第二十三話 遺恨
「ゴロゾ……? 何してんだこんなところで」
俺がそう声をかけた時、ゴロゾは立ち止まった。
俺達からやや離れた位置だった。
ゴロゾの顔は無表情。視線はセルゲイロに向いていた。
「……うぬは生きておったのだな」
「……なに?」
返事をしたのはセルゲイロだ。俺の肩に掴まったまま、首を伸ばしてゴロゾを見つめたが……、
「いや待て、その背格好……? ま、まさかあんた、あの時の……」
「そうよ。うぬの足、斬ってやったなぁ。街に戻らぬからくたばったと思うておったらなんのなんの、しぶとい奴だわ」
俺は会話を遮った。
「ちょちょちょ、待て。なんの話してる? ゴロゾ、おまえがこの人を襲ったってのか? えっなんで」
「そやつ、以前街ですれ違ったことがあってなぁ。その時そやつの剣の鞘が、拙者の太刀の鞘に触れたのよ。そやつ、謝りもせずに立ち去ろうとしおった」
「ふんふん、それで?」
ゴロゾは口を閉じて黙った。
セルゲイロもなにも言わない。
つまり……。
「……えっ!?!? 話それで終わり!!!??」
「いかぬか?」
「いかっ……いやいかぬって、たったそれだけで命狙ったってこと⁉︎」
「たわけッッッ!!!」
いや、たわけって言われても……。
「仮にも武士の太刀に無礼を働いておきながらそやつ詫びのひとつもなしに立ち去ろうとしおったのだ! 拙者当然呼び止めたわ、おい、これ、詫びぬか、こんなふうにな。そしたらそやつなんと申したと思う⁉︎」
「いやそれは知らんけど……」
俺はセルゲイロを見やった。
セルゲイロは眉間にシワを寄せ、首をひねって斜め上を見上げている。頑張って思い出そうとしているように見えた。なんと当事者が覚えてないっぽい。
「そやつはこう申した! こんな狭い道を長ったらしいもの持って歩く方が悪いんだ、とな! 覚えがあろうが!」
「あ〜ええっと……そうだったような、そうじゃなかったような……?」
「痴れ者ッ! うぬはこうも申した! なんだそりゃ、洗濯物を干す棒かよ、となッ!」
あちゃあ……俺はもう一度セルゲイロを横目に見た。けっこう白い目で見てるかもしれない。
ゴロゾはあの背中にしょってる太刀をいつも大事にしていた。
なんせグローリーウェポンだ。いやそれ抜きにしても先祖代々伝わる由緒ある太刀だそうで、とにかくゴロゾはかた時も手放さず、飯食う時も一緒、寝る時も一緒、小便する時も大便する時もそばに置いてた。たしかに食卓でも脇に抱えたまま飯食ってたのでクィンティスタに食べにくくないのって言われてなぜかいきなり半ギレになってたことがあったのを思い出す。
それぐらい奴にとっては大切な剣なのだ。それを物干し竿呼ばわりときた。
セルゲイロは言った。
「ああ〜申し訳ない……ちょっと思い出せないが、その時はたぶん酔ってたんだと思う! 許してくれ、悪かった」
「いや許せぬ! 斬る!」
「お、おいゴロゾ」俺は言った。「もういいだろ……謝ってるだろ? だいたいそんなことでなにも殺すことはねえだろ。落ち着けよ!」
「そんなこと……? 拙者の太刀を愚弄したことがそんなこととと申したか」
「いやそういう意味じゃなくてさぁ……」
参ったな。こいつこういうところあるんだよな。ナメられるのが嫌いっていうか……食事の時のクィンティスタの件も、あのあと子供っぽい不毛な言い合いになったっけか。
俺はなんとかゴロゾの気を鎮める説得の仕方はないかと考えていた。
けどその時ふいに、今まで黙ってたランスァが口を開いた。
「主様……たぶんもうそういうことじゃないと思うよ」
ランスァはさっきからずっと俺の少し右前方に立っていた。俺から見るとランスァの背が向こうのゴロゾにややかぶさるような形だった。
「ランスァ、どういう意味……」
「おじさん。今日は覆面しないの?」
ランスァは俺に答えずゴロゾに向けた言葉を発した。
「……覆面、とな?」
「うん。さっきセルゲイロさんが言ってのあたし聞いたよ。覆面した人にいきなり襲われたって」
「うむ、あの時はたしかに布で顔を覆っておったかな。それがいかがした」
「顔を見られたら困ることをやってた自覚があった……ってことだよねぇ……?」
俺は内心、そりゃそうだろと思っていた。
ヤルバタヤの街だって小さいとはいえ法ぐらいある。もちろん殺人は許されない。おまけにゴロゾの報復は果てしなくアホみたいな動機で行なわれようとしていた。顔出しでやる気になるには常識外れすぎる行動だ。
「おじさん……今日は覆面、いらないの?」
ランスァはもう一度訊いた。
ゴロゾはそんなランスァを無表情で見ていた。
右手はだらりと下がったまま。
「太刀の鞘がどうとか……建前なんじゃない……?」
ランスァの声は低いものだった。だが後ろ姿しか見えないからさだかじゃないが、その声にはどこか楽しげなものが含まれているような響きがある気がした。
「おじさんそろそろ言いなよ? どうして主様がいる時にセルゲイロさんの前で顔なんか見せたのか」
横目の視線をランスァに向けたまま、ゴロゾはニヤリと笑った。そして言った。
