第一話 片目のケイディス
Twitterのフォロワーさんからいただいたネタで書いてみました。
『クソッ……目が……!』
不思議なことだが、半分赤く染まった視界の中で、俺がのたうち回ってるのが見えた。
『ああもうドジ! 何やってんの⁉︎』
露出度の高い服の上から黒いマントを羽織った少女が俺に駆け寄っている。
そこで気づいた。
ああ、これは夢だ。
俺がここにいるのに俺が見えるっておかしいもんな。
『クィンティスタ、魔法を止めるな! 回復ならシャーロにやらせればいい!』
白銀の鎧を着たイケメンが叫んでいた。
その隣りでは東の島国の装束を身にまとった、男のくせにやたら長い黒髪をポニーテールにした背の高い男が、これまた長くて細いサーベルを、黒い影に突きつけている。
サーベルの先にいる奴。
黒い、全身が鎧みたいに硬質で滑らかな肌の奴。両手の肘から先がバカでけえ刃になってる奴。
刃魔……。
『クソックソッ! いてぇ! 見えねえ!』
『ケイディス君、動かないで! 今治すから……』
白いローブのシャーロ。優しい女の子だ。俺のそばにしゃがみ込んで、回復魔法の詠唱をやろうとしてる。
それと比べて俺ことケイディス氏のみっともねえこと。ドタバタのたうち回って、あれじゃシャーロもやりにくいだろ。
『やむを得ん、ゴロゾ、撤退するぞ!』
『何と⁉︎ あともう一息でござろうが! さきの攻撃で彼奴め魔石を吹きよった……』
『だが再生している! おまえも傷だらけだ、残念だが……!』
白銀鎧のイケメンとポニーテールが何か言っていた。
それから黒マントが煙幕魔法をかまして、ポニーテールが俺の襟首引っ掴んで、引きずって、塔の中を…………
「ケイディス、悪いがパーティを抜けてくれ」
食堂に入った時から嫌な予感はしてた。
今朝昔の夢を見たせいもある。
朝起きたらみんな俺を置いてさっさと食堂に行ってたってのともある。
おまけに、俺が顔出した瞬間どいつもこいつもそっぽ向きやがったから。
そしてやっぱりはっきり言ったのは、パーティのリーダー。白銀の鎧を着たディーンだった。
「……ごめん、何だって? よく聞こえなかった」
嘘だ。はっきり聞こえてたさ。でも俺はそう言った。
「ケイディス。僕たちはもうおまえとやっていくことはできない」
食堂のテーブルに三人が座ってた。
ディーンが俺と向かい合ってて、俺から見て右に黒マントのクィンティスタが、ディーンにしなだれかかってる。その奥の壁、黒髪をポニーテールにしたおっさんが、長い刀を抱きかかえて床に座ってた。東の国の奴はいつも椅子を使わない。
そして左の席に白いローブのシャーロ。
敬虔な女僧侶。うつむいてテーブルを見つめたままこっちを見ようとしない。
俺はテーブルの席につこうと思った。だが何か妙に体が動かなかった。まるでテーブルと俺の間に見えない壁があるみたいだった。
「……冗談だろ?」
「冗談なわけないでしょ?」
そう言ったのはピンク髪のクィンティスタ。肌は色白だが服は黒づくめの魔法使い。心底小バカにするような目つきで俺を見てやがる。
「いや、ちょ、どういうことだよ? 何で急にそんなこと……」
「急にじゃないでしょ⁉︎ もう三ヶ月でしょ。三ヶ月も我慢してたんだから」
「何が……」
「はあ……いい? あたしたちは刃の塔の頂上を目指して、刃魔の王を討ち取り、世界に平和をもたらす。そのために組まれたパーティ。チーム。だよね?」
「お、おう……」
刃の塔ってのは、このハシラルの国の古代遺跡に突然現れた謎の塔のことだ。
刃魔王とかいう化け物が支配してて、そこからまったく唐突に刃魔という魔物がわらわら沸いて出て来て、人々を苦しめてる。
もはや常識だ。
