第十七話 試斬
よく見ると台の上や、あるいは台の下にも、死体がいくつか転がっていた。
積み上げられた七体の死体以外は、あまり言いたくはないが損壊している。
刃物でブッ叩かれたような無惨な傷だらけで、あれやこれやの内容物も台の周囲にまあ散らばっていた。ひどい匂いもする。
そういう匂いの充満する中、何人かの冒険者が抜き身の剣を持って台の周りに立っている。剣はみな一様に、血で黒く汚れていた。
ゴロゾもそこにいるのだが、冒険者の一人が奴に話しかけていた。
「ゴロゾさんよぉ。ほんとにイケるのかい? 七体だぜ?」
そいつは台の上の死体を指差す。
ゴロゾは低く答えた。
「無論」
「しかし、いくらグローリーウェポンったって……なぁ?」
冒険者は周囲の他の男達の顔を見回す。そいつらも同意なのか、無言でうなずいている。
「俺らの剣じゃあ三体斬るのでやっとなんだぜ? それを七体って……」
そのやり取りを見ていると、ランスァが俺の服の袖を引いた。
「ねね。あれ何やってるの?」
「ああ……たぶん試斬だ」
「しざんー?」
「死体で剣の斬れ味を試してるのさ。処刑された罪人の死体を金で売ってもらって、ああやって斬って試すんだ」
俺は台に転がる死体を指す。
たいていは絞首刑の死体が使われるから五体揃ってることが多いが、台の上には断頭刑に処された罪人もいたようだ。積まれた七体のうちには首のない死体もある。
「趣味が悪いぜ……」
俺はそう呟いた。
「主様、ああいうの嫌い?」
「当たり前だ。いくら罪人とはいえもう罪は償われた。それを魂がなくなったからって死体を晒しものにしたあげくオモチャみてえに……」
血の気が多く育ちも悪い冒険者の中には、暇つぶしにああいう振る舞いをする奴らもいる。ハシラルの国では地域によっては禁止されてるところもあるが、少なくともこの町ではそうじゃない。罪人の死体でも売れるものは何でも売りたいらしかった。
「あの人知り合い?」
「あれが前の仲間だよ。もう行こうぜ」
ツラ見たくなかったからこっちの方へ来たのに、まさかこんなところにいるとは思わなかった。
俺は立ち去ろうとしたのだが、ランスァが動かない。じっとゴロゾを見ている。
そんなランスァの視線の先で、まだ冒険者とゴロゾが喋っていた。
「そんなん無理だ!」
「できっこねえよ!」
七体斬るのは不可能だと疑っているのだろう。
まあ普通はそうだろう。
普通の剣と、普通の腕なら。
ゴロゾが言った。
「うぬらのなまくらなら無理であろうな」
冒険者達がムッとした顔になった。ゴロゾはそれを無視し観衆を向き、
「やあやあお歴々の方々! これなる七つ胴、見事斬ってご覧にいれる! 拙者の愛刀『火切り』の斬れ味、とくとご覧じろ!」
叫ぶやいなやゴロゾは背中の太刀を抜いて跳び上がった。
そして大上段に振りかぶり、死体めがけて縦に一閃。
観衆から悲鳴にも似た歓声が沸きおこった。
ゴロゾの太刀は死後硬直しているはずの七つの死体を、少しも停滞することなく寸断。そればかりか下の台まで真っ二つに斬り割って、切っ先が土にめり込んでいた。
「わあ、すげえ!」
「さすがはグローリーウェポンだ!」
口々に褒めそやす冒険者に対し、そばに置いてある桶からコップで水を汲みつつ、
「ふん。腕前よ、腕前」
とゴロゾは言いつつ刀身を洗い流す。
こんなことなんでもないよみたいなふりしてるが、顔の方は若干得意げなのを俺は見逃さなかった。あいつああいうところある。
ふと、そんなゴロゾがこっちを見た。
やべ。見つかった。
ゴロゾは左腕の肘を曲げて太刀の峰を挟み、服の袖で水をぬぐう。そしてこれ見よがしに頭上でくるりと回してから鞘に納める。その鮮やかな姿にも歓声があがる。
ゴロゾがこちらへ歩いてきた。なんかニヤニヤした顔で。
「これはこれは巫術剣士のケイディス殿ではないか……どうしたのだこのようなところで?」
「いやあ、別に。散歩だよ……」
「そうかそうか。てっきり拙者、貴殿が新たな仲間を求めてウロついておるのかと思ったが」
嫌味な野郎だ。めんどくさいから黙っていると、ゴロゾは鼻をふんと鳴らし、
「ま、うぬのような者と組みたいと思う者など見つからぬだろうがな。魔法もろくに使わぬ怠け者のうぬなどと」
口の端を歪めて笑った。
言い返すのも面倒だ。俺はランスァの腕を掴んで立ち去ろうとした。
だがそのランスァが、腕にしがみついてゴロゾを睨んだ。
「仲間ならもういるもん! あたしだよ!」
背の高いゴロゾはランスァを見下ろししばらく目をパチクリさせていたが……さらにランスァを上から下までジロジロ眺め回す。特にくびれた腰の辺りを舐め回すように。
「仲間? うぬが?」
「そうだよ! さっきも二人で刃の塔にいってきたんだよ」
「……武器を持っておらぬように見えるが」
いやらしい目的で見ていたわけではなかったらしい。たしかにランスァは武器の類いを手に持ってないし、剣などを腰に吊っているわけでもない。
