第十八話 シャーロの願い
「お、おいランスァ、やめろ!」
俺が叫んで腕を引くのと同時だった。
ゴロゾを呼ぶ女の声が聞こえた。
そちらを見ると、白いローブの少女が走ってくる。
元仲間のシャーロだった。
「あっ……」
シャーロは一度俺の顔を見て固まっていた。
ほんのちょっとの間だった。彼女は気をとりなおしたようにゴロゾを向いた。
「ゴロゾさん……探したんですよ。ディーンさんが呼んでます」
ゴロゾの目は相変わらずランスァに向けられている。
「あの……何をやってるんですか? ケイディス君も……」
シャーロがそう言うと、ゴロゾは鼻をふんと鳴らして、
「興が削がれたわ」
と右手を襟から突っ込んで肩をかく。
「小娘。命拾いしたのう」
ランスァが「そっちこそね」と返すと、ゴロゾは鼻で笑ってきびすを返し、遠巻きにしていた冒険者達を押しのけながら去っていった。
俺はランスァに声をかけゴロゾとは反対の方へ向かう。
うしろからシャーロが俺を呼び止めようとする声が聞こえたが無視して歩いた。
結構早足で歩いていたかもしれない。大通りから宿屋の方に続く小道に入った。けどそこで、シャーロはついに走って俺を追い抜き、前に立った。
「待ってったら!」
「なんだよ……」
シャーロはしばらくの間、俺の前に突っ立ったまま何も言わなかった。うつむいたり、スカートを手で握ったりとかしていたが、何も言わない。
だが俺が端によけてとおりすぎようとすると、道をふさいでくる。
仕方がないので立ち止まって眺めていると、やがてシャーロは意を決したようにこう言った。
「あ、あのっ……このあいだはごめんなさい!」
横目でランスァを見てみた。あいつはちょうちょを目で追っているようだった。
視線を戻す。
「なにが」
「あの……パーティーのこと……」
「終わったことだよ」
「でも……!」
さっさと宿へ戻りたかったが、シャーロが通せんぼしているので通れない。
「ねえ、もう一度ディーンさんと話し合ってみよう? あの人だってちょっとカッとなっただけで……」
「カッとなったからってクビはねえだろ」
「ねえ聞いて。本当のところを言うと今の私達、あんまりうまくいってないの……」
「はあ?」
「……あれからもう一度刃の塔の最上部を目指そうとはしたんだけど……」
シャーロはうつむいた。
「どうしてだよ」
「だって、ケイディス君がいないから……」
俺の補助魔法のサポートがないから、上まで行けないってことだろうか。
「それで?」
「それで……あの、私……ケイディス君に戻ってきてほしいの!」
「虫のいい話だよな」
「えっ……」
「だってそうだろ? あの時はてめえの都合で追い出しておいて、いざやってみたらうまくいきませんでした、だから戻ってきてほしい? 知るかよ。そっちの問題だろ」
「あ、あの……」
「さっきのゴロゾだって俺に戻ってきてほしそうには見えなかったぜ。俺が邪魔だと思ってたんだろ? じゃあ上へ行けねえのはたぶん俺のせいじゃないさ」
「そ、そんなことない! 私はケイディス君のこと邪魔だなんて……! それに、だいたいゴロゾさんは……」
シャーロはそこで言葉を切って黙り込んだ。
何も言わないから俺から尋ねることになった。
「ゴロゾがどうした?」
「……さっき……試し斬り、してたんでしょ……?」
「ああ。相変わらずすごい斬れ味だったよ」
「……ここのところいつもそう。ああいうことしてる。ケイディス君が追い出される少し前からだけど……ケイディス君は知ってた?」
以前までのことを思い出してみる。
考えてみると俺はそれほどゴロゾと格別親しいというわけでもなかったし、塔へ行かない日の時はお互い干渉しなかった。
だからあいつが試斬にいそしんでるということも知らなかったな。前からそうだったんだろうか。
俺はシャーロに対して首を横に振ってみせた。
「あんな……亡くなった人をもてあそぶようなひどいこと……もっと前はそんな人じゃなかったような気がするの……」
