第二十二話 セルゲイロ救出
「誰だ、おまえらは……!」
セルゲイロはショートソードをこちらに向けて睨んでいる。
妙に警戒されてるみたいだが……。
「俺はケイディス。こっちはランスァ。あんたセルゲイロだろ?」
「そうだが……何の用だ」
「あんたを探しにきた。騎士のヘレンさんの依頼だ」
「ヘレンの依頼?」
「ああ。あんたを探すように言われてきたんだ。見つけたら金貨二枚もらえることになってる」
セルゲイロはポカンとした顔をした。手にあるショートソードの切っ先が下がっていく。
こっちに敵意がないことをわかってくれたようなので俺は彼に近づいた。
「おまえさん、見たことあるな。ディーンのところの奴じゃなかったっけか?」
「ああいい思い出さ。それより無事だったんだな。てっきり死んでると思ってたよ」
そばに近づいてもセルゲイロは立とうとしなかった。土砂の壁に背をもたれさせて座っているだけ。
彼の足を見やった。右足首に布が巻かれている。その布には血がにじんでいた。
「怪我したのか? まさかここに落ちた時折れた?」
「いや……まったく運がいいのか悪いのか、落ちたことはなんの問題もなかったよ。これは斬られた傷だ。腱までザックリで動かない。私の回復魔法ではどうにもならなかったんでな」
腱か……回復魔法も使い手によって様々だ。切り傷や刺し傷なら治せる奴は多い。
けど腱までとなるとなかなかそうはいかないものだ。シャーロは完全に切断された部位でもくっつけられるレベルの回復魔法士だったことを思い出しながら、俺はセルゲイロの足を見下ろしていた。
「それで、五日間もここに?」
「もうそんなに経ってしまったのか……時間の感覚がなくなってたな。食料も水も尽きかけてたからもうダメかと思ってたが……」
俺は辺りに散らばる、セルゲイロの物だろうバッグやら何やらを眺めた。
「……塔の中に泊まり込みで魔石狩りを?」
セルゲイロはニヤリと笑いつつ、
「いけないかい? 一人が気楽なんでね」
筋金入りのソロ冒険者ってわけだ。
すると、いきなりランスァが彼のそばにしゃがみ込んだ。
「綺麗な剣だね、それ」
ランスァはセルゲイロの手にあるショートソードをジロジロ見ていた。
セルゲイロの方はと言えば、そんなランスァとショートソードを見比べていたが、やがてハッとしたように、
「ま、まさか! 私を殺して奪うだなんて言わないだろうな⁉︎」
「なんでそんなことしなきゃいけねえんだよ……」
「私のこの《タンツイスター》を目撃者がいないのをいいことに奪おうとか……」
「まあヘレンさんにはあんたのグローリーウェポンを回収してくれとは言われてたけど……生きてるんなら自分で持って帰ってほしいね」
セルゲイロはどこかホッとしたようにも見える表情をした。そんなに怪しげな人物に見えるのかな、俺とランスァ。
「まあ主様なら殺すまでもなく奪えるけどねー!」
とランスァが俺を見上げた。
セルゲイロはそれを不思議そうに見ていたが、そんな彼の足に寄り添う小動物がいる。
ナイフモグラだ。
「ん、なっ、なんだこいつは⁉︎ 刃魔じゃないか!」
「ああ落ち着いて。それあんたのナイフだよ」
「私の?」
俺はセルゲイロの足に体を擦りつけているナイフモグラを見て、ちょっと考えた。
これはどうやったら元のナイフに戻せるんだろうとだ。補助魔法を他人にかけた時、それを解除する魔法もあるけど……。
試しにそれをやってみる。十手を抜いてナイフモグラに向け、解除魔法を唱えた。
するとナイフモグラは、思ったとおり元の、ただのナイフに戻った。
「これはいったい……⁉︎ 私のナイフだ、落としてなくしたと思ってたのに……」
「主様の魔法なんだよー! すごいでしょー! そうやっておじさんを探したんだよ!」
セルゲイロは俺と手元のナイフを見比べている。
「まあとにかく生きててよかった。ここを出よう。俺があんたを背負って登るよ」
「ま、待て。そこの穴からだよな? でかい虫がいたろう?」
「ああ、あれか。死んだよ。あれだ」
俺は松明で、縦穴から床に落ちた刃魔虫の死体を照らしてやった。
「おまえさんが殺ったのかい? すごいな……」
「いやぁ、殺ったのはこいつだよ、ランスァだ。長居は無用だ、行こう」
俺は散らかったセルゲイロの荷物を彼のバッグにまとめると、それはランスァに持たせた。
俺はセルゲイロを背負い、穴はランスァに先に登らせる。
ロープに掴まり上へ向かった。セルゲイロはなかなか体格がいいのでちょいと重かったが、まあ文句は言っていられない。
カミキリムシの刃魔が出てきた穴にさしかかった時セルゲイロが呟いた。
「あの穴だな。本当におまえさん達が来てくれて助かったよ。足は動かないし、アレがいたせいで出られなかった」