次にゴロゾは俺を睨むような横目で見つつ、
「……おぬし、騙されとるんじゃないのかこの男に」
「どーいう意味?」
「いやぁ……おぬしになにかいかがわしいことをする目的で、仲間にしてやるとかなんとかいって近づいてきおったのでは……」
ゴロゾの中で俺という人物はどんな風に解釈されてるんだろうか。
「うーん……まあたしかに裾をめくられはしたかな?」
「やはり……!」
二人共やめてくれ。周囲の観衆の中にこっちを見てる奴らもいるんだぞ。心なしか白い目で見られてるような気がするんだが。
「いやまあそれはそれとしてね! 主様にはちゃんとあたしっていう仲間がいるの! 意地悪な言い方するのやめて!」
「そやつろくに働かんぞ」
「そんなことありませーん! さっきだって主様はちゃんと魔法であたしを助けてくれたもん」
今度はゴロゾははっきり俺を見た。
「……ほう。では我らと一緒の時はやはり手を抜いておったということだなぁ? 最近はお得意の補助魔法も鳴りを潜めておったくせにのう?」
俺は精一杯の嫌味として肩をすくめてみせた。
ただ、たしかに自分でも不思議だと思った。
以前ゴロゾたちと組んでいた時は、日に二度、ひどい時は一度魔法を使っただけで疲労困憊になっていたはずだった。
だがパーティをクビになってから、ランスァを人間にしたり、ランスァに補助したりするために魔法を使っても、少しも疲れなかった。
今ゴロゾに言われるまで、疲れてなさすぎて違和感を覚えていなかったが、たしかに妙だった。
ゴロゾはそんな俺をよそにランスァに向き直る。
「いずれにせよだ。その男はやめておいた方がよい」
「どうしてよ」
「そやつは己の役目を果たさぬし、武器術にも秀でておるわけでもない。組んだところで足を引っ張られるぞ。それに第一……」
奴は今度は俺の腰に目をやり、
「グローリーウェポンを持たぬ。ち〇ぽのごとき得物しか持たぬ痴れ者よ」
またか。
どいつもこいつも親父の形見をバカにしてくれるもんだ。
けど言い争っても仕方がない。俺はもう一度ランスァの腕を引いたが……。
「あんたのよりマシだよ」
彼女はそう言った。
「……いかなる意味か」
「主様のち〇ぽはあんたのち〇ぽより立派なち〇ぽって意味だよ!!!」
周囲の人々が一斉にこちらを向いた。
ゴロゾはそんな周囲を何度もチラ見しつつ、
「……なんじゃと。いやそんなことござらぬ」
「いーやそうだもん! あんたがたいしたことないのは見ればわかるもんね! もう勘でわかるよね!」
周囲がザワつく。
ゴロゾのチラ見が激しくなる。
だがランスァは次にこう言った。
「だってそうでしょ? あんたが主様のことバカにできる? 自分のグローリーウェポンを自慢してるみたいだけど、今みたいな安っぽい曲芸で満足してるようなあんたがさ?」
ゴロゾがチラ見をやめた。
ひたとランスァを見据える。
「……なに?」
「あんたの刀はまあまあだね。主様のには劣るかもだけど。でもあんたのテクは微妙かな」
周囲の囁き声が俺の耳に入ってきた。あらやだ、テクですってよ、刀ってなんだ? 下の刀のことだろ、ああ隠語か、きっとそうだよ、あの片目の男そんなに夜のテクが優れてるのか。
だがゴロゾはそんな声の方は聞こえていないのかランスァだけを睨みつけている。
「今なんと申した……我が腕が微妙、とな……?」
「そうだよ。子供騙し。お話にならないかな。あたしの方が上」
「なに……!」
ゴロゾの表情がいよいよ険しくなっていく。
対称的にランスァは冷たい薄笑い。
「おぬし、剣士か」
「まあね」
「なにをもって拙者の腕を子供騙しと……!」
ランスァは挑発的な……歪んだ笑みで答える。
「だってさぁ……死体は切り返してこないでしょぉ……?」
俺は気づいた。
ランスァの右の袖から、蒼覇光剣の切っ先がちょっとのぞいている。
「動かない相手としか戦えないんだもんねえ……?」
俺は口を挟んだ。
「ランスァやめろ。そんなわけねえだろ、ゴロゾの腕は……」
「女! うぬは剣士と申したな! ではうぬの腕の方はいかほどと言うのか! うぬの剣の技前、斬れ味は!」
「知りたい? でもあたしは止まってるものはあんまり斬りたくないんだよね」
「ではいかにすると……」
「いるじゃん……目の前に。動ける試し斬り材料がさ……?」
ゴロゾの目がキラリと光った。
ランスァの目の前の試し斬り材料といったら、ゴロゾしかいない。
ランスァは明らかにゴロゾを挑発していた。
なんのためにそんなことをと最初は思っていたが……こいつ斬る気だ。
普段から斬りたい斬りたいとうるさかったが、まさかそのためにゴロゾに喧嘩を売るとは誤算だった。
ゴロゾの顔から険しさが消え、無表情となった。
右手はダラリと無造作にぶら下がっている。
こいつが刀を抜く時によくやる構え。
周囲の奴らも異変に気づいたか俺たちを遠巻きにし始めた。
二人の剣気が膨れ上がっていく。