「人は変わるさ。もしくは前からそうだったのかもしれねえ。俺達が知らなかっただけでもともとそういう趣味があって、最近再開したのかも」
すると今度はシャーロが首を振った。
「あんなの八つ当たりよ。塔の攻略が思わしくないからって。最近みんなそうなの。みんな、どこかギスギスして……」
たしかに塔の最上部に到達した三ヶ月前からそんな雰囲気はあったような気がする。
けど攻略が難しくなったのは、俺が十分な働きができなくなったからじゃないだろうかという思いが頭をよぎった。
シャーロが言った。
「ねえケイディス君、お願い。戻ってきてよ。私も一緒にディーンさんに話すから……」
シャーロの表情が悲しげなものになった。
俺がもう一度首を横に振ったからだ。
「戻ってどうなる? 塔の攻略が難しくなったのは俺がいた頃からそうだったろ。みんなそれを俺のせいにしてた。ディーンもゴロゾも、クィンティスタも」
「そ、それは……私は違う……」
「戻ったところで同じだよ。やっぱりギスギスするだけだ。ごめんだね」
「で、でも」
「ディーンは俺抜きでもできるって判断したんだろ? じゃあきっとできるんだろうさ。俺に頼らずがんばってくれ」
シャーロのそばをすり抜けたが、彼女は呆気にとられてでもいたのか今度は止められなかった。
後ろからランスァもついてきているようだ。俺はそのまま立ち去ろうかと思ったが……一度振り向いた。
「その……ありがとよ。気を使ってくれて。戻る気はねえけど……シャーロの気持ちだけは受け取っておくよ」
シャーロは立ちすくんで俺を見つめていた。
それ以上なんと言えばいいのかわからなかったので、今度こそ立ち去ることにした。
宿へ向かって歩いていると、隣りを歩くランスァがふいに言った。
「主様は優しいんだね」
「なにがだ」
「戻らなくてよかったの?」
「冗談じゃねえ。俺のおかげで最上部まで行けたってのに、ちょっと使えなくなったからってお払い箱にするような薄情な奴らだ。戻ってたまるか」
「じゃああの子にも、あっち行けバーカって言えばよかったのに」
俺はランスァを見やった。向こうも大きな瞳でこちらを見ている。
特になにも言い返さなかった。他の奴らはともかく、俺は別にシャーロに対しては悪く思ってなんかいない。クビになった時はたしかにかばってくれなかったが、まあおとなしい子だし言い出しづらかったんだろうと思う。
それにああして呼び戻しにきてはくれたわけだし。
「これからどうするの?」
ランスァはそうも言った。
「これからってなんだよ」
「だからこれからだよ。塔の最上部を目指すの? あたし達だけでもできるんだぞーって見せつけて、あの子達をギャフンと言わせちゃう?」
「そんなこと興味ねえ。もう他人だ。関係ねえ」
「じゃあなにするの?」
俺は立ち止まった。
ランスァもだった。
「主様は塔の最上部へ行って、刃魔の王様を倒すのが目的だったんじゃないの?」
「まあ……最初はな」
「それはやらないの?」
「……俺には無理だ」
「そもそもどうして主様は、刃魔の王様をやっつけようって思ったの」
なにが言いたいんだろうか。
刃魔は突然この地に現れた災厄で、その刃魔から周辺の住民を守るために冒険者は集められた。
たしかに俺もそのうちの一人だ。
たしかに塔の最上部まで行って、刃魔王の首を獲らなければ解決しない問題。
俺は言った。
「ディーンに誘われただけだ。ディーンが仲間を探してて、俺がその探してる男だった」
「だから刃魔の王様を?」
「ああ。けどもう違う。俺はもうディーンが探してた男じゃなくなった。もう塔なんて俺には関係ねえ」
ランスァは、「ふぅーん」と応えた。
「……ま、あたしは剣だからね。持ち主の主様がどうしようとなんでもいいけどね。したいようにしたらいいと思うよ」
それを聞いてから俺は歩き出す。ランスァも後ろをついてくる。
ただ、彼女は呟くようにこうも言った。
「主様は優しいよね」
それはさっきも聞いた言葉だ。
「でもね。切る時はスパッと思い切って切ったほうがいいんだよね。他人も、自分も」
宿はもうすぐそこだった。




