第十話 蒼い狼牙の襲撃
俺は反射的に腰から十手を引き抜いた。
最初に突っ込んできた奴が振りかざした堀棒を打ち払う。火花が散った。
「おいやめろって、落ち着け! 話を聞け!」
俺は蒼覇光剣をかばいつつ、周囲の狼牙メンバーを近づけさせないよう十手を振り回して牽制。
「話なら貴様をブチのめしてからゆっくり聞いてくれるわ!」
おっさんが叫んだ。
十手を振っている時、ふと視界の端に盗っ人の姿が見えた。奴はナイフをすでに抜いていて、囲みを抜けようと走ったが、メンバーの一人に蹴倒された。
そして倒れたところを三人から滅多打ちにされ始めた。
「やめろッ! 死んじまうだろうが!」
俺は正面から来た奴が打ち込んできた堀棒を受け止め、腹に前蹴り。そうやって吹き飛ばしてから蒼覇光剣の手を引き盗っ人の方へ走った。奴をブッ叩いてる一人に体当たりしてどかし、十手を振り回し残りを追い払う。
「やりすぎだぞてめえら!」
「やりすぎ? 何を言っとる、そいつは泥棒だぞ。ワシから蒼覇光剣を盗みおった。盗みは盗んだ額によって罪が重くなる。ワシが蒼覇光剣に払った金貨は五十枚。十枚盗めば斬首刑なのだ、ならばそいつの首が五つ必要になるなぁ」
「ふざけるんじゃねえ! その金の出どころ言ってみろ! 商人を騙して巻き上げた金……」
そこまで言って、俺は後悔した。
おっさんをはじめ、蒼い狼牙の奴らの顔色が変わった。奴らはいったん俺達を攻撃しようとする動きをやめた。
「……ほう……若造。どうしてそれを知っとる?」
俺を見つめるおっさんの目つきは冷酷そうな光を宿している。
ケイディス、まったくバカ野郎め。何で俺がその秘密を知ってるってことを敵に知らせてやったんだ。そんなことをすれば……。
「……なあ若造よ。このままでは貴様らが怪我をするだけだ。そこの少女にも迷惑がかかるだろう……」
おっさんは急に猫なで声になってそう話しかけてきた。
「こうしないか? 貴様が蒼覇光剣のありかを教えれば、今日のことはなかったことにしてやろう。それと……貴様を蒼い狼牙の一員に迎えてやる」
「……ああ?」
「貴様、宿で言っとったろう? 雷槍のディーンのパーティをクビになったと」
「……クビだとは言ってねえ」
「隠すなわかっとる。どうせグローリーウェポンを持たんから追い出されたんだろう?」
俺は奴が話す間も囲みを見回していた。どこかに突破口がないかどうか。おっさんの話を真面目に聞く気はない。
「どうだ若造。グローリーウェポンが欲しくはないか?」
「なに⁉︎」
「そうだ、貴様が我が狼牙の一員になれば、蒼覇光剣を貸してやろう。あの素晴らしい剣を」
「……はあ?」
「貴様は仮にもあの雷槍のディーンのパーティにいた男だ。聞いとるぞ、三ヶ月前貴様らは刃の塔の最上階に辿り着いたと」
……俺が左目を失ったあの日だ。
「それほどの男なのだ貴様は。それがグローリーウェポンを持たんという理由で、仲間は貴様をお払い箱にした。考えてもみろ……もしここで、晴れてグローリーウェポンを手にできれば……」
「…………」
「奴らも貴様を見直すだろう。見返してやりたいとは思わないか? それに貴様もパーティをクビになって仕事に困っとるだろう。どうだ、悪い話でもないはずだ、だから蒼覇光剣のありかを……」
俺は周囲に視線を走らせつつ。
鼻で笑った。
「……何がおかしい」
「その手に乗るかよ。おおかた聞き出したあとで俺達を殺す気なんだろうが」
おっさんの眉間のシワが険しくなる。
だから失言だったのだ。おっさんは猫なで声こそ出しているが、ツラからは殺気が丸出しだった。
冒険者なんぞ結局のところまともな職につきたがらないただのゴロツキだ。特に今は外国からも刃の塔を目指した奴らが集まって来ていて、粗暴な振る舞いでトラブルを起こす奴はあとを絶たない。
中には殺人すら平気でやる奴もいる。バレても他国に逃げればいいと思ってる奴らだ。このおっさんだって国内から国外からどこの生まれかは知らないが、詐欺に手を染めるようなクズだなのだ。
