第二話 グローリーウェポン
「ぢぐじょ〜あいづら〜! バカにじやがっでぇ〜!」
宿屋を飛び出してすぐ。
俺は酒場に飛び込んで飲んだくれていた。
俺の目の前ではカウンターの向こうで、スキンヘッドの酒場の亭主が木のコップを磨いている。仕事熱心なことだ。
その亭主が言った。
「にいさん……よく水で酔えるよな……」
「うるせぇ〜! 俺は今悲しみに酔ってるんだよぉ〜!」
亭主の言うとおり、俺が今掴んでいるジョッキの中身は煮沸してから冷ましただけのただの水。
「水もほどほどにしときなよ……あんまり飲みすぎてもバテるぞ。にいさんは刃魔狩りにきた傭兵だろ?」
亭主がそう言いながら、俺の後ろを指差した。
振り返ってみれば窓がある。外の景色の遠くには街を囲む高い壁が、三角屋根の民家の上に覗いている。
その壁の向こうに塔が見える。空気にやや霞んで見えるのはそれなりに距離があるからだ。それでも壁より高く見えるのは、凄まじく高い塔だってことを物語ってる。
刃の塔だった。
「残念なことに、あそこからやってくる化け物に対抗するにはこの国の兵士だけじゃ足りなかった。だから王様は各地から勇者をつのってる。にいさんもその傭兵の一人だろ?」
俺は視線を戻した。
「傭兵だなんて人聞きの悪い。冒険者って呼んでくれ」
「名前なんて何だっていい。とにかくひと仕事あるんだ、体力の管理はしっかりやんなきゃあ」
俺は鼻で笑った。
その仕事がなくなったのだ。たった今。
「俺は水が好きなんだ。水は俺を傷つけねえからな! うわーん!」
「だが溺れる奴だっているぜ……」
その時後ろで大きな物音と怒鳴り声がした。
振り返ってみると、革鎧を着たガラの悪そうなチンピラが二人、イカサマがどうのと喚いて掴み合いを始めたところだった。
「おい、外でやってくれ!」
亭主が叫んだ。チンピラのお友達らしき奴が二人をなだめて騒ぎはすぐ治った。
「……ったく」
「大変そうだな」
「ここ数年はずっとこんな調子だよ。刃の塔のせいでなぁ。ようへ……冒険者を集めたはいいが、血の気の多い奴ばっかり。街も年々治安が悪くなってく。もうウンザリだよ」
亭主はコップを棚に戻すと別のコップを取り拭き始め、
「けど、もうそろそろ終わりそうなんだろ?」
そう尋ねてきた。
「終わるって、何が?」
「刃の塔さ。優秀なパーティが最上部近くまで辿り着くのに成功したって聞いたぜ」
「…………」
「ここの酒場にきたことはねえが噂なら聞いてる。五人組だ。雷槍のディーン。緋刀のゴロゾ。冥杖のクィンティスタ。そして聖槌のシャーロ。もう一人の名前は何だったかな……何か印象薄くて……」
「…………」
「すごい奴らだって聞いてるぜ。全員がグローリーウェポン装備者だっていうじゃないか。知ってるだろ? グローリーウェポン」
「……ああ」
俺はジョッキの水を覗き込みながら返事をした。
「とにかくその五人が、近いうち刃魔王を討伐できるだろうってもっぱらの噂だぜ」
俺は水の代金の銅貨をカウンターに投げ置いた。
「四人だよ」
「え?」
「五人目なんていねえのさ。ご馳走さま」
酒場を出てからブラブラと歩いた。
街のこの辺りは木造の建物が多い。朝の光に照らされた通りには街の住人らしき通行人。それに、おのおの違うデザインの鎧や防具を身につけた、獣みたいな目つきの男女。冒険者が行き交っていた。
俺は足を動かしてはいたがどこへ行くかは決めてなかった。行くあてなんてない。無職なのだ。
「グローリーウェポン……か」
歩きながら独り言が漏れた。
グローリーウェポン。
精霊に祝福された鉄から作られた聖なる武器のことだ。
並みの武器とは違い属性付与魔法との相性がよく、単体でも頑丈で壊れにくい。剣なら斬れ味が落ちにくく、杖なら魔法の威力を上げてくれる。
いたれりつくせりの魔法の武器。この国に集まった冒険者の中でも持ってる奴は二十人もいなかったはず。
そのうちの四つは仲間……元、仲間が持っている。
俺は自分の腰にある十手に手を触れた。
これはそうじゃない。ただの親父の形見だ。
親父は南東の島の巫術剣士だった。
巫術剣士は文武両道を修め、自身の豪族が所有する領地を治める。
支配階層だった。だが親父はある時島を出て大陸へ向かった。大陸の女と契り、それで生まれたのが俺。ケイディス。
十手を革のケースから取り出した。鉤の部分に指を突っ込んでくるくる回して歩く。
親父はこれの使い方を俺に教えなかった。
いつも俺にこう言ってた。巫術剣士は武具の声を聴き届け、力を借り、人々を守る。武器を活かし、武器を殺す。その力をもって世を治める……責任を背負った者たち……。
『だがなケイディス。おまえは違う。おまえはいいのだ。おまえは自由に生きろ』
親父はそう言って俺に近接戦闘を教えなかった。
巫術の基礎もだ。教わったのは簡単な精霊魔法だけ。
十手を回すのをやめた。
まさかここへきて、親父の教育方針のせいで職に困るとは思わなかった。近接戦闘ができないせいでお払い箱とは困ったもんだ。
「ああまったく親父の言うとおりだよ。俺は自由だ。自由すぎて怖いね!」
ひとりごちてみたが……どうしよ?