「……いや実はな。拙者もそやつの足を斬ってやったことで少しは気が晴れたものでな。もう捨て置こうと思うたのよ。暗かったし顔も見られておらなんだしな。初太刀を受けていきなりこちらも見ずに逃げ出したのは臆病と言うべきかさすがと言うべきか……まあそれはよい」
ゴロゾは俺に視線を移し、
「それから五日は街で姿も見ぬからとっくに死んだのだろうと思うておった。だがケイディス、うぬよ」
「……俺?」
「今朝からうぬがセルゲイロを探しておるらしいと街の冒険者に聞かされたのよ。うぬとはもう仲間ではないゆえ関わりのない話ではあったが……セルゲイロのことがどうも気になってな。こうして後ろをついてきたというわけだな……」
今朝か。
たしかに俺は街の冒険者に色々聞き込みしていた。どうやらその中の誰か、しかもたぶん俺がまだゴロゾ達の仲間だと思ってる奴が親切に伝えてやったんだろう。
俺は言った。
「なるほど。それで? たしかに俺は今日はセルゲイロを探す予定だったし、こうして見つかった。しかも無事だった。よかったなゴロゾ、おまえも人殺しにならずに済んだ。セルゲイロも謝ってるんだし、おまえもやりすぎたことを詫びて終わりにしようぜ。街に戻ろう」
だがゴロゾは突っ立ったまま動かない。
不思議に思って俺はセルゲイロと顔を見合わせたが……その一瞬、横目に見えていたゴロゾの右手がふっと消えた。
同時に金属と金属がカチ合う音がした。反射的に向き直ってみれば、ゴロゾの太刀をランスァの剣が受け止めていた。
「なな、なんだおまえら何してる⁉︎」
「主様! だからこの人覆面してないんだって!」
剣を交差させて太刀を受け止めていたランスァ。足払いを飛ばしたが、ゴロゾは素早く跳び退って躱した。
「せっかく顔バレしてなかったのにのこのこ顔見せにきてさ。別に今さら謝りにきたわけじゃないんでしょ⁉︎」
下がったゴロゾは太刀を肩に担いでくつくつと笑った。
「ケイディス……新しいお友達は頼りになるのう? ぼんやり者のうぬ一人であったら今ので死んでおったぞ」
「ゴロゾ……何のつもりだ!」
「知れたこと。セルゲイロには死んでもらう。うぬにもだ」
「はあ⁉︎」
「先ほど気が晴れたとは申したがな。やはり斬りそこねというものは心に引っかかる。心に思い描いたように斬れなんだということは心に重いものを残すものよ……」
ゴロゾは太刀を担いだままやや腰を深く落とす。
完全に戦闘の構えだった。
「正気かよ……おまえ……!」
「ケイディス、うぬが悪いのよ。拙者とてもうすぎたこととして忘れようとしておった。だがうぬが今日セルゲイロの名を思い出させた。どう斬れたものか確かめたい気持ちが芽生えたのよ」
「待て!」セルゲイロが口を挟んだ。「もともとは私とあんたのいさかいだろう、ケイディスは関係ない! それを……だいたいあんたも知ってるぞ、ディーンのパーティの奴だろう? ケイディスもだ! それを……」
「もう仲間ではない。そやつクビにしてやったわ」
セルゲイロはチラリとこちらを見た。が、俺は気まずいので視線を逸らす。
「だ、だがな! いくらもう仲間じゃないからといってその攻撃的な態度はどうなんだ⁉︎」
ゴロゾは薄笑いを浮かべた。
「申すことはいちいちごもっとも。たしかにケイディスは何も関わりないし、顔を見られておらぬならもう気にすることもない。だがな、言うたはず。武士に無礼を働いておいて詫びもなしに立ち去るは許せぬ、と」
そして奴は横目にランスァを見た。
「小娘。覚えがあろうが」
「ん〜? 何のことかな〜?」
「くくく……うぬは我が業前を大勢の者共の前で面罵しおったろうが……安っぽい曲芸、子供騙しとな……」
歪んだ笑みをたたえたまま、ゴロゾの腰がさらに深く落とされる。
面罵って……広場の試斬の時のことか?
あれ気にしてたのか⁉︎
「うぬらがどうやら刃の塔に行くようであったからな。しかも上ではなくセルゲイロを探しに行くそうな。であれば他の者共の集まらぬ場所にも行くかと思うてつけてきたのよ」
てことは何か。さっきからずっとついてきてたってことか⁉︎
ちっちぇえ野郎だな……前からメンツにこだわる癖があったのは知ってたが、まさかここまでとは思わなかった。ちょっと煽られたからって殺人まで飛躍するような奴だったなんて。
そうこうしているうちにもゴロゾの剣気が膨れ上がっていく。
「お、おいよせよ……悪かったよ。俺からも謝るよ。み、水に流そうや……ほらランスァ、おまえも謝れって。俺もあれはさすがにどうかと思ってたんだよ?」
ゴロゾの目はランスァにひたと据えられている。
だが当のランスァはこう言った。
「つまり、あたしに用があったってこと?」
「うぬの腕を見たいとあの時申したはず」
「主様も斬る気なんだよね?」
「口封じはせねばな」
「この人おかしいよ」
「いかぬか?」
「んーん……?」
ランスァも腰を落とした。
それから言った。
「…………控えめに言って最高かな」
瞬間、二人は同時に飛び出した。




