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第二十一話 刃の塔・下部


 刃の塔の内部はたくさんの階層にわかれている。


 何もないガランとしたフロアもあるし、狭い通路が迷路のようになっている階もある。


 上下に移動するためには壁に沿った螺旋階段を登ることもあれば、奇妙な位置にある隠し階段を使うこともある。


 俺とランスァは塔に入り、まずは下へ降りる螺旋階段を使った。

 刃の塔は上に登るごとに細くなっていくのだが、地上部にあたるこの辺はさすがに太い……と言うか広く、その一番外側にある螺旋階段も長い。内部いっぱいをぐるぐる回りながら降りるぶん、ここを歩くのが結構ダルいのだ。


「なんだかちょっと明るいね? 窓ないのに」


「これ見てみな」


 俺は階段の壁を指差した。

 壁にはところどころヒビが入っているのだが、そこから小さな光が漏れている。


「塔の中はこんな風に壁がちょっと光ってるんだ。たいていどこにいっても松明がいらないから助かってる」


「どうやって光ってるの?」


「さあ……」


 強い光ではないので薄暗くはあるが、とにかく俺たちはそんな階段をぼちぼちとくだり、まずは一階層下に降りた。


 降りた場所はだだっ広い丸い部屋。だが塔のサイズからするとそう大きくはない。


「ここは前に来たことある。こんな感じの丸い部屋がたくさんあるんだ。上から見たらたぶん蜂の巣みたいになってるんじゃねえかな」


 人は俺達以外誰もいなかった。塔の下方向はいつも人気がない。

 別の部屋に移動すると、そこもまた丸い壁の部屋。セルゲイロ、もしくは誰かの荷物でも落ちてないかと見回しながら歩くが、崩れた天井の破片がチラホラ落ちているだけで他には目立ったものはない。

 念のために他の部屋にも移動しながら探ってみるが、どこも似たようなものだった。


「刃魔がいないね?」


 四部屋めぐらいに移った時、ランスァがそう呟いた。


「そうだな……この辺はそうなのかもな。ほとんど駆除されたか……」


 たしかに言うとおり、捜索のあいだ面倒な戦闘にはなることはなかった。

 まったくいないとは言えない。時々申しわけ程度の小さな刃物のツノを生やしたネズミを見かけはした。けどそいつらは普通のネズミほどの大きさで、俺達に気づくと部屋の隅をチョロチョロと逃げていくだけ。


「つまらねえか?」


「まあね。ドカーンと大きいのが来てくれるといいなぁ」


「そしたらめんどくせえだろ」


「でもさぁ……」


 隣りの部屋に入る。


「やっぱりいないのかな」


 俺は部屋を注意深く見回しながら何がと尋ねた。


「セルゲイロって人、グローリーウェポンを持ってて強いんでしょ? それがこんな刃魔がいないところでいなくなったりしちゃう?」


 塔の下に興味を示したのはランスァだったが、たしかにこいつは上でもそんなことを言っていたな。


「まあ念のためさ。ここにいねえなら他のとこを探せばいい。ここにはいませんでしたってのを確認するのも大事なんだぜ。ヘレンさんにそう報告しとけば、あの人が他の冒険者にもそう伝えるだろ」


「そっか。違うところをみんなで探せるもんね」


 ランスァは納得したようだった。

 それから丸型の部屋をすべてまわり尽くしたと思うが、結局セルゲイロも奴の荷物らしき物もなかった。本当に人がいない。


 俺達はフロア全体の中央部にある、くだりの階段へと向かった。

 階段は床に空いた穴から下へ向かう構造。覗くと奥は暗い。


「どうしたもんかな……」


「なにが?」


「この先は足場が悪いんだよな……床が崩れてるところもあるし」


 俺は以前、ディーン達と一緒にこの下へ行ったことがある。

 たしか、底が深いと言うか天井の高いフロアだった。床がもろかったし、あの時の俺達は上を目指してたので、こんなところに用はないとすぐに引き返したんだった。


「落ちると危ない?」


「……だいぶ前に補強のために労働者を入れて工事をしたことがあったんだよ。けど途中でやめたんだったかな」


 あれはディーン達とこの下のフロアを覗いて上がってきてからしばらくした時だったな。崩落して塔が倒れたら危険だということでハシラル王府が補強工事をしようとして、作業の大工の護衛のために冒険者も駆り出されてたことを覚えてる。

