第26話 サワガニ
ロトカは飽きるまで素振りをした後、ようやく下層と中層の境界を超えて、新たな戦場に足を踏み入れたのだった。
森の中が下層と変わらなかったが、見たことなかったキノコや薄く光る植物などを新たに発見した。
新しい発見に触れながらズンズン進むと、物音が聞こえてきた。
冒険者たちと飲んだ時に散々聞いていた茶色の大蛇だった。生理的な嫌悪感を感じずにはいられない。
目測だが胴体の直径は1.5メートル、全長20メートルはある。茶色の鱗の一枚一枚がテラテラ怪しい光を反射している。
大蛇は目線をこちらに向け、舌をチロチロと出し入れしている。威嚇の声をあげるでもなく、瞬く間にロトカを攻撃した。
大蛇は尻尾を鞭のようにしならせ、ロトカに襲い掛かる。
周りの木々は尻尾にへし折られ、あっという間に開けてしまった。
軽く振っても鞭の先端は音速を超える。しかし、ロトカはそんなことを知る由もない。
「っ!」
尻尾の先端がロトカの左肩を強襲し、吹っ飛ばされる。
およそ、普通に生活していたら聞くことはない様な、鈍く低い音を肉体が奏でた。
「っく。アザになってしまいました」
ロトカは何が起きたか認識していなかった。しかし、先ほどまで自分が立っていた位置に尻尾があったので、それで攻撃されたことを推察した。
本来、直撃したら一般人など簡単に真っ二つになる威力だ。しかし、流石はロトカ。真っ二つどころか転んで擦りむいた程度の出血に収まっていた。
しかし、肩に激痛が残っており、力が入らなった。
ロトカに脱臼を治す時間を与えず、大蛇は大口を開けて追撃する。
ロトカは金棒を右手で拾い上げ、それで牙を押さえるが、あまりの重量に後ろにジリジリと押される。
大蛇は全身の筋肉を駆動させて全力でロトカを殺しにかかる。2本の成長しすぎた牙がロトカに迫る。
ロトカは大蛇の目玉をグーパンで殴りつけた。
【グニュリと嫌な感触がしましたね。まあ死ぬよりは良いです】
大蛇が怯んだ間に胴体目掛けて攻撃した。
『紅八尺』!
鱗と筋肉が予想外に硬い。血は流れたが、致命傷には全くならない。
「どうしてくれましょうか」
自分と相対する敵の気持ちが分かった。自身の一撃をもろに喰らわせても、殆どダメージが入らなかった時のガッカリ感。自分の技への信頼が少し揺らぐ…のだろう。
私はそんな事ありませんけど。
ロトカは技が通らなくてもケロッとしていた。
自分がこの世で一番強い訳でもない以上、攻撃が通らない敵もいるのだろう、と割り切っていた。
ロトカの腹目掛けて大蛇は尻尾の先端で熾烈な突きを食らわせる。
「おえっ」
ロトカは体躯が数メートル吹っ飛んで、嗚咽を漏らした。
しかし外傷はない。骨も折れていない。
「我慢勝負ですか。どっちが硬いか決めましょう!」
【20分後】
ロトカは大蛇に辛勝した。
ロトカはいやらしく、何度も何度も同じ一点だけを攻撃して、外傷を広げ深くしていった。
一方ロトカは合計で23回の攻撃を受けたが締め付けられようが、牙が刺さろうが相変わらず無傷だった。
弱点になるので避けねば。私とて防げない攻撃もありますからね。
最後は一撃で大蛇を真っ二つに切断して、勝負がついた。鈍器で殴られ続けたので大蛇についた断面は荒々しかった。
それから腹ごしらえをするために大蛇の肉を尻尾で切り取って、火に焼べた。その時、狼4頭がすごい速さで大蛇の残りの死骸を奪っていった。
弱肉強食という言葉を思わず意識せざるおえない光景だった。
「一言くらい挨拶でも言ったらどうなんですかね。私が倒したのに」
この後も戦いに行く予定なので全部平らげる事は考えていなかったので、奪われたことは特に気にしなかった。
しかし、苦労して倒したので奪うにしても何か言って欲しかった感はあった。言える訳ないのだが。
ロトカは肉を食べ終わった後、獲物を探して彷徨い歩いた。
