃から、何の前触れもなく火球が発射された。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  渋い立ち合い。 意外にも頭を使った立ち回りをするゴロゾ。鎖分銅なる補助武器も携行し、刀一筋かと思いきや案外融通が利く。ゴロゾ。その頭があって辻斬りをするのか。
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