第二十話 セルゲイロを探せ
ハシラルの騎士ヘレンからの依頼について考えた俺は、町にいる冒険者に話を聞いてみることにした。
朝からほとんど刃の塔へ出かけているものか人通りは少なく、そこいらをウロついていた何人かからしか聞けなかった。が、そのうちのひとりがセルゲイロと付き合いのある奴だった。
そいつが言うには、セルゲイロと最後に会ったのは五日前。セルゲイロは祭壇から刃の塔へと入る中央部へ行くと言っていたそうだ。
というわけで、俺とランスァが塔についた頃にはもう昼だった。
昨日とは違いまずは森の中に入って、祠へ向かった。塔の下部への直通ルートだ。
木漏れ日の中に石を積んだ祠がある。その周囲には何組かの冒険者パーティがいて、それぞれ荷物のチェックなんかをしていた。
念のためそいつらにもセルゲイロを見なかったか尋ねてみた。けどみな首を横に振ったので、俺はランスァと塔へ向かうことにした。
祠内部の通路には等間隔で松明が設置されていて明るい。俺達の足音が石壁に反響していた。
「ねえ主様。そのセルゲイロって人見つかるかなぁ? 五日も経ってるんならもう刃魔に食べられ……刃魔って人間食べるの?」
「食べる。どっちかって言うと血を吸ってるみてえだけど」
「じゃあやっぱりダメなんじゃない?」
「だろうな。あのヘレンさんって騎士もそう思ってるみてえだな」
「ひとりでなんて無茶だよね。主様だって仲間と一緒に上を目指してたんでしょ?」
「ソロの冒険者はたまにいるよ。塔の上なんて興味なくて、金が稼げさえすればいいと思ってるのさ。だからそういう奴らは無茶はせずに浅いところをさらうだけだけど」
「ふうん。覇気がないんだねえ」
「人間関係が嫌だって奴もいるんだよ」
「主様も?」
歩きながらランスァが俺の顔を覗き込んできた。
「人間関係が嫌だから仲間を集めないの?」
そう言われて思い出してみる。
ディーン達と二年一緒にいたが、人間関係でモメたことは一度もない。
リーダーのディーンは昔から淡白な男だったし、やることやってれば特に何か干渉してくることもなかった。塔の攻略を休んでる時はお互いに別行動を取ってたし、そう仲良しってわけでもなかったが、格別仲が悪かったわけじゃない。
俺は答えずに肩をすくめた。
そうやって歩いているうちに通路は登りの傾斜となり、さらにしばらくすると前方に開けた空間が見えてきた。
冒険者の間でサークルと呼ばれている大広間だ。
円形のだだっぴろい空間の中央に、円筒の建物がある。
刃の塔だ。
壁にそって入り口となる穴が空いて並んでいるのが見える。辺りを見回してみたが、他の冒険者の姿は見当たらない。おおかたすでに中へ入って登っていったんだろう。
セルゲイロの知り合いによれば、セルゲイロはここへ行くと言ってから行方不明になったそうだが……。
「意地悪だったもんね、あのおじさん」
ふいにランスァがそう言った。
「ゴロゾか?」
「感じ悪い人だよねー。動かない死体相手にイキってたし。ばっかみたい」
俺は周囲を見回しつつ昨日のことを思い出す。
たしかにゴロゾにあんな趣味があったのは意外だった。
シャーロも同じことを考えていたようだった。あれを始めたのは最近だと言ってたけど。
「まあ俺もあいつがあんな嫌味な奴だとは思わなかったな。最初の頃は、自分の剣の腕前のことにしか関心ねえのかあんまり他人にとやかく言うような奴じゃねえ印象あったけど」
「でも主様にひどいこと言ってたよ!」
「まあな。元からああいう奴だったのかもな。俺が知らなかったってだけで」
サークルをぐるりと歩いてみる。なんとなくだ。後ろからランスァもついてくる。
「ねえ。仕返ししてやろうって思わないの?」
「なに?」
俺は思わず立ち止まった。
「主様をクビにした意地悪な人達にさ。クビになって大変だったんじゃない?」
「まあそりゃあ……ちょっとこの先どうすりゃいいんだとは思ったよな」
「悔しかったんじゃない? 心がふかぁ〜く傷ついちゃったんじゃない?」
「まあそりゃあ……ちょっとはイラっときたわな」
「やっつけてろうって思わない? 自分に冷たくしたあの人達に、よっしゃ、一矢報いたろ! みたいな。そんな気持ちになってこない?」
ランスァはこっちの顔をジロジロ覗き込みながら言う。俺はため息をついた。
「別に興味ねえよそんなこと……」
「えーなんでー⁉︎」
「もうあいつらとのことは終わったことだ。どうでもいいよ。そんなことよりこれからどうするのか考えるのが先だろ」
「これからってなに。特になんもないじゃん。主様夢がないじゃん」
「そ、それを言われると弱いけど……」
「ここは一発さ、復讐してやろうよ!」
「やだよそんなめんどくせえ」
ランスァは露骨にガッカリしたような顔を見せる。
「なんでー⁉︎ なんでなんで!!!」
「あのな。俺はあいつらとそんな仲良かったわけじゃねえからな? 一方的だったとはいえ、たいして仲良くもなかった奴らと縁が切れたからって別に怒ることはねえだろ」
ランスァは歯をむき出しにして……なんというか、イーッとした顔になった。
「淡白ー! 枯れてるー!」
「別にいいだろそんなの……」
「主様をいじめたクズ共だよ⁉︎ 仕返ししようよー、一太刀浴びせてやろうよー!」
「いいよ別にそんな乱暴な……」