そしてその刃の塔の脅威に対抗するため国中、いや世界中から腕に覚えのある奴が集められた。そういう奴らが徒党を組んで、刃の塔の頂上、刃魔王の首を狙ってる。
そしてそんなパーティのうちの一つが、俺たちなわけだが……。
「それがどうしたんだよ今さら……」
俺が呟くと、クィンティスタが何か答えようと息を吸い込んだ。だがそれより早くディーンが口を開いた。
「もうおまえに刃の塔の最上部を目指す力がないと判断した。だからパーティを抜けろ」
「い、いやちょっと待てよ……! 俺に力がないって⁉︎ ふざけるなッ!」
テーブルにバンと手をついた。
「いいかよディーン! このパーティにおける俺の役割、わかるよな?」
「ああ。俺やゴロゾのような……」
ディーンはポニーテールのおっさんを指差して、
「前衛をサポートするための補助魔法をかける支援担当だ」
「そうだ! 俺が補助魔法をかけるからこそ、おまえらの武器の威力が上がって戦いを有利に進められる! そうだろ!」
俺は詰め寄らざるを得なかった。
俺は攻撃屋じゃない。クィンティスタみたいに攻撃魔法を使えるわけじゃない。僧侶のシャーロみたいに傷ついた仲間を癒す回復屋でもない。
補助屋だ。
俺の精霊魔法は剣や槍のような武器の性能を引き出し、魔法の加護を付与できる。切れ味も増せば、使い手の頑強さや反応の素早さを一時的に上げることだってできる。
俺はこのパーティに必要な存在のはずだ。はずなんだ。
だがディーンは言った。
「……その補助魔法。最近効果が落ちてないか?」
ディーンの青い瞳が冷たく俺を射抜いていた。
心を氷で突き刺されたような気がした。
「……な、何だと?」
「それにここのところ戦闘に出るたび、おまえが何か仕事をしてるように感じないんだ。何かこう……やっているふりをしているだけのように思えるんだよ」
「な、な、なに」
「そう思うよな? ゴロゾ」
話を振られたポニテおっさんはいかめしい顔で、
「うむ。拙者も同じく」
と、こうだ。
俺は言った。
「い、いやあの、そこはね? ほら! 最近おまえらも成長してきてるからね! 俺としては安心して見てられるなーって思って、ほらあの、あんま横からガチャガチャやっても逆に迷惑かなって思って……」
「ここ三ヶ月ミスも多いな」
ディーンの目は冷たいまま。
俺は左目を押さえた。
「あ、いやほら、三ヶ月前っつったら、目がね、ほら。刃魔が撃ってきた魔石食らって見えなくなっちまったもんだから慣れなくて……」
「風の属性付与をかけようとしてしょっちゅうシャーロのスカートをめくっていたようだったが……」
引き合いに出されたシャーロは顔を真っ赤にしてうつむいている。
「ちょちょ、待て! わざとやってるみてーに言うのやめろよ! いやあのね、マジで距離感が掴めなくて……」
クィンティスタが食い気味に、
「……の割に風属性の頻度高かった感じするけど?」
「あ、あのあの」
「……目ぇ怪我する前からさ?」
メンバーの冷たい視線が俺を刺していた……シャーロはまだうつむいてるけど……。
「だだ、だってほら、風は、スピード上がるから、ね?」
「そこはもっともだな」ディーンが言った。
「だろ⁉︎ だったら……」
「それを差し引いても最近のおまえは仕事をしなさすぎる」
「う……」
「ケイディス。補助が遅れることも多い、片目を失い距離感が狂いミスはする、それだけじゃなく戦闘中に転んだりすらする。そのたびにシャーロかクィンティスタがおまえのカバーをしなきゃならないんだ。二人の身にもなってみろ。魔物を前にして……介護をさせられる二人の」
「介護だとッ!」
俺はテーブルを拳で打った。それは聞き捨てならねえ。
「何だよその言い草! まだちょっと慣れねえだけだ! そりゃ少しは迷惑もかけたかもしれねえ、だが今だけだ! そのうち慣れる!」
