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第十二話 隣に並んで


 おっさんをはじめとした蒼い狼牙のメンバーが、俺の前でひれ伏していた。


 俺は空き地に放置されていた箱に座ってそれを眺める。

 蒼覇光剣も同じ箱の、俺の左側の辺に腰掛けている。盗っ人は右の少し離れた所に立っていた。


「参った! 勘弁してくれ! ワシらの武器を元に戻してくれぇ!」


 ひれ伏したままのおっさんが泣き声でそう言った。

 見れば周囲に、頭から剣の生えたゴブリンが一匹、それから狼牙十五人分の堀棒。生えた羽根で滞空している。ボーラの蛇はまだ数人を縛りつけたままだった。


 俺はそれを無言で睨みつつ黙っていたが、


「あのぅ……おにいさん、ちょっといいかな?」


 盗っ人が言った。


「まずは助けてくれたことに礼を言わせてくれ。ありがとう。それでなんだが……」


 奴は俺の隣りに座っている蒼覇光剣を見た。


「えっと……どうするんだろう? その子が蒼覇光剣ってわけだよな? おにいさんの魔法で人間になった。それで、その……返してもらえない……のかな?」


 盗っ人は明らかに俺達から距離を取っていた。

 俺と盗っ人はそもそもあんまりよく知らない間柄だ。俺は奴に一度は命を狙われたし、奴は盗賊ギルドの仕事で蒼覇光剣を取り戻したい。


 だが十五人もの敵の武器をあっさり奪い制圧したのを目の当たりにしたのだ。肝心の蒼覇光剣は強いし、俺のもとから離れたがらない。

 奴はちょっとビビってるのかもしれなかった。

 俺は言った。


「あのさ、盗っ人さんよ」


「な、何だい」


「おまえはギルドから依頼を受けて蒼覇光剣を、おっさんから盗み出したんだったよな」


「あ、ああ」


「で、もともと剣の持ち主だった貴族に買い戻してもらって、その金でおっさんたちの詐欺被害にあった商人たちに弁償をする、と……」


 盗っ人はうなずいた。

 だから盗っ人としては蒼覇光剣を何としても俺に返して欲しいんだろうけど……俺はその剣を振り返った。


「やだーっ! 帰らないもんっ!」


 蒼覇光剣は箱の上にドタバタと上がり、俺の背中に抱きついた。


「あんな所やだ! ずーっと倉庫の中にいるだけなんだよ⁉︎ つまんないよー! しかもまわりはなんか、壺とか絵とか、なんかそんなんばっかりで……」


「見えてたのか?」


「見えないけどわかるの! なんかこう、お高くとまった、アタクシお高貴な身分なのよみたいな、あいつらのオーラが!」


「お高くとまってるのか。貴族みたいに感じが悪いと」


「もうあの、虫を殺しただけで悲鳴をあげそうなお上品で軟弱な奴ら! 住む世界が違うよね!」


 そっちかよ。

 ただ何にせよ、その貴族も蒼覇光剣の持て余した欲望を満足させられるような男ではなかったらしい。

 そして俺を抱きしめる腕の力からして、蒼覇光剣の絶対帰らないという決意は固いようだ。背中に当たっている膨らみは柔らかいが。


「わかったわかった……戻らなくていいから……」


「ほんとっ⁉︎」


「えっ‼︎ ちょっとおにいさんそりゃ困るよ!」


 俺は盗っ人を手で制すと、


「つまりだな、金を返せば被害者も納得するし、盗賊ギルドやおまえの顔も立つ。そういうことだろ?」


「まあ、そうだけど……でもその金は?」


 俺は狼牙達を指差した。


「当然こいつらが返すんだよ」


 ひれ伏していたおっさんが弾かれたように顔を上げた。


「えっ……ワシ金貨五十枚なんて今持っとらん……」


「だから働いて返せや」


 すると、盗っ人が口を挟んできた。


「ちょっと待ってくれ。それ返す金ができるまでどのぐらい時間かかるんだ? 五十枚だぞ……被害者だって今すぐ補償してほしいだろうし」


 俺は蒼覇光剣に腕を解いてもらい、膝に肘を置いて前かがみとなっておっさんを覗き込む。


「おっさん……」


「な、なんじゃ……」


「この町に……貸金屋があるの、知ってるよね?」


 にっこり笑って言うと、おっさんの顔が蒼白となった。


 貸金屋。借金させてくれる金貸しだ。この国にはそういう仕事もあるが、特に今このヤルバタヤの町では金貸しが増えている。


「冒険者が装備を揃える支度金。それを用立てることで利子で儲けたい貸金屋が町に集まってる。今さら説明するまでもないかな?」


「あ、あの……」


「借りてこいよ。金貨五十枚。それで返せ」

 