 ただ予算がケチられてそのまま放置されたんだったか。俺達のパーティーは塔の上へ行ったから、話だけしか聞いたことはないが。


 そんなようなことをランスァにも話してやった。

 だが彼女は聞いているのかいないのか、階段のための床の穴の周囲を歩き回っていた。


「なにやってんだ?」


 ランスァは穴のふちを見つめるようにしてうつむいて歩いていたが、あるところでしゃがんだ。


「主様、見て! 血だよ!」


 ランスァがしゃがんだのは穴の降り口じゃなく反対側。俺はそちらに回って彼女が指差している床を見てみた。


「どこ?」


「これ!」


 薄暗いのと、床も黒く汚れているのではっきりとは見えないが、たしかに黒い点があるように見えた。

 けどそれは朝露一滴ぐらいの、ほんの小さなもの。


「これ血なのか? 床の汚れじゃないのか?」


「んーん、これは血だよ」


「目ざといなおまえ」


「ふふん、匂いでわかるよ」


 言われてみれば血のように見えなくもない。ランスァはその点を爪で引っかいた。すると、粉のように砕けた。

 乾燥した血だ。


 俺達は階段を少し降り調べてみた。


「ここ! 壁にもついてる」


「段にもちょっとついてるな」


「セルゲイロさんかな?」


「どうかな……他の冒険者かもしれねえけど……」


 さらに降りてみる。

 階段は狭いが、三十段ほど降りると下のフロアに出られた。

 階段を降りきった出口には、人が十人ほど密集できるスペースの踊り場のような床がフロアにせり出している。


 その向こうには足場はない。

 ごっそりと、空洞にも似た空間が広がっていた。


 俺達がいる踊り場は天井近く。天井からはどこの木なのか、植物の太い根っこが無数にたれさがっている。

 下を見やれば、このまま落ちれば即死はまぬがれないだろう高さ。ただの平面の床と、盛り上がって蟻塚のようになっている岩もいくつか見える。


 四方の壁を見渡せば、床から天井まで木組みの足場が組まれている。工事の跡だろう。壁と足場の間には天井を支えるための柱が何本も。作りかけの物もあれば、まったく柱がない場所もあった。


 俺は踊り場の右の方を見た。下に降りる階段がある。

 一番下まで降りてフロアを見渡した。

 床はボロボロ。静かで、何かの気配は感じられない。


「広いね……」


「まあな。セルゲイロはここか、それともよそに行ったか……」


「主様、これ見て!」


 また血痕を見つけたかと思い声の方を振り返ると、ランスァは床から何かを拾って俺に見せてきた。


 ナイフだった。日常用の、なんてことのないやつ。


「セルゲイロさんのかな?」


「どうかな。特徴ねえし……俺セルゲイロのことあんまり知らねえから持ち物かどうかはわからねえな……」


「これがセルゲイロさんのグローリーウェポン! ……なわけないか。オーラがないもんね」


 ランスァはつまらなさそうにナイフをふりふりした。


「オーラ?」


「うん。ヘレンさんとか、あのゴロゾっていうやな奴の剣みたいな、こう……ぐっと来るオーラ」


 ゴロゾの太刀はグローリーウェポン。騎士のヘレンさんのレイピアも、ランスァはそうだろうと言っていた。

 そういうランスァも、元はと言えば蒼覇光剣というグローリーウェポン。俺のよくわからない魔法のせいで今は人間の姿をしてるが、グローリーの剣同士何かひかれ合うものでもあるんだろうか。


