第十一話 ケイディスの反撃
「死ね!」
「うわーお!」
背後から突き込まれた剣を何とか十手で払う。だがバランスを崩してすっ転んでしまった。
盗っ人もだ。前のめりに手をついた盗っ人の背にこちらの背中で乗り上げて反対側に落っこちる。
その反対側にも狼牙がいる。またもや繰り出された突きを払いながら地面を転がった。
「あっ! 主様!」
蒼覇光剣も俺の無様な有様に気づいたらしい。こちらへ駆け寄ろうとした。
同時におっさんの声が響く。
「あれだ、あれを使え! 投げろ!」
俺が襲い来る剣を払い、駆け寄ってくる蒼覇光剣、その背後。狼牙の奴らの中の四人が、何か短いロープ状の物を頭の上で回し始めた。
そして投げた。
「後ろ!」
「えっ⁉︎」
振り向いた蒼覇光剣。飛んで来たロープの一本を切断……できなかった。
ロープはロープでなく鎖だった。蒼覇光剣の右手の刃に絡みつきジャラジャラと音を立てた。
鎖の両端には拳を小さくした程度の大きさの鉄球がついている。
「ボーラだッ!」
盗っ人が叫んだ。三つ又に分かれた鎖の先端に鉄球を付けることで、投げると標的に絡まる武器だ。もう一本蒼覇光剣に迫った鎖、それも打ち払いはしたが刃に絡んだ鎖のせいか反応が鈍い。
さらに三つ目。足首に絡まった。四つ目、動きが止まったところで両足に絡まる。
「あららっ!」
ついに蒼覇光剣は転倒した。
すかさず狼牙の男達が群がって、彼女を取り押さえた。
「ぎやー離して変態!」
蒼覇光剣は暴れていた。人間離れした怪しげな剣の彼女だが、さすがに複数の男を跳ねのける力はないのか。
「グフフ、よくやった……!
おっさんが蒼覇光剣に歩み寄る。
取り押さえてる奴らと、指を落とされた奴以外の狼牙メンバーは、俺と盗っ人を取り囲んだ。
「若造、残念だったなぁ……なかなか腕の立つ女だが、数の前ではこんなものよ」
「おい、そいつを離せよ!」
「そうはいかんな。この女が持っとる蒼覇光剣を返してもらわんとな。それにしても貴様、クビにされたそばからこんな手練れを仲間にするとはやるもんだのう」
奴はそう言いながら蒼覇光剣のそばにしゃがみ込んだ。
「しかも美しい女。たいしたやり手だ貴様。どこでこういう女の子と知り合ってどうやってお友達になるのかコツを教えてほしいぐらいだ」
周囲の狼牙メンバーもうんうんとうなずいているが何か苦労があるのだろうか。
「よし、剣を取り上げろ!」
おっさんが声をかけ、狼牙の一人が彼女の服の袖をあらためようとしたが……。
「あれ、この袖めくれませんぜ」
袖をまくろうとするのだが、なぜか彼女が剣を握っている手が見える所までめくることができないでいた。
狼牙達はあーでもないこーでもないと言い合いながら袖を引っ張ったりなんだりしていたが、やっぱり剣の柄が現れない。
「当たり前だよーっ! 剣はあたし! あたしが剣なの! 手に持ってるわけじゃないの!」
「な、何を言っとるんだ……」
「主様の魔法だよ! あたしは主様のおかげで剣から人間になれたの!」
おっさんが俺を振り返る。
「……ほ、本当か? それは……」
俺は何も答えなかった。
何とも言いようがない。自覚があってやっているわけじゃないからだ。
「ふうむ……」
おっさんが腰からロングソードを抜いた。そしてこちらへやって来る。
「なるほど……。ディーンの仲間にはこの地方では馴染みのない魔法を使う奴がいるとは聞いていた。それが貴様というわけだな。剣を人間にするなど奇怪な妖術だが……それほどの術の使い手をクビにするなどディーンも思い切ったことをする」
「いやまあね、その術でちょっとそのスカートをめくりすぎたもんで」
「しかしまあ、わからんでもないな」
「スカートをめくる奴はクビにしたいよねってことが?」
「違うわバカ。貴様は頼りないということよ」
「……何⁉︎」
おっさんはロングソードを肩に担ぎつつ、
「戦闘はこんな少女に任せきり、自分は後方をウロチョロして、なおかつ貴様のカバーのために少女は身動きが取れず。とんだ足手まといだ!」