ふと水の流れる音が遠くに聞こえてきたので、そっちの方に向かった。
すると開けた河原に出た。ロトカが見まわした限り、一人しか周りにいなかった。その人物は川幅の端っこで前かがみになり、何かを探していた。
その人物は急に静止した。と思ったら、手を川に突っ込み何かをつかみ、天に向かって突き上げてその何かを確認していた。どうやらお目当ての物だったらしく、バシャバシャと地団太を踏んで喜びが自然と溢れていた。
【何か金目のものでも手に入れたんでしょうか?】
ロトカは気になって、その人物の方に近寄っていく。
その人物は黒髪の長髪が似合う小女だった。髪はストレートヘアで日の光を受けてつやつやと光っていた。服装は街で見かけた若い女性がしていそうな、配色豊かで機能性を犠牲にしてお洒落を重視したものだった。そんな服の裾を川に入るためにまくり上げており、白い綺麗な脚を見せていた。
「何か金になる様なものでも見つけたんですか?」
「うわー!これだ、これ!この色間違いない!ヒサワガニ!」
ロトカの声には反応せず、目の前のお宝に夢中の様だった。ロトカも少女の後ろから小さな手の中を見ると、一匹の小さな蟹がワシャワシャと手足をせわしなく動かしていた。
「それ、高く売れるんですか?」
「うわっ!なに!!」
ロトカがさっきよりも大分大きな声を出したお陰でようやく少女は気づいた様だ。しかし、びっくりしすぎて捕まえたばかりのカニを川に落としてしまった。
ポトンっ
「あっ!カニが!私のカニが!」
輝かんばかりの笑顔が一転して絶望の表情に変わる。ロトカも予期せぬこととは言え、多少の罪悪感を感じた。幸い、ロトカの動体視力は優れているので、ヒサワガニとやらを簡単に再捕獲することが出来た。
「こいつですか?」
「それだ!ありがとうっ!」
少女はまた表情を一転させて喜んだ。
「ようやくこれで観察が...あれ?あと2人の護衛はどうした?」
「護衛?なんのことです?」
ロトカは面食らった様子で聞き返す。
「護衛といったら護衛だよ。あの丸坊主の人相が悪い者と軽薄そうな青年も一緒だったでしょ」
「人違いでは?私は今しがたこの河原に来たばかりですよ」
「そうだった...全く、何やってるんだ。ギルドにくれーむを入れてやる」
話からロトカが推測するに、護衛に置いて行かれたのだろうと推測された。
「道理で。そんな恰好でこんな所に居るわけですね」
「そりゃそうだよ。戦いなんて物騒なこと、私にできる訳ないでしょ。私は研究者の卵なんだよ」
カニをしっかり、そして優しく握りしめながら器用に服の裾を元に戻す。
「私はレイナ。えぇーっと。あなたは?」
「ロトカですけど」
「了解...で、私を町まで護衛して」
「嫌ですよ。何でそんな面倒なこと」
礼儀正しく丁寧に頼むならまだしも、傲慢ちきに見下しながら命令されて良い気分になる者はいないだろう。
「何で!?高貴な私の護衛なんて、自慢できるんだよ。それに私一人では街に...うえーん!!」
少女らしく、喜怒哀楽が激しい。
カニは「今が逃げ時だ!」と思ったのか、うまい事レイナの指の隙間からこぼれ落ちる。
ロトカはそれを見逃さず、地面に落ちる前にキャッチした。
「大事なものならしっかり持ってなさい」
「あ、有難う」
レイナは素直にお礼を言ってカニを受け取った。
「で、街に送り届ける件ですがそりゃ無理です。私はこれから一か月くらい体を鍛えるんですから。送ってる暇なんてないですよ」
「一か月!長すぎる!」
「そんなに文句言うなら一人で帰ったらいいじゃないですか?」
「馬鹿。私が街までこの森から生還できるとでも思ってるの?自慢じゃないけど、スプーンよりも重いものを持ったことが無いこのか弱い私に?」
「無理!絶対、あなたに着いて行くから!」
そういってレイナはロトカにしがみついた。