「えっ!!!!!」


 俺は宙を飛んでいる堀棒虫に目をやった。

 俺が指をくるくる回すと、堀棒虫もそれに合わせ飛び回る。

 どうやら俺の言うことがわかるようだ。しかも忠実に従ってくれる。


 俺は言った。


「なんか不満があるのか? じゃあここで死んでもらうしかないな……おまえら自身の武器で」


 頭に剣のゴブリンが吠えた。

 盗っ人も言った。


「それは困るなぁ。こちらも弁償金を回収できないよ」


「そういうことだ、おっさん。おまえが首を縦に振れば、被害者の商人は商売を立て直せるし、貴族は蒼覇光剣を売った金を返さなくていいし……」


 盗っ人と蒼覇光剣の顔を見比べながら、


「あいつはギルドに怒られなくて済むし、こいつは自由になる。おまえらは罪が帳消しになり、良心も痛まない。みんなが幸せになる」


 おっさんの顔を覗き込んだ。奴は涙目で震えている。

 駄目押しにもう一喝。


「どうするんだッ!!! 早く決めろッ!!!」







 空き地で騒動があったのは昼前ぐらいだったが、今はすっかり夕暮れとなっていた。


 ヤルバタヤの町外れ。俺と蒼覇光剣は盗っ人と向かい合っていた。


「おにいさんありがとう。途中は何か妙な感じになっちまったが、でもあんたのおかげで全部上手くいったよ」


 盗っ人は革袋をじゃらじゃら揺らしながらそう言った。


 あれから俺達は蒼い狼牙の奴らを貸金屋まで連行し、俺たちの目の前で金貨五十枚の借り入れをさせ、その金を受け取ったあと狼牙はケツを蹴り飛ばして追い払った。


 奴らの武器に掛けた魔法はそのままほったらかしてきた。

 どうなったのかは知らないが、蒼覇光剣が言うには俺と距離が離れると元の武器に戻るそうだしそれでいいと思った。戻った武器を手に仕返しに来たとしても、また怪しい生き物に変えてやるだけの話だ。


 ともかくそうして俺と蒼覇光剣は、盗っ人を見送りにここまで来たのだった。


「おにいさんは冒険者か。刃の塔が目当てかい?」


「まあ……一応? 少なくとも昨日までは」


「じゃあ今後おにいさんと会うことはないだろうな」


 盗っ人は革袋を懐にしまいつつそう言う。


「どうして?」


「顔を見られたよ。そうなっちゃあ泥棒はおしまいさ。もうこの辺りでは仕事はできない」


 まあそうだろうな。

 おおかた別の領地とか、ひょっとしたら外国へ移るのかもしれない。盗賊ギルドの勢力は国外にも及んでいると聞いたことがある。国外とまでは言わなくても、違う土地に移ってしまえばこいつを見つけることは難しいだろう。俺や狼牙のおっさん達がいちいちこいつの似顔絵を描いて衛兵に提出でもしない限りは。


「それじゃあな。不思議な魔法を使うおにいさん。世話になった」


「元気でな。次からは職を失った浮浪者の存在にも注意するんだぜ」


「何の話だ?」


「何でもねえ。さよなら」


 俺がそう言うと、盗っ人は蒼覇光剣にも別れの挨拶をして、街道を足早に去って行った。

 俺はその後ろ姿に手を振っている蒼覇光剣を振り返った。


「それで君はいったいどうするつもりなのかね?」


「ええ? どうって、主様と一緒にいるよ?」


「あのなあ。俺は仕事がねえんだ。稼ぎがねえんだよ。俺と一緒にいても貧しいだけだぜ?」


 剣は首をかしげた。

 気は乗らなかったが俺はこれまでにあったことを話すことにした。

 俺が冒険者で、刃の塔の攻略のためヤルバタヤにやってきて、魔石を売ることで生計を立てていたこと。

 そのためのパーティを組んでいたけど、つい先日冷たく解雇されたこと。


 蒼覇光剣は黙ってそれを聞いていた。

 そして俺が話し終えると、こう言った。


「あたしがいるじゃん!」


「はあ?」


 蒼覇光剣はにこにこして、


「そのナントカの塔で、刃魔とかいうのをやっつけて、石を売るんだよね? じゃああたしも一緒にやる!」


 俺はちょっと呆気に取られた具合で突っ立っていた。

 俺と一緒に?