「な、何を……」
「そうであろうが? なあみんな!」
周囲に同意を求めると、狼牙の男達は一斉にうなずき笑い始めた。
痛いところを突いてくれる……。
だが俺は何も反論できずにいた。
実際そうじゃないのか? もし蒼覇光剣がいなければ、俺はもっと早い段階でボコボコにされていただろう。さっきの背後からの攻撃だって、ディーンやゴロゾならなんなく躱すどころか反撃だってしただろう。
だが俺ときたらどうだ? 慌てて転ぶドジっ子なのだ。
笑い声が胸に響いた。そうなのだ。俺は何もできない。できないからクビになった。ディーンの奴が底意地が悪いせいでクビになったんじゃないんだ。
俺は、あの中にいられないから、クビになるべくしてなったんだ……。
「ところでだ、若造」おっさんが言った。「もし蒼覇光剣が貴様の術によって人間となったのなら……その術は当然術者が死ねば解かれるわけだなぁ?」
おっさんがロングソードを担いだまま近づいてくる。
蒼覇光剣が叫んだ。
「やめて! 主様に何する気⁉︎」
「決まっとるわ! こやつには死んでもらい、金の出どころの秘密を葬る。そして貴様を剣に戻す! それとも何か? その姿のままワシに仕えるか? ん〜?」
「いやそれはやだよ」
「ええ……いやそれならもうダメ。ひどい。殺す。やはり貴様は剣に戻し、それで終わりだ!」
おっさんが腰を落とした。
視線はひたと俺に据えられ、いつでも斬りかかるという構え。
俺の方には何のアイディアもない。俺の力ではこいつらの攻撃を捌ききれない。どうしようもない……。
「あの……おにいさん」
盗っ人が急に口を開いた。
「何だよ……」
「あのぅ……例のやつはできないのか?」
俺は盗っ人を横目に見た。
「例のやつって、何……」
「だから、昨夜のあれだよ。オレがあんたを蒼覇光剣で斬ろうとした時、剣を奪ったじゃないか……」
俺の十手を指差し、
「そのち◯ぽみたいな形の武器で」
昨夜……そう、たしかにそうだ。あの時俺は、左目から妙なものが発現して、そのあと蒼覇光剣が女の子に……。
そう思った時だ。
左目が何かを感じ取った。
おっさんの剣気だ。おっさんが俺を斬ろういう何かの気配が充実し始めているのを感じる。左目が俺にそれを教えていた。
その向こうに蒼覇光剣が見える。
向こうも俺を不安そうな顔で見ていた。
できるか?
やるしかない。
「動くなよ若造! 手元が狂うと楽には死ねんぞ!」
おっさんが踏み込んできた。俺は左目に集中する。
「ぐわっ、何じゃあッ!?!?」
出た!
左目から、赤紫の木の根みたいなもの。それが振りかざされたおっさんのロングソードに絡みつき止めていた。
「貴様何をした……」
「うるせえッ!」
瞬間俺は走った。停止したロングソードに十手を叩きつける。鉤部分に挟み込み固定。ありったけの魔力を込め……!
「うわっ汚なっ!!!」
「汚くねえから!」
十手の先端から白濁した濃厚な魔力がほとばしる!
びちゃびちゃとロングソードを濡らし……そして爆発!
おっさんがすっ転んだ。
爆発のあとには……頭から剣が生えたゴブリンがいた。
「な、何こいつ」
「おにいさん、成功だ!」
盗っ人の叫びのなかおっさんが立ち上がり、憤怒の形相で俺に迫ろうとした。ガントレットの拳で殴りかかってくる。
「グギャオーッ!」
しかしだ。頭に剣のゴブリンが、おっさんに頭突きをかます。
フルプレートの鎧を着ているものだから金属音が響いたのみだったが、バランスを崩したのはたしかだった。おっさん再び転倒。
「おのれ! かかれ、ブッ殺せッ!」
号令と共に慌てた狼牙の奴らが殺到してくる。
「ええい、まだイケるぜぇッ!」
俺の左目からはまだ木の根が伸びていた。迫り来る狼牙を振り向けば、その根は三人の男の堀棒に絡みつく。
「オラァ!!! 産まれろ生命よッッッ!!!」
俺はその三人に十手を向け、先端から魔力をぶびゅるびゅると発射!