「だがそう言ってもう三ヶ月だ」
「大丈夫だ、俺はやれる! それとも何か⁉︎ 補助しかやらねえからってナメてんのかよ! 冗談じゃねえ、俺はまだやれる! 俺だって巫術剣士なんだぜ!」
思わず声が大きくなっていた。
巫術剣士。
そう、それが俺のジョブ。俺のスタイルだ。ただの魔法使いじゃない。精霊を操り、武器の力を引き出す……、
「巫術剣士……ねえ?」
ゴロゾが呟くのが聞こえた。
「……何だよ、ゴロゾ」
「聞き及ぶところによれば……巫術剣士とは剣の魂の声を聴き、その真の力を解放するそうな……」
「ああそうだよ。文句あんのか?」
「なればケイディス。なにゆえお主はその腰の得物、使ったことがないのか?」
ゴロゾは俺の腰を指差していた。
俺は思わずそれに手で触れる。
直線の棒に、鉤のついた武器。
十手と呼ばれる東方の武器。
俺のは普通の十手と違い鉤部分が二本並んでて、その先の部分には丸い鉄球が付いている形だが。
「巫術剣士は拙者の国のさらに南東にある島の戦士たち。なにゆえハシラルの民であるお主が巫術剣士なのかは知らん。それよりもだ。その武器が巫術剣士の得意とするものであることは拙者も知っとる」
「……物知りじゃねえか」
「その武器はのう。剣を封じるに適した武器であろうが? 巫術剣士は刃を活かし、刃を殺す者。そのための修行を積んでおると聞く。だがお主はその十手を一度も使ったことがない。いかなることか?」
「……あ、あんまり得意じゃなくて……」
「左様か。なればつまり、近間の立ち合いもやってくれぬということであるな?」
ゴロゾの刺すような視線。
俺がその視線と睨み合っていると、ディーンが言った。
「そういうことだケイディス。もし仮にだ、僕とゴロゾのどちらかが戦闘中に行動不能になった時、おまえがカバーに入ってくれるわけでもない。魔法もサボる。ついでにスカートもめくる」
「スカ、スカートはあの、違いますよけっして」
「それにおまえにはグローリーウェポンがない」
ディーンは後ろの壁に立てかけてある槍を指した。
ディーンの槍だ。黄色の柄に白の刺繍が踊る、上等な槍。
ゴロゾは抱えた刀を撫でていた。クィンティスタは綺麗な緑の石がはまった魔法の杖を見せつけた。シャーロの後ろの壁にも、彼女の白いメイスが。
「おまえのはただの武器だ」
ディーンは俺の腰の十手に目をやり、
「……しかもち◯ぽみたいな形しくさって」
クィンティスタが小さな悲鳴をあげ、ディーンの肩を軽くだが叩く。
俺は呻いた。
「ぶ、武器が何だってんだ……」
「わかれよケイディス。おまえはもうできることがないんだ」
「な……」
「貢献できないんだ。僕たちに。おまえの力じゃ」
俺はメンバーを見回した。
ゴロゾがふんと鼻で笑っていた。
「じょ……冗談じゃねえよ……たかが三ヶ月で何がわかるって言うんだ……?」
クィンティスタはつまらなさそうに視線を逸らした。
「二年だぜ? 二年も一緒にやってきただろ……!」
シャーロはうつむいたまま。
「どれだけ俺が頑張ってきたか……!」
それでも。ディーンは言った。
「もうこれ以上おまえと一緒にいる意義が見出せない。お別れだ」
俺はもう一度メンバーを見渡した。
ディーン以外は俺と目を合わせようともしない。ディーンだって、ただ冷たく睨んでいるだけだった。
気は……変わってくれないらしい。
「…………そうかよ」
そうかよ。
二年も一緒に死線をくぐり抜けてきた仲間。
そいつらに最後に言った言葉はそうかよだった。
食堂を出る時、それ以外の言葉はもう思いつかなかった。
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