第十五話 刃魔馬現る!
「げえっ……マンティスホースだ……」
三本のカマキリの腕のような形の頭を持つ刃魔馬、マンティスホース。
そいつはその頭をしっかりこっちへ向けて、足で床をかいている。
「なんであんなもんが祭壇に……⁉︎」
「どうかしたの?」
ランスァに尋ねられはしたが、どう答えようか迷った。
マンティスホースは本来祭壇中央部、刃の塔の入り口付近に生息する中級の刃魔だ。
俺達はそこまで深く踏み込んではいない。
だがそんなことを話す余裕はないように思えた。なぜなら奴の頭はこちらに向いている。見ているのだ、俺達を。
俺は言った。
「ネズミとは比べものにならねえ化け物だ。新米冒険者なら挽き肉にされる……」
「強い?」
「ああ。あれを倒すには最低五人は必要だ。行こう……」
俺はランスァの袖を引き、部屋から通路へ後ずさりする。
二人じゃ勝ち目がない。ここは刺激しないようにしつつ撤退だ。
「斬らないの?」
「あのデカさ見ろよ。無理だ」
「そうかなー? たいしたことなさそうに見えるけど……?」
引っ張っているがランスァはなかなか動こうとしなかった。マンティスホースをしげしげと眺めている。
「おい、早く行こうぜ。ほっとけ」
「うーん、でも……」
ランスァの横顔。口の端を釣り上げつつ、
「向こうはやる気まんまんだよ?」
言った瞬間マンティスホースが突っ込んできた。
「やべえ、逃げるぞ!」
ランスァの袖を引く。だが乱暴に振り払われた。
「おい!」
「一本道でどうやって逃げるの? 向こうの方が足が速いよっ!」
袖から剣を振り出し立ちはだかったランスァ。
そんなことはわかっている。俺は魔法を使うつもりだった。
俺の魔法の中には、敵の重さを何倍にもして足を鈍らせる、そういうものもある。
ただ詠唱に少し時間を食われるし、第一動く的に当てるのは難しい。だから一本道に誘い込みたかった。
だがもう間に合わない。伝える時間もない。マンティスホースはもう目と鼻の先、ランスァは嬉々として正面から突っ込み……彼女の蒼光と、繰り出されたマンティスの鎌の残像が交錯した。
「わっ⁉︎」
ランスァは左上へと横回転しながら跳んだ。
避けたのだ。よく見えなかったのであまり自信はないが、ランスァはマンティスの二つの鎌までは剣で凌いだが、三本目の攻撃は跳んで躱さざるを得なかったらしい。
「手強い〜!」
「そりゃそうだ、だから逃げようっつってるだろ!」
「でもそのぶん斬り甲斐があるー! 体も大きいし!」
再び突っ込んでいくランスァ。だめだありゃ。
マンティスの三つの鎌とランスァの蒼覇光剣が斬り結ぶ音。石造りの部屋に連続的に響く。削れた鉄の火花が部屋を照らす。
仕方がねえ。
俺は十手を引き抜き、それを顔の前で真っ直ぐに立てる。
「主様、何やってるのー?」
「よそ見するな! 魔法を使う! 馬の気を引いててくれ!」
精神を集中。詠唱を開始。
石の壁に反響する剣戟の音が耳に痛いし、火花の光の明滅もチラチラうざったかったが、それなりに気力と魔力を練る。
高まった魔力は俺の体から十手へと伝わっていく。
そして……出るッ!
「喝!!!」
俺は十手をランスァへと向けた。
十手の先から薄緑色の靄のような風がランスァへと向かう。
風の付与魔法だ。
マンティスホースの面倒なところは、三本の鎌がそれぞれ別個に動くところ。ランスァもそれで手こずっている。
だがあいつの剣技はマンティスに遅れを取ってはいない。では風の付与によりスピードを上げてやれば……!
「いや〜ん!」
ランスァの衣服は、両サイドに深くスリットの入ったロングスカート。こちらに背を向けていた彼女の、後ろのスカートがめくれ上がった。
「おっと、失礼……」
「主様、何やってるのっ!」
ランスァがこちらを振り返った。
こりゃまずい! あいつ完全にマンティスホースに背中を向けた。怒るのはわかるが……!
「おい、後ろッ!」
顔を赤らめたランスァの背後から、マンティスが鎌をもたげるのが見えた。
しかしランスァは、振り向きもせず背後を一閃した。
三本の鎌の頭はごっそりと刈られ宙を舞った。どうと音を立てて倒れる馬の胴体。
即死だった。
「もーっ! 主様の変態っ!」
「いや、ほんと、マジ悪い。そそそんなつもりじゃ……」
頬を膨らませて怒るランスァに平謝りしつつ、マンティスホースを見下ろした。
まああっさりとしたものだ。
普通マンティスホースを相手にする時は、三人の冒険者が鎌を引きつけている間、残り二人が攻撃を加えるのがセオリーだ。
だがランスァは一人で引きつけたまま俺に詠唱の時間を作っていた。予想以上の腕前だった。これほどあっさり仕留められたのも風魔法が効いたからだろうが、ここまで効果が出るとは。