魔力を浴びた堀棒はビクンビクンと震えたあと男達の手から逃げ去った。そして棒の中ほどから虫のような羽根が生え宙を舞う。
他にも数人、同様に、木の根で捕らえてからブッかけて、堀棒を片っ端から生物に変えてやった。
「ちくしょうてめえ!」
「ブッ殺したらぁッ!」
男達は堀棒を失なったがまだ腰に剣を持つ。それを抜き払ってそれぞれ怒号をあげたが……。
「あッ⁉︎」
宙を飛ぶ堀棒の虫達が、高速で飛んで剣にブチ当たった。堀棒はただの鉄の棒、剣は薄い板。ガンガン体当たりされたことで、男達の剣は次々と折れていく。
あげく虫達は男達の頭やら膝頭やらもバンバンブッ叩いている。狼牙メンバーはたまらず頭を抱えて地面にうずくまった。
その時、堀棒の鉄達は奇妙な動きを見せた。
それぞれうずくまった男達の、背後に滞空する。ちょうど、ケツの辺り。
そしてその先端をケツに向け……何をする気だ。
と思った瞬間堀棒達はケツに向かって突撃。
俺は目を背けた。
「「「アッーーーーーーーッ!!!」」」
何が起こったかはあえて考えないようにした。確認もするつもりはない。
「おのれ、こやつ、こんちくしょう!」
あえておっさんの方を見ると、奴はゴブリンに追い回されている。
「何をしとる、ボーラだ! ボーラを使え!」
三人の男達が俺を向いてボーラを回し始めた。
だがそうはいくかよ。
「くらえ!」
俺は投擲されたボーラにも木の根を伸ばした。あっという間に絡みつき、さらに十手でそのボーラを変化させる。
ボーラは鉄球を加えた、三つの頭を持つ蛇となった。
しかも長い。そいつらは持ち主だった三人をがんじがらめに縛り上げた。
ちなみにその縛り方、見たことがある。
親父が持ってた、東から持ち込んだ本だ。罪人の縛り方について説明された本で、そこに書いてあった縛り方。
たしか名称は、亀甲縛り。
俺は残りのメンバーの堀棒やボーラも生き物に変える。新たに生まれた武器生物達は持ち主に襲いかかり、縛り、叩き、ついでに男としての尊厳を破壊していく。
残るはおっさんただ一人。
奴はゴブリンと睨み合っていた。持ち主vs剣。先に動いた方がやられるといった風情だった。
俺は地面に倒れている蒼覇光剣に歩み寄る。
彼女を縛っているボーラに十手を向け、魔力を放出。意思を与えられたボーラ蛇は、自ら蒼覇光剣のいましめを解いた。
「熱い……主様のをかけられちゃった……」
「あれ、どうする?」
俺は睨み合いを続けるおっさんを親指で差す。
「あたしが殺る」
「いや殺すなよ……」
「えー?」
立ち上がった蒼覇光剣は俺を、不満そうに見た。
「あいつは一応、おまえを金で買ったんだ」
「でも、悪いことして稼いだお金でしょー⁉︎」
「まあな。だからこそ、騙された人達に金を返さなきゃならねえ」
「え……じゃあ、あたしをあっちの泥棒に渡すってこと……?」
今度は悲しげな顔になった少女。
俺は盗っ人を振り返り尋ねた。
「なあ。目的は剣じゃなくて金だよな?」
「え? まあ、そうなるが……」
また蒼覇光剣に向き直る。
「おまえ、そんなに俺と離れたくねえのか?」
彼女は首を縦にぶんぶん振った。
瞳をうるうるさせて懇願するような表情。
俺はため息をついた。
「……いいアイディアがある。おまえを返さず、金は返す」
「ど、どうするの、それ……」
俺はおっさんを指差した。
「まずはあれを片付けよう。それからだ。任せたぞ」
蒼覇光剣はしばしポカンとした顔で俺を見ていた。
だが俺が何度かおっさんの方へ顎でしゃくったので、剣を煌めかせそっちへ走り出す。
「やいおじさん! さっきはよくもやってくれたねー!」
「やっ、貴様! ワシは今それどころじゃない、このワシの剣を……」
「とりゃーっ!」
おっさんの目前まで来た時、蒼覇光剣の後ろ姿がいく筋もの光の線に包まれたように見えた。同時におっさんを跳び越え背後へ着地。
すると、おっさんのフルプレートメイルがバラバラと外れていく。
たまげた。つなぎ目の革ベルトを全部切断したのだ。
中のおっさんはパンツ一丁だった。フルプレートメイルは暑いもんな。そんなパンツ姿のおっさんが背後を振り返ったが……。
「ふんっ!」
蒼覇光剣のハイキック。おっさんは声もあげずに崩れ落ちた。
辺りを見回した。
空き地には、堀棒虫やボーラ蛇によってあられもない姿を晒した狼牙の男達が転がっている。
盗っ人がよろよろとこちらへ歩いて来た。
「……やったのか? 助かったの? オレ達……」
「……まあな」
俺の木の根が、ゆっくりと左目に戻っていった。




