第7話 世の中金が全て
女は手錠をはめられて、牢屋に入れられていた。
鉄格子、周りは黒ずんだ石のタイルに囲まれている。
女の体には何かかかっていた。茶色っぽいフード付きの外套だ。
ちゃんと膝程の丈はあり、大事な部分は辛うじて隠せていた。
「起きたか」
女が手錠をガチャつかせた音が聞こえたのだろうか、男が鉄格子の向こうに姿を現した。
小ぎれいな赤字に金色の刺繍、白いマークが装飾されている高級そうな服を身にまとっている。
その衛兵は左のポケットから丸い輪にカギが幾つもかかったものを取り出した。
その中からこの牢屋のカギを差し込んで鉄格子のドアを開ける。
女は頭に麻袋を被せられて、視界を奪われる。更に左腕を掴まれ立たされて、衛兵に先導される。
視界が奪われたせいか、聴覚が少し鋭くなる。
今は深夜なのか。それとも人気のない場所にあるのかは判断が付かなかったが、女の耳には外の音は聞こえてこなかった。
途中に階段を上がり、数分歩いたところで、衛兵がある部屋の扉を開けて女を中に先導する。
「ご苦労。そこに座らせたまへ」
ご苦労といったのは当然自分ではなく、連れてきた衛兵に対しての言葉だろう。
女はその場で麻袋を外された。
目の前には木製の大きめの机があった。そしてその奥にはでっぷり太ったおじさんがでっぷり座っている。
偉そうに背もたれに体を預け、この部屋には不釣り合いなほど華美に装飾された椅子に座っている。どこかの職人が丹精込めて作った品に違いない。肘掛の先端、手元の突起は竜の顔が精巧に再現されていた。
女は何とはなしに,その竜の細工に視線を向けた。
向けてしまった。
竜の細工は精巧なだけではなかった。口には妖しく見るものを誘惑する球体のルビーがはめ込まれていた。
その宝石を見た瞬間、女の体は打ち震えた。
初めて自分の中に能動的な欲求を見た。
金や財宝が全てだ。
そう欲が囁きかける。
この世の全ての金銀財宝を自分の元に結集し、世界をひっくり返したい。
邪魔なものは全て排除だ。殺して奪って拷問して情報を吐かせてやろう。
彼女が忘れていた感情を取り戻したのか、それとも新しくこの感情が芽生えたのか。定かではない。
...いや、ちょっと待て。
女の理性がストップをかけた。
そんな事をして何になる。あらゆる感情を排し、人を潰しても何も残らない。そう言う自分がいた。
「何をしている、早く座りたまえ」
かなり固まって長考してしまった。デブじじいにそう催促されて、我に帰る。
とりあえず考えは後だ。今は従っておきましょう。
女は前屈みになり、若い衛兵が引いた安そうな椅子に座る。
その瞬間に上目でデブじじいを見ると、自分の体を下から睨め付けていた。
女の視線など全く気にする様子はない。女は余りの不快さに鳥肌が立つ。
よくもそこまで堂々と見れますね。
その表情は「美味そうな獲物が来たなあ」と言わんばかりに醜い笑みを浮かべている。
一方、ドアのすぐ左手には眼鏡をかけた若い書記官はこちらに一瞥もくれず、何やら書き物をしていた。
「さてさて、罪人...君名前は何というのかね?」
デブじじいが、ペン先をペロッと舐めながら質問してくる。汚いですね。
「ロトカ」
適当に思いついた名前を言った。
「ふむふむ...で,トトカ君...」
「ロトカ」
「ええい!そんなのどうでも良い!なぜここにいるか分かっているのかね?」
「いや、全く」
「全く?あくまでシラをきるつもりか。良いだろう、思い出させてやろうじゃないか」
ペラペラと手元にある書類を捲る。
「1つ、特殊警備兵の常駐する闘技場地下、通称竜の口への不法侵入」
「いや、それは違...」
「2つ、小隊長への暴行つまり公務執行妨害」
「それも故意では...」
全くこちらの意見を無視して一方的に捲し立てられる。
「そしてこれが最もけしからんが3つ目、全裸で野外に外出し複数の第三者に目撃され、著しく街の風紀を乱したことに対する痴女容疑。どうかね。思い出したかね?」
くっ、それだけは否定できない。
「さて、弁解を聞こうじゃ無いか」
「弁解もなにも...」
「黙秘権の行使...」
私自身冷静になってきたが、本当に何がなんだか分からない。あれよあれよという間にここまで来てしまったのだ。
このまま行けば長い囚人生活が待っている事は目に見えている。
「黙秘権とは言うが、何も言うことが無いんですよ!」
デブじじいは手元の書類に何やら書き込む。
「さて、法に基けば執行猶予なしの懲役13年になる」
「13年...」
13年間も獄中生活...そんなの耐えられるわけがない。
そうロトカが思った瞬間、男の目が怪しく光った。
「それにしても、ロトカ君は良い体をしているねぇ。グヒヒッ、容姿も言葉に出来ないほど素晴らしい。聖女クルウェラにも引けをとらん。...いや、それ以上だ。娼婦にでもなれば、1億シリング出す者も出てくるだろう」
そう言って、舌舐めずりをしながらデブじじいは女の方に近寄ってきた。
耐えろ...
「女というのは卑しい生き物よの。触れば次第に濡れ、そして屈する。最後には『もっともっと...』と体をくねらせてヨガる。グヒヒッ、貴様らに人間としての誇りはないのか」
こんな話を聞けば何をされるか想像する事は容易だ。
ロトカは生理的嫌悪感に身動ぎをして何とか手錠を外す事は出来ないか試みる。
後ろに居るであろう書記官は止めに入ってくれない。立場的に望むべくもない。
...腐ってますね。
「だが幸運だったな、余が担当で。まあ、今後の態度次第では減刑を願い出てやらん事もない」
怪しく光るゴテゴテした指輪をした手がポケットから出され、右手で私の服の中に手を入れ...
もうこれ以上は耐えられなかった。こいつに犯されるくらいなら死んでやる。いや...殺してしまおう。
私は万力を込めて腕に力を込めた。腕の筋肉がミシっと膨れ上がり、力任せに手錠を引き千切る。
床に落ちたひしゃげた手錠は床に落ち、金属特有の高い音を部屋に響かせる。
さあ殺そうか。