「浴びせたい〜! 一太刀……いや三太刀ぐらいあ〜び〜せ〜た〜いぃ〜!!!」
すると今度は「ハッ!」とした表情になり、
「そうだ! ねね、この際だからもう斬っちゃおうよ。もう難しいこととか考えずにさ、もうこの際あの人達になんの、一切の落ち度がなかったとしても……」
「なかったとしても?」
「斬ろうよ!」
「いやダメだろ」
俺は再びため息をついた。なんのことはねえ、こいつ自分が斬りたいだけじゃねえか。
「よし、わかった! 主様はなんにもしなくていいよ、あたしだけ行ってひと思いに……」
「いやダメだから。絶対ダメだから」
「えー⁉︎」
ランスァは床にへたり込んだ。よっぽどガッカリしたのか……いや、と言うより自分のその奇天烈アイディアが通るだろうと真剣に思ってたらしい。でなけりゃこんなに落胆しないだろう。
「危ねえ奴だな……なんでそんなに斬りてえんだよ」
へたり込んだランスァは俺を見上げた。やや半べそなのがびっくりしたが、なんにせよ彼女はこう言った。
「だってぇ……あたしはそのために生まれたわけだし……」
俺はランスァの手を取り立たせた。
「わかったわかった。ゴロゾ達はダメだけど、刃魔なら斬らせてやるから」
「ほんとぉ……?」
「ああ。あいつらいっぱいいるからな。斬れば斬るほどヤルバタヤの住民からは喜ばれる」
ランスァは顔をうつ向け、ふくれっ面していたが、やがてこう呟いた。
「そういうことじゃないんだけど……まいっか」
そして顔を上げた。
よろしい。それじゃセルゲイロ捜索に集中しよう。
サークルをぐるりと回ってみたが、特にこれといっていつもと違った様子はない。
立ち止まって考えてみる。
セルゲイロはソロの……単独の冒険者だ。
塔の中に入れば刃魔はどんどん強力になっていく。ひとりの手におえる世界じゃなくなっていく。
なら、祭壇部だろうか? この近く? サークル周辺は冒険者の出入りが激しいため、刃魔はほとんど駆除されて最近見かけることはない。
となると……サークルから離れた場所でやられたか。
そう考えると雲を掴むような話になる。祭壇は横に広い。四方八方を俺とランスァでしらみ潰しに探す? 現実的じゃない。たとえば刃魔に引きずられて、もっと遠くに離れてしまってたとしたら……。
俺は頭をかいた。
「まいったなこりゃ。他の冒険者にも声をかけたってヘレンさんは言ってたけど、誰に頼んでるのか聞いときゃよかった。バラバラに探してもしょうがねえんじゃねえのかこれ」
「ヘレンさんって……あの特別な剣持ってた女の人?」
「なに?」
ランスァを見やる。ヘレンさんの腰にあったレイピアを思い出しながら。
「なんだっけ? ぐろーりーうぇぽん? っていうんだっけ?」
「ヘレンさんのレイピアがか? なんでそんなことがわかる」
「なんか……なんとなく」
今朝、ヘレンさんが宿を訪ねてきた時、たしかに俺も彼女のレイピアが少し気になってはいた。
どうして気になったのかはよくわからないが……。
「ねえ主様。この下はどうなってるの?」
ランスァは塔の下の方を指差している。
「あたしたち坂を登ってきたよね。ここは一階じゃないんでしょ?」
「祭壇の三階ぐらいかな。下にも塔は続いてる。けど下は安い魔石の刃魔しかいねえし、他には特に何もねえからあんまり冒険者はいかねえな」
低質な魔石収集なら祭壇でやってもいい。上質な魔石を求める奴は塔を登る。俺も塔の下部へはあまり行ったことはなかった。
「そのセルゲイロさんって人……ぐろーりーうぇぽんを持ってるんだっけ」
俺はうなずいた。
「じゃあ、強い?」
「手練れだとは聞いてるな。ベテランだよ。たしか刃の塔が出現したかなりはじめの頃からヤルバタヤにいたって聞いたような……」
「じゃあ……ひとりでもこの下へは行ける?」
ランスァは床を見ていた。その向こうに塔の下部を思い浮かべようとしているかのように。セルゲイロが下部へ向かったんじゃないかと考えているようだ。
行けるか行けないかで考えれば、セルゲイロの実力なら行ける気はする。会ったことはない男だが、ソロで長生きできるってことはそれなりの実力だということを表している。
「うーん、でもやっぱり行かないかな? 安い魔石はこの辺でも手に入るんでしょ? わざわざ下まで降りないよね」
俺は塔の入り口を眺め……、
「いや……そうだな、行ってみよう」
「でもその人強いんでしょ? 下には弱い刃魔しかいないなら負けちゃったりしないんじゃない」
「祭壇内でやられたんなら荷物ぐらい見つかるはずだ。しょっちゅう誰かがウロウロしてるしな。捜索を頼まれた他の奴らが下まで行ったかどうかはわからねえし……」
俺はランスァにうなずいてみせ、塔の入り口へ歩いた。
ダメでもともとだ。情けないことを考えるようだが、塔の下部に出現する刃魔程度ならランスァがいれば危険はない。
だが、そのランスァがついてこないことに気づいた。
振り返ってみると、ランスァは俺に背を向け、サークルから祭壇通路へつながるいくつかの出入り口の、ひとつを見ていた。そっちへ首を突き出して、じっと見ている様子だった。
「どうした?」
ランスァはしばらく通路の暗闇をジロジロ見たが、
「んーん。何かいるような気がしたんだけど……気のせいみたい。行こ、主様」
そう言って振り向き、俺より先に塔へと入っていった。