「落ちてくる時捕まらなかったのか?」
「捕まったさ。だが剣で片方の顎をへし折ってやった。それで下まで一直線さ」
「追いかけてこなかった?」
「ああ。傷つけられたから私のことが嫌いになったんだろう。おかげでこの五日間友達もできなかった」
「足の傷はその時に噛まれたってわけか」
五日も閉じ込められていた割にセルゲイロは軽口が叩けるほど元気だ。ソロの冒険者ってのはタフなもんだと感心していた。
だが俺の背中で、セルゲイロはこう言った。
「いや、足は違う。足は別の奴にやられた」
そう話しながら、いやそれもそうかと思い出した。
俺はランスァに従って、床に着いた血痕を追ってこの亀裂にたどり着いたのだった。セルゲイロは落ちる前から怪我をしていた。
「へえ。あんたに傷を負わせるほどの刃魔が塔の下にいるのか? 俺この辺あんまり詳しくねえからわからねえけど」
「違う。やったのは人間だった」
「なに⁉︎」
うっかり足を滑らしそうになってしまった。
「誰に?」
「わからん。暗いし、覆面をしていた。いきなり襲われたよ」
「なんのために……」
「わからんな……強盗かもな。金目の物と言ってもタンツイスターぐらいしか持ってないが」
だからさっきセルゲイロは剣を奪うつもりかと警戒していたのか。俺たちがその襲撃者と思ったのだろうか。
「複数だったのか?」
尋ねたがセルゲイロは否定した。
「グローリー持ちに一人で仕掛けるなんて無茶だな。剣が目当てなら自分は持ってねえってことだろうし」
「いや……かなりの手練れだったよ」
背後の声には、絞り出すような重い響きがあった。
「まるで歯が立たなかった。おまけに足も斬られたし……こうして命があるのが不思議なぐらいだった。この上の階が小部屋が密集した作りじゃなければ巻けなかったろうな」
上の階と言えば丸い形の部屋がたくさん並んでいた。たしかに死角は多い印象だった。
「煙幕まで使わされたさ。この階まで逃げてきて、振り切ったかと思った時だよ。この穴からあの虫が出てきてな。引きずり込まれた」
「じゃあそいつはあんたがどこに消えたかわからなくなったろうな」
「ああ。幸か不幸か……いや、幸だな。おまえさん達のおかげだ」
「礼ならヘレンさんに言ってくれ。探せって言ったのはあの人だ、俺はあんたが街から消えたのすら知らなかったんだから」
「世知辛いね。ソロ冒険者の悲しいところだ。おまえさんと違ってな」
「……俺?」
「ああ。パーティさ。ディーンのような優秀なメンバーが揃ってる。私のようなドジを踏むことはないだろう?」
セルゲイロは俺がパーティをクビになったことを知らないらしい。
まあ当たり前か。セルゲイロと俺やディーン達は交流があったわけじゃない。第一セルゲイロが穴に落ちたのは五日前。俺がクビを言い渡されるより前だった。他の冒険者からの噂話も聞ける状況じゃなかった。
「……ドジの種類にもよるな」
そう答えておいた。無意識に左目を触りそうになったが、今はロープを掴んでいるのでそういうわけにもいかない。黙って登ることにする。
それにしてもセルゲイロを襲った奴はどんな野郎なんだろう? セルゲイロはあのバカでかいカミキリムシから、足を怪我した状態でさえ逃げのびることのできる男だ。ベテランのソロ冒険者、おまけにグローリーウェポンの所持者。
塔の中で襲われたんなら当然相手も冒険者だろう。同業者に強盗を仕掛けるような奴なんてチンケな小悪党を連想するが、セルゲイロは手練れだと言う。確実に複数で襲うほどの計画性もないときた。
見上げてみると穴の終わりが近づいていた。
ランスァの姿はない。奴のケツがある以上意識して上を見ないようにしてたけどもう気を使う必要はなかった。
やっと上までたどり着き、這い上がる。
俺はランスァに引っ張ってくれるよう頼もうとした。なんせこちらは人間ひとり担いでいるのだ。
だがランスァは床に立ち、向こうを向いていた。
「おいランスァ」
振り向かない。ずっと、フロアの向こうの暗がりを見ている。
仕方なしになんとか自力でよじ登る。セルゲイロが歩くための杖の代わりになりそうな物はないか探してみたが、特に見つからなかった。まだ背負って歩くことになりそうだ。
背負ったまま、立ち上がってランスァに声をかけた。
「行こうぜ」
「……待って」
隣りを歩こうとしたがランスァが手で制してきた。視線は向こうの暗がりを見たまま。
「どうした? 何かいるのか?」
俺も暗がりに目をこらしてみる。
そこは上の階に通じる階段の下だ。
誰もいない……と思っていたら、そこから一人、誰か歩いてくる。
背の高い男。
ゴロゾだった。