いきなりの無職だ。どこかのパーティに混ぜてもらうか? 刃の塔に入り浸ってる冒険者の中には、最上部を目指さず魔石集めに精を出してる奴らもいる。売ればそこそこには稼ぎになるし、街や、この国の景気はそのせいで上向いてると聞いた。俺もそうすりゃ食うには困ら……。
「うっ!」
左目が疼いた。手で押さえて立ち止まった。周囲を見ると井戸がある。そばに置いてあった桶を覗き込んだら水が張ってあった。俺の顔が映ってる。
左目は蜘蛛の巣状のデザインの眼帯で覆ってある。それをめくって水に映してみた。
まぶたの中に、赤紫の石がガッツリはまり込んでいた。
三ヶ月間ずっとこの状態だ。
刃魔が撃ち込んできた魔石が、ずっとまぶたの中に入ったままなのだ。
医者に行っても、シャーロに魔力ブーストの付与を施してから治療魔法をやってもらってみても、この有様だ。
取れない。どうやっても無理だった。
「いってえ……でも血は出てねえな……」
どうしたもんか。仕事はなくして、体はガタガタ。
ちょうどそんなことを思った時だった。
後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、いきなり胸ぐらを掴まれ持ち上げられた。
俺を掴み上げてる奴は銀色のフルプレートメイルを着た、イノシシみたいな面のおっさん。
こいつ、見たことがある。『蒼き狼牙』とかいうクソだせえ名前の冒険者パーティがあるが、たしかそのリーダーだ。かたわらには出っ歯の小男がいる。こいつも知ってる。蒼き狼牙のメンバーだ。
「ちょ、何だよ……」
「貴様! ワシの剣をどこへやった!」
……はあ?
「ワシのグローリーウェポン、《蒼覇光剣》だ!」
……蒼覇光剣?
あ〜、聞いたことがあるな。この蒼き狼牙のリーダーがどこかから買ってきたとかいう剣で、グローリーウェポンの一振り。流れるような太刀筋を無意識に繰り出すことができるっていう強武器だって噂だ。
こいつら以前は『斬光の熊撃者』とかいうパーティ名だったが、その剣を手に入れてから蒼き云々に変えたと聞いた。まあ冒険者達の間じゃあ剣の能力が顔とキャラに合ってねえだろって陰口叩かれてたが……。
「剣が何だって?」
「どこへやったと聞いとるんだ! 貴様が盗んだんだろう!」
「はあ?」
何言っとんじゃこのおっさん。
「貴様、雷槍のディーンの仲間だろう! グローリーウェポンを四つも持っとるパーティだ!」
「だから何だよ……」
「前々からおかしいと思っとったのだ! 希少なグローリーウェポンがひとつのパーティにそれほど集まるなど……ワシなんぞ、あの蒼覇光剣を手にするまでにどれほど金を失ったか……」
おっさんは涙ぐんでいた。
にしても……俺が盗んだだぁ?
「おおかた貴様ら、盗んで集めたのだろう!」
「何言ってるんだよあんた……あのなあ、まず下ろせよ」
とんだ言いがかりだった。おっさんは俺を持ち上げたまましばらく唸ってたが、もう一度下ろせと言うとやっと地に足がついた。胸ぐらは相変わらず離してくれなかったが……。
「あのなあ、聞けよ。ディーン達がグローリーウェポン持ってるのは当たり前だよ。あいつがわざわざグローリーウェポンを持ってる奴だけ集めたんだから。そうやってできたパーティなんだ」
「ではパーティ結成前に盗んだのであろう!」
「知るかよ……結成前のことなんか聞かれたってわからねえよ。俺があいつらの仲間になったのは最後だったんだから……」
「なにぃ?」
「盗んだ盗んでねえなんて俺に聞いたってわからねえって。本人達に聞いてくれや」
盗んでないだなんて断言するつもりはなかった。
もともとよく知らない奴らなんだ。そしてもう……俺には関係のない奴ら。
「では、貴様もか?」
「……あん?」
おっさんは俺の腰……十手をじろじろ見ていた。
「いや、これは違うよ。普通の武器だ」
「では貴様のウェポンは? グローリーだけ集めたパーティと言ったろう」
答えにくいことを尋ねてくるもんだ。だが仕方なかった。疑われてる。答えることにした。
「……俺は補助屋だ。ディーンはグローリー持ちの補助屋を探してたけど見つからなかった。だから仕方なく俺を……」
「だから盗んだのか!」
「盗んでねーっつってんだろ! 俺はな、俺は……もうあいつらの仲間じゃねえし……」
「何?」
「……もうやめたんだよ! だから俺は盗んでねえ! んなもん持ってればやめる必要ないんだ! 疑うならあいつらに聞けったら!」
俺がそう言うと、おっさんはなおもじろじろと見てきた。俺の顔と、十手を、交互に見てくる。
そして何か納得したような顔をして言った。
「何だ、数合わせか! ガーッハッハッハ!」
「……何だと」
「そうだろうが、グローリー持ちが見つからなかったから仕方なく、であろう? だがグローリー持ちに並みの武器しか持たん奴がついていけるはずがない! 言うとおりだ、貴様ではなかったのだな!」
おっさんはどうも俺への疑いを解いたらしい。乱暴に突き飛ばすことで胸ぐらを離しやがった。
それから去り際にもう一度十手に目をやり、
「ふん、ち◯ぽみたいな形しくさって!」
そう吐き捨てると、出っ歯男と去っていった。
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