「主様、ここも見て回る? 手分けしよっか」


 俺は少し考える。


「そのナイフ、ちょっと貸してくれ」


 ランスァは首をかしげていたが、素直に手渡してきた。

 俺はそのナイフを床に置き、しばらく見つめ……左目を覆う眼帯をめくった。


 意識を集中し、あの武器を生き物に変える魔法をかける。


 ナイフはモグラに変わった。


「わ、かわいい」


「持ち主を探してくれたりとかしねえかな、これ」


「んー、どうなんだろ?」


 ナイフモグラは刃物のような長い鼻を持っていた。しばらく床でじっとしていたが、やがてその鼻をヒクヒクさせ始めた。

 床を嗅ぎ回り……フロアの奥へと進んでいく。


「わ、見つけたのかな⁉︎」


「どうかな。追いかけてみよう」


 ナイフモグラは注意深く床を嗅ぎ、盛り土や置き去られた木材やらを乗り越え歩いていく。俺達はそれを追いかけた。

 立ち止まったのは床に大きな亀裂が入っている場所だった。ナイフモグラはそこで右往左往している。


「下へ降りたいみたいだね」


 亀裂は幅が広く、底も深そうに見えた。


「ナイフの持ち主……まさかここに落ちたのか?」


「あっ。やっぱりここにも血がついてる」


 ランスァは亀裂のふちを指でなぞった。

 どうするか考えた。周りを見ると、床に一本、真ん中から折れた柱がある。

 荷物の中にロープはある。あの柱にくくりつけて下へ降りることもできそうではあった。

 落ちていた石を拾って亀裂に落としてみる。二呼吸ほどの時間で底を打った音がした。


「ちょっと覗いてみるか」


 ロープを二本と、松明を取り出す。ロープは二本とも柱にくくりつけ、一本は火をつけた松明に結び、ランスァに持たせた。


「俺が降りるから下を照らしてくれ。あんまり俺に近づけないでくれよ」


「大丈夫?」


「ちょっと見てくるだけさ」


 俺はもう一本のロープを掴み、ランスァに松明を先に降ろさせた。

 下を覗いてみるとなんてことのない亀裂で、底の床がうっすら見えていた。

 自分のロープを下に垂らし降りる。


 下がるにつれて床もだんだんはっきり見えてきた。

 特段変わったところはない。

 仮にセルゲイロ……まあ他の冒険者でもいいが、ナイフの持ち主が落ちたとしたら、そこに死体があってもおかしくないはず。


 ないということはここではないんだろうか? いや待て、今の俺みたいにロープで降りた……いや、他にロープを見かけなかった。この下に行ったのなら飛び降りたか、ヤモリみたいに這って行ったか……。


 そんなことを考えながら、亀裂の壁に足をかけながら降りていた時だった。


 どこからともなくギチギチという音が聞こえてきた。

 何かがきしむような……いや、鳴いているような音。


 俺の背中側、やや下から聞こえてくる。ぶら下がっている松明を手に取り、振り向いて下に目を凝らす。


 背後の壁には横穴が空いているようだった。どうもそこから音がしている……?


「うわっ⁉︎」


 その穴からやたらどデカい虫が出てきた。人間サイズで、カミキリムシみたいな奴だ。顎をガチガチ鳴らしながら這い出ててきた。あの音だったのか。


 カミキリムシみたいな顎。鈍い鉄の色。刃でできている。

 つまり刃魔だった。


「やっべ、ランスァ! 引っ張ってくれーっ!」


 今俺はロープにぶら下がっていて手がふさがっている。こんな状態ではとても刃魔とは戦えない。俺は必死でロープを登った。

 声はかけたんだがランスァが引っ張ってくれる様子がない。


「おーい! ランスァー!」


 下からギチギチ音が近づいてくる。見下ろしてみると、刃魔虫は後ろの壁を這い登ってきていて、もう俺の目と鼻の先。

 いけねえ、どうしよう。すでに俺の足元まで迫った刃魔虫が顎を大きく開いた。

 よく見ると片方の顎剣は真ん中から折れてるがそんなことはどうでもいい。奴は今まさに俺の足に食らいつこうとして……。


 と、そんな刃魔虫の顔面に何かが突き立った。

 ナイフモグラだ。

 ナイフモグラが上から高速で飛んできて突き刺さったのだ。直後にさらにランスァが、刃魔虫の頭に着地した。


「ランスァ! おまえロープは⁉︎」


「ちょ〜っと待っててね!」


 ランスァは頭からジャンプすると、そのまま落ちながら刃魔虫を斬り刻む。そうして片方から岩がせり出して壁と壁の間が狭くなっている隙間に、両足を突っ張らせて自分の体を固定した。


 刃魔虫は三つか四つぐらいにバラされ、亀裂を落ちていった。


「無茶するなぁおまえ」


「無茶なのは主様の方だよ」


 まあそのとおりか。こんなことならランスァを先に降ろすべきだったかな。いや、女の子に危険な真似をさせるのはどうなのか。

 そんなことを考えつつ、ランスァと二人で(ランスァは途中から床まで飛び降りた)床まで降りた。


 亀裂の底は狭い空間だった。

 壁のヒビにあるような光はなく暗い。ランスァが下まで落とした松明が俺達の周囲を照らしているだけだった。


 俺は刃魔虫の死体を見やった。ナイフモグラが身をよじらせて虫の頭から自分の鼻を引っこ抜くところだった。

 モグラはそのまま、またどこかへ歩いていく。


 松明を拾い、ナイフモグラが向かった方を照らしてみる。

 細いトンネルのようだったが、奥は土砂で行き止まり。

 行き止まりには荷物が散らばっていた。


 その荷物の中に男が座っていた。

 松明の光が鋭い瞳に反射する、中年の男。

 カーブした幅広の刃に彫刻が施されたショートソードを構えて、こっちを睨んでいる。


 見たことのある顔。

 俺は言った。


「……セルゲイロ。生きてたのか!」



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― 新着の感想 ―
[一言] ロープで上るのも下るのもたいへんそう。ワシには無理だ。
[良い点]  生きていたセルゲイロ。 やった捜索終わった。めでたしめでたし。 上に引き上げる方法はきっと何とかなるだろう。
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