そのこいつがだ。そんな美味しい話を持ちかけて、なおかつ約束を守ってくれると期待するほど俺も子供じゃない。
「だいたいな、俺はグローリーウェポン持ってねえことだけが辞めた理由じゃなくてね」
「じゃあ何でだ!」
「仲間の女の子のスカートを……いや違う、一身上の都合だ」
「ではどうしても教えたくないと言うのか!」
おっさんは叫ぶ。俺は言った。
「教えねえとは言ってねえ」
「はあ⁉︎」
「問題はなぁ。本人がおまえのところに戻りたがるかってことだよ」
相手は十五人。俺は接近戦は苦手で、盗っ人はと言えばかなりのダメージを負ったのか片膝をついていた。
この状況から自力で脱するアイディアは何も思いつかなかった。
だが、だ。
幸か不幸か、こちらにもまだ強力な武器があった。
背中をつつかれた。
振り返らなくてもわかる。このトラブルのもとになってる、蒼覇光剣だ。
「ねーねー主様」
「なんだ」
「ひょっとして……この人達は主様のことを傷つけようとしてる……?」
「ひょっとしなくてもそうだ」
「あのおじさんはあたしを返せって言ってるんだよね」
「まあな」
「返さなかったら……」
「俺を殺すとよ」
「……主様の敵?」
俺は答えた。
「まあな」
蒼覇光剣は俺の前に進み出た。
おっさんと向かい合う。
彼女の袖から、光が揺れる刃がゆっくりと伸びる。
「むっ! それは蒼覇光剣の光⁉︎ そんなところに隠し持っとったのか!」
「違うよ……あたしが蒼覇光剣。悪いけどあたしはあなたの所には帰らないし、主様を殺させたりもしない。それで? 言いたいことがあるんだけど」
おっさんは困惑したような表情を見せた。
自分が剣だと名乗る少女の発言にか、華奢な体で男の壁になっている行動にかはわからないが。
「まずひとつ。そのまま立ち去ってほしいんだよね。ふたつ。もし立ち去らずに主様に刃向かう場合……場合だけどね? あたしはあなたたちを斬る。それで、みっつ目なんだけどぉ……」
俺の位置からは蒼覇光剣の背中しか見えない。だから彼女の表情も見えなかった。だから彼女の次の言葉……冷え切った鉄みたいな声しか聞こえなかった。蒼覇光剣は言った。
「ぜひ『立ち去らないぞ』って言ってほしいなぁ……そしたらあたしはあなたたちを斬れるじゃん……?」
囲みの前面の奴ら、おっさん含めて顔が青ざめていた。
蒼覇光剣はどんな顔をしているんだろう?
おっさんが引きつった顔で叫んだ。
「取り返せッ! 蒼覇光剣を取り返せ‼︎」
その剣は俺に素早く言う。
「主様、斬っていい?」
「できれば殺すなよ! 囲みを破って逃げるんだ!」
同時に殺到してきた男達に向けて蒼覇光剣は疾走した。
ひとつ。ふたつ。みっつ。いきなり蒼い狼牙の男達の指が飛んだ。親指だ。蒼覇光剣は袖の刃を閃かせ、男達の鉄の堀棒を持った手の指を正確無比に斬り飛ばしていた。武器を取り落す三人の男。
「何をやっとる! かかれ、かかれ!」
前方の囲みの奴らが蒼覇光剣に襲いかかる。
「おい盗っ人、立てるか⁉︎」
「まあなんとか……」
「突っ切るぞッ!」
俺は盗っ人に肩を貸し蒼覇光剣の後ろへ追いすがった。彼女の方は鼻歌まじりに次々と敵の指を宙に舞わせていく。
蒼い狼牙の奴らは蒼覇光剣に近寄ることもできなかった。やや遠巻きにしてマゴマゴしていて、そのうちの無謀な奴が痺れを切らして突進するも、やはり人差し指やら中指をブッ飛ばされた。
強い。
蒼覇光剣はやはり強かった。
一対十五はさすがにやらせるつもりはなく突破口を開ければと考えていたが、この調子なら全員片付けられるんじゃないか? そう思わせるほど彼女の表情はあっけらかんとしていて、剣捌きは暇つぶしに舞う踊りのような無造作さだった。
いける。狼牙の男達は蒼覇光剣を恐れ、囲みの前面は簡単に崩れた。このまま突っ切り通りへ出て……。
「てめえ、死ねッ!」
背後だ。盗っ人に肩を貸した俺の背後から、一人の男が剣を突きこんできた。




