第十六話 アップルパイを食べよう!
当のランスァ本人は、頬を膨らませたままマンティスホースの魔石を掘り出している。
三つだ。それを拾って俺に差し出してくる。
「あ……ありがとよ。その、悪かった」
「んー、もういいけど。だいたいね……」
「な、なに」
「そんなに見たいんだったら、見たいって言ってくれれば見せてあげてもいいのになー……?」
ランスァはいたずらっぽい笑みを浮かべ、上目遣いに見てきた。
「……見たい?」
「あっあの、いやいいです」
「えーなんでー⁉︎ さっきはどさくさにまぎれて見ようとしてたんじゃないのー⁉︎」
「けしてどさくさにまぎれていたわけでは……いやもう行こうぜ! マンティスホースの魔石まで手に入ったならこりゃ収穫だわ!」
俺もと来た通路へ小走りに逃げる。
「あー! 待ってよ主様ー!」
背中にランスァの声を聞きつつ、俺はちょっと落ち込んでいた。
さっきのランスァ、スカートがめくれたことに気を取られてマンティスホースへの注意が途切れたのだ。あいつが凄腕だからなんとかなったものの、それが他の冒険者だったとしたら?
ふと。隣りをランスァが並んで歩いているのに気づいた。こっちの顔を覗き込んでいる。
「どしたの主様? 悲しそーな顔して」
「……さっきは本当に悪かった。わざとやってるわけじゃねえんだ。でもおまえを危険にさらした」
「危険? そうだっけ?」
「気を散らしたよ」
そんなことだから俺はクビになったんだろう。そりゃそうだ。俺がディーンの立場でもそうするだろう。
まったく俺って奴は本当に……。
「いやそれスカート履いてる子に掛けるからそうなるんじゃないの?」
「えっ‼︎ いやそうだけど」
「こういうところにスカート履いてくる方がおかしいんじゃないの?」
「言われてみればそうだけど正論の暴力やめえや」
いやまあたしかに元仲間のシャーロはスカートでしたけども。バッサリ斬るなあこの子は。
「それにさ」
「なに」
「あたし、主様の風魔法があったから反対向いたんだよ?」
大きな瞳がまた俺を覗き込んでいる。
「風の流れが、後ろがどうなってるか教えてくれたんだよ。だから見てなくていっかなーって」
「風の流れ?」
「うん。なんかこう、わかるの」
……そう言えば俺は自分に付与魔法掛けたことないから、掛けられた人間がどういう感覚でいるのか考えたことがあまりなかったな。文句は出ないからこれでいいんだろと漠然と考えてたが。風の付与魔法ってそんな効果もあったのか。
「だから落ち込まない落ち込まない!」
ランスァはそう言うと、俺の左腕にしがみついてきた。
まあそう言われると……ちょっとは元気出るかな。
俺は肩にぶら下げた魔石入りのバッグを揺すって掛けなおし、
「……ありがとよ」
そう言って祭壇の出口へ歩く。
それはそうと、左腕の感触がたいへん柔らかいと思った。
俺たちはそれから、結局町へ戻った。
これ以上魔石を集めても重くなり運べないというのもあるし、ランスァも大物を仕留めて欲求不満が解消されたのか上機嫌だったので、そうしたのだ。
ヤルバタヤの冒険者キャンプと呼ばれる町の一画へ行き、交換所で魔石を金に変える。魔石だけじゃなく、ツノネズミのダガーとマンティスホースの鎌も売った。
交換所を出たのは昼を少し過ぎた頃。
これからどうするか考えた。
「よっしゃランスァ。いっちょアップルパイでも食いに行くか」
「なぁに? アップルパイって」
「リンゴをパイにして……まあいいや、食ってみりゃわかるよ。行こうぜ」
俺達は二人で市へ繰り出した。
もう昼を過ぎているからろくなものが残っていないんじゃないかと思ったが、出店のパン屋にはちょうどよくふたつ、アップルパイが残っていた。
店主に金を払い購入。ひとつをランスァに手渡す。
「普段はこんなもんあんまり食べねえんだけどな。今日はランスァがよく働いてくれたから。食ってみろよ」
彼女は円形のアップルパイを回したりして、しげしげと眺めていた。そして勢いよくかぶりつき、
「うッッッ! おいしーーーーーーい!!!」
市中に響き渡りそうな声で叫んだ。
「なにこれ⁉︎ 神⁉︎ えっこの人が作ったの? さては神⁉︎」
ランスァは出店の店主を指差しつつ大興奮の様子だった。気に入ったらしい。俺は店主に礼を言って歩き出す。
二人でパイを食べながら、市から大通りの方へ歩いた。
「ねーねー主様。これからはどうするの?」
「今日はもうすることねえな。宿に帰って……」
「そうじゃなくて。明日とかあさっても含めて」
俺はパイをパクつくランスァの顔を見る。
「明日?」
「うん。あの刃の塔の上へ行くの?」
「上に行けば行くほど、強い刃魔が出てくるぜ。今日のマンティスホースの比じゃねえのがな」
「楽しみー!」
「二人じゃ無理だよ……」
「ええー!」
「それにな」
目をパチクリさせるランスァ。俺は前方に視線を移して言った。
「もう上になんか興味ねえ」
上部に行けば強力な刃魔が出てくる。相手取るにはこちらも優秀なメンバーが必要だ。
ディーン達がそうだった。俺のパーティだ。けどあいつらは、最上部到達に貢献した俺をあっさりクビにしやがった。
二人じゃ頭数が足りないというのももちろんある。だが俺は、もう最上部を目指す気力が自分の中から失われたような気がしていた。
「うーん、じゃあ新しい人を仲間にするとか?」
唐突にランスァが口を開いた。
「新しい人?」
「うん! 強い人をさ」
「強い奴はもう自分のパーティがあるもんだよ。金の取り分とかもあるから、たいていメンツはギリギリさ。こっちに来てくれることもねえし、俺達を混ぜてくれるとも思えねえ」
「じゃあ……作っちゃえば!」
「作る?」
「そう! 主様の不思議な魔法で、武器を人間にするの、あたしみたいに」
ちょっと考えてみる。
まあたしかにそんな方法も、今の俺にはあるかもしれない。
たとえば武器屋から何本か剣を買ってきて、片っ端から左目の魔法をかけ……。
「ダメだな。蒼い狼牙のおっさんの剣に魔法掛けたら、ゴブリンにしかならなかったぜ」
「ダメ?」
「最上部ともなるとあの程度何匹集めても数のうちには入らねえかな」
「じゃあグローリーウェポンなら?」
「もう所有者がいるよ」
「奪っちゃうとか!」
俺は立ち止まった。ランスァもそうした。彼女の顔を見やる。
「……まさかおまえ」
「なぁに」
「所有者をブッた斬って盗もうって気じゃあ……」
「うんまあついでに斬れたらいっかなーって……」
「却下だ」
「えー!」
さすがに雑すぎる。俺は再び歩き出そうとした。
すると、前の方で歓声のようなものがあがっていた。
大通りの中央広場だ。そこに大勢の人だかりができていて騒いでいる。
なにかと思い人の列をすり抜け、向こうを見てみた。
中央広場に台が設置されていて、そこに裸の男が七人乗っている。
立って乗っているわけじゃない。寝そべっているが、台の床に寝ているのはひとりだけ。
寝そべった状態で積み上げられているのだ。よく見ると生きた人間ではなく、死体のようだ。
台の側には鞘に納まった長い曲刀を持った長身の男。
元パーティメンバーの、ゴロゾだった。