 役に立たなくって捨てられた俺と?


「もうそんな人達のことはほっとけばいいよ。あたしが主様の剣に……ううん、仲間になる! 二人で刃の塔に行こうよ!」


「二人で……」


「そう! そして刃魔を片っ端からブッた斬るの!」


「お、おう」


「いやもうむしろ積極的に斬りたい。斬るためだけに主様と組みたいまである。もうお金にならなくても斬りたい。なんだったらあたし一人でも斬りに行くぐらいのね」


「結局かよ」


 俺はため息をついた。


 両拳をグッと握ってフンスフンスと鼻息も荒く俺を見つめる蒼覇光剣を眺め、この蒼覇光剣なる女の子はいったいどうしてまたこんなにもサイコなのであろうかと思った。だいたい蒼覇光剣が女の子の姿になったことからしてびっくりしているのに当の蒼覇光剣ときたらそんな俺の気持ちも知らずとてもサイコな蒼覇光剣であり…………。


「なあ」


「なぁに?」


「おまえ、名前はあるのか?」


「蒼覇光剣!」


「いやあの、呼びづらいんだよね……何かねえのか? ニックネーム的な何か」


 蒼覇、いやとにかく少女は首をかしげた。


「あー……昔誰かが……あたしの所有者の誰かがなんか言ってたような……?」


 それから左の袖から何か棒状の青い物をニュッと出した。

 剣の鞘だった。それをしげしげと眺め、


「ランスァ」


「うん?」


「ランスァって書いてあるよ」


 彼女は俺に鞘を突き出した。見てみると、たしかに側面に文字らしきものがナイフか何かで乱暴に刻まれている。ただ外国語で読めなかった。


「ランスァって書いてあるのか?」


「うん。たしかこんな名前で呼ばれてたこともあったような……?」


 鞘をしまっていいと伝えた。鞘は袖の中に引っ込んで行く。

 俺は少女の顔を眺めた。

 夕焼けの光を受ける彼女の無邪気な顔は果てしなく美しく見えた。

 俺は言った。


「じゃあ俺もおまえのことランスァって呼ぶことにするよ」


 彼女はその大きな瞳を一層大きくして、


「えっ⁉︎ じゃあ……!」


「わかったよランスァ。今日からおまえが、俺のパーティメンバーだ」


「ほんとう⁉︎ 一緒にいていいの⁉︎ 離れなくていい⁉︎」


「ああ」


 するとランスァは飛びついてきた。


「やったぁーありがとー!」


「ちょ、わかったわかった、いったん離れろ」


 ランスァは素直に離れにこにこ笑って見つめてくる。

 パーティメンバー、か。この美少女がねえ……。


 しかもこいつはグローリーウェポン。それが人間の姿となって、俺と戦ってくれるという。


 どうしてこうなったのかはさっぱりわからないが、


「捨てる神ありゃ拾う神あり……か」


「なぁに? それ」


「何でもねえ。とりあえず宿へ戻ろうぜ。腹減った」


「そうだね、あたしもー!」


 俺が町へ歩き出すと、ランスァは俺の右腕にしがみついて並んだ。

 何が面白いのかは知らないがにこにこ笑って楽しそうだった。

 かつて誰かが持っていた蒼覇光剣は、俺の隣でそうしていた。



ブクマ、ポイント、レビュー、そして何より日頃のご愛読感謝します!

一応ここで第一章終了……になるのかな?

これからも微妙な常識人ケイディスとサイコ光剣ちゃんをよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「いやもうむしろ積極的に斬りたい。斬るためだけに主様と組みたいまである。もうお金にならなくても斬りたい。なんだったらあたし一人でも斬りに行くぐらいのね」 ここで笑ってしまいます
[良い点]  一章終了。ランスァ。新しい生活の始まり。 ケイディスの冒険は刃の塔を攻略することなのか。刃の塔を攻略すると何があるのか。新しい仲間を迎えて分からない事だらけのなか、希望を胸に町へ帰る。 …
[良い点] 一章お疲れさまでした。全てが丸く収まって良かった、良かった。 第二章から本格的な冒険が始まりそうで楽しみです。 [一言] 次の投稿楽しみにしています。
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