第35話 棺桶の薬屋
「薬屋はここだけ」
びっしりと透明な小瓶がそこらじゅうに置いてある。
小瓶の中には色とりどりの液体が入っている。
「おや、先週ぶりですね。今日は何をお探しで?」
薬品棚の整理をしていた、色白で線が細い店員がサラに気がつく。
「今日はただの案内」
「案内?…ああ。ようこそ、ラノクス棺桶支部へ」
若い男の店員はロトカが新人だと直ぐに理解した。
「まあ、ご覧の通り回復薬と強化薬、2種類の増強薬を販売しています」
回復薬と強化薬、2つを合わせて増強薬と呼ぶ。
解毒薬や損傷回復薬などが回復薬、力が一定時間上昇したり、気絶しにくくする作用があるなどの強化薬だ。
店員はロトカに対して丁寧に説明した。
「ときにお客様、冒険者経験はどれ位でしょうか?」
「初めて2週間位ですよ」
「ほえー。それでもう棺桶まで?全く将来有望な方ですな…それにしても私生活でポーションを使ったことはあんまりなかったと…もしかして自然治療派のご家庭で?」
「ええ、まあそんなところです」
「やっぱり!なら知らないのも無理はありません。さあさあこちらへ、自慢の商品をご紹介しますよ」
新しい客だと知った店員はイキイキとし出し、ロトカの手を掴み中へグイグイ引っ張る。
店員は男だったが、特に下心を感じなかったためなされるがままにロトカは店内に連れて行かれた。
「まず最もロトカさんが使用するであろう、回復薬からいきますか。まずこの薄緑色の薬品、これがレベルI回復薬です。現場では”回復I”と呼ばれますね」
店員は左の棚から一本、瓶を取り出してロトカに見せた。
「レベルI回復薬はかすり傷の修復を飛躍的に早めてくれます。個人差はありますが、大体30分もあれば傷跡がなくなると思って頂ければ。ただし昔の古傷の様にある程度の時間残った傷に関して効き目は見込めません。それから、傷が多ければ多いほど一つの傷に対する治癒力は減少しますので」
「これ全部飲まないと効果は発現しないので?」
見かけで、300mlはある。これをパカパカ飲むのは難しいだろう。戦闘中ともなれば尚更である。
「いえいえ。そうでもありません。直接患部にかけても回復します。ただ飲んだ方が効果は高いですが」
「飲み切るのが難しいのは難点だね。パーティだったら交代で使えば良いけど、ソロだとね。ちょっとコツがいるよ」
普段使いしている立場から、フォンが使用感を述べる。
「仰る通り、それが大昔からの課題ですな…レベルIに関しては、傷を残したくない様な主に女性が念の為購入されるケースが大半ですね」
「注意点としては…まあこれはどの薬品でも共通ですが…飲めば幾らでも回復できる訳ではありません、限度と言うものがあります。飲み過ぎれば手足の震えや幻覚などの副作用、最悪の場合は慢性的な中毒症状や自己再生能力の低下に至ります」
薬は無制限に回復できる様な都合が良いものではなく、悪い面もあるのだ。
「なぁに、ご心配なさらないで結構。適量を守って使用して頂ければ問題ありません。なので使用し過ぎたら普段より長めに依頼をお休みすることをお勧めします」
「休みをちょっと長めに取ってリセットすると…因みに冒険者だとレベル幾つの薬を買っていくんですか?」
「棺桶支部の冒険者ですと…そうですね、損傷回復薬ならレベルⅥまでを購入される方が多いですね」
店員の話を聞く限り、効果は以下の通りであった。
Ⅱ 複数の浅い傷(かすり傷)の治癒
+軽い打撲や捻挫の治癒
Ⅲ 比較的深い傷
+打撲や捻挫の治癒
Ⅳ 複数の深い傷の治癒
Ⅴ 骨折や内臓の損傷を治癒
Ⅵ 複数の骨折や内臓の損傷を治癒
ロトカがレベルⅤの値段を見るとなんと1本で500万シリングであった。
「中々の値段だろ?」
「これだけ高かったら強奪されそうですね」
「そりゃあ勿論。棺桶は治安がいいとは言えない拠点ですからね。はははっ」
「大通りはまだいいけど、夜遅くに女性一人で裏路地は行かない方が良いからね」
店員は陽気に笑っているが、それなりの策を講じている。
「…それにしても高い。もっと安くならないのか」
ロイがいい機会とばかりに、普段から思っている事を吐き出す。
「この価格でも勉強させて頂いているのです。輸送費分がありますからどうしても街で購入するより2倍は高くなってしまいます。この棺桶支部に、しかも大量の増強剤を運ぶとなると輸送費が相当嵩むのです。容器が割れない様に緩衝材を入れたりの保護対策、運送に際して雇う護衛への代金が販売価格に上乗せされてしまうのは避けられません」
クオリティに多少差があれど、レベルIIまでは素質があり、製法を知っていれば誰でも作ることができる。
ただし、レベルⅢ以上は国の許可が必要なのだ。そんな許可を受けるためには相当の勉強と技術を磨かなければならない。そんな貴重な人材は棺桶の様な孤立した危険な場所に来たがらないのだ。そのため、レベルⅢ以上は街から輸送する必要がある。
「最近は何かと理由をつけて値段を下げようとして来るお客さんが多いんですよ。やれ濁ってるだの、変な匂いがするだの…そんなワケないのに」
「…でも美味しくないのは本当」
「はっきり言って下さいますね…不味ささえ我慢すれば命が助かるんですから安い代償ではないですか。まあ店員の私が言うのもどうかと思いますが」
「僕はもっとシュワシュワした、飲み応えがあるのがいいな。味はレモネードみたいな感じで」
「俺はコーヒー味がいいな」
「私はピーチティーで!」
「水味一択」
「ほれ、見て下さい。たった4人しかいないのにもう4通りの味の要望があります。しかも全く種類が違う!」
店員はロトカに嘆くが、未だ飲んだことがないロトカに分かるはずもなかった。




