第2話 焼却炉
オリスが戻ってきた時には次の試合が始まっていた。
試合間隔は極めて短く、モンスターの用意にかかる10分程度だ。死刑囚の体力など考慮されていない。
「遅いぞ。トイレに何分かかってるんだ」
「いやーすまんすまん。行列が出来ててよ」
嘘である。ただ仲間に先程の試合で死刑囚に賭けていた配当の受け取りとこの試合の分を払いに行っていたのだ。
「今度の相手はリアレストアらしいぞ」
「それは無理だな」
リアレストアとは人型をした鳥の怪物で羽や尻尾が鋭利な刃物になっている。
「ああ。アレンシアの奴もとうとう終わりだな。今日のやつは結構頑張ったんじゃ無いか?」
「そうだな。リアレストアまで辿り着いたからな....終わったらしいぞ」
ギィエェェエエェェェェ!という悪魔の慟哭が薄暗い地下にも聞こえてくる。二人の体もそれに反応しブルブルっと恐怖で震える。
「ったく。いつ聞いてもマジでこえぇな。情けないがこればっかは慣れねえ」
「ああ、本当にやめて欲しい」
「にしてもよくリアレストアなんで化け物を冒険者も捕まえてくるよな。相当凄腕だったんだろう。恐らく闘技場専門にモンスターを捕獲してくる専門の奴なんだろうけど」
「当たり前だ。あんな化け物捕まえてくる奴は限られてくる」
二人が感想を話し合っていると
「バァン!おおぉい。死体持って来たぞぉ!何喋ってんだ」
「小隊長!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
ドアが爆発四散したかと思うくらいの勢いで開いた。そこから大柄な男と荷台に乗せられた血が滴るリノブルムが数人がかりで担ぎ込まれて来る。
「挨拶なんていいんだよ。真面目なキリアンまで喋ってるなんて珍しいな」
「すいません!小隊長!弛んでいました!」
「いや、ですね。でも...」
「オリス、お前は特別指導行きだ!」
「なんでですか!キリアンも喋ってんたんですよ!」
「キリアンも悪いがまず真摯に謝罪し反省したぞ。それに引き換えお前はどうだ。まず言い訳しようとしたよな?それが全然違う。貴様だけ後で来い!」
「そんなあ...」
「うるせえ!お前達もモンスターを焼却炉に叩き込む手伝いをしろ!」
既にキリアンは動き始めていたが、オリスは賭けに勝った嬉しさも吹っ飛び、渋々手伝いに行った。
「ったくアホめ。っよし説教もほどほどにしてやるかあ。うおおおぉぉっこいしょ!!」
ガンツ小隊長が焼却炉の3メートルある第一門を渾身の力で持ち上げて固定した。
「っふう。良いトレーニングになるぜ」
その姿を後ろから見ていた部下達は流石だなあと感心していた。
焼却炉の門は連続して3つあり、一般人には物理的に開け閉め出来ないようになっていた。
「相変わらず凄まじい臭いするな」
ガンツ小隊長が門を開けるごとに匂いがキツくなり、部下達は呼吸を止めに入る準備をする。
最後の3つ目の門は高さ5メートル、横幅10メートルという巨大さである。中はドーム状になっており熱を逃さない構造になっている。
中には前回の戦いで死んだモンスターの骨が高く敷き詰められていた。まだ何のモンスターなのか、その形までは見てわかる。
「最後の門は一苦労だな...お前らまだ入るなよ!」
もう既に匂いは耐えられるレベルを超えており皆呼吸を止めている。
返事など出来る訳もないのでその代わりにオーバーリアクションで人形の様に首を振るしか出来ない。
「情けないな...」
部下達の姿を見て上司としての情け無さに駆られる。
ガンツ小隊長が横にあるレバーを手前に引くと床が一瞬にして大きな口を開き骨の山を飲み込む。
「うえぇ。おっかねえな。落ちたらただじゃすまんぞ」
歴戦のガンツ隊長がそう口にするほど下は何処までも深かった。
もう一度レバーを戻すと、ドシン!と勢いよく床が元に戻る。
「よしおめぇら。さっさと死体の山を入れちまえ。ん?なんだあれ?」
10センチ四方くらいの穴が中央奥の床に開いているのがギリギリ確認できた。
「おい!キリアン。あの穴は問題ないのか?」
個人指定されたキリアンは息を吸って答える以外に道はない。
「ぶはっ。先日の報告書でも申し上げた通り、モンスターの死体を運び込む最中に出来たと思われる穴です!しかし焼却をする担当曰く、焼却範囲は空間指定を行うため熱が下に逃げる心配は無いとの事です!」
キリアンは早口でそういうとまた息を止めた。
「てめえ!いい度胸してるじゃねーか。報告書読んでないとか言いやがって...」
「い、いえ。そこまでは...!」
「うるせえ!お前も後でオリスと一緒に来い!」
こうなったガンツ小隊長に何をいっても無駄なので、キリアンは余計な一言を言ってしまったと心中で後悔しながら従うしかない。
隣のオリスが叱られる仲間が増えたとばかりにニヤニヤしている。
「まあ、問題ないならいいか。よし!今度こそ運んでしまえ!」
ガンツ小隊長はキリアンの報告から焼却の性能に影響がないなら気にすることもないと、仕事を再開するように部下に告げる。
ここからが長く、2時間くらい溜まっていたモンスターの死体を焼却部屋に運び込む作業が続いた。最終的には死体の山が出来上がっており、床は血溜まりが出来上がっていた。
「よぉおし!引き上げるぞ!部屋に誰もいないな!門を閉めるぞ!」
最終確認をしてガンツは門を閉め始めた。開ける時と異なり、門の止めを外すだけで勝手にバァアン!と落ちてくれるので至極楽なのだ。
「服の匂いがキツイな。すぐ風呂に入らねえと道で捕まっちまうぞ」
「すいませぇん!!!」
全ての門を閉め終えたところで係員数人が何かを運んできた。
「あ?なんだ?そんな急いで」
「ガンツさん。今日から規則が変わったと言ったじゃないですか!」
「き、規則?そんな変更あったか?」
「ありましたよ!モンスターの死体と一緒に死刑囚の遺体も一緒に焼却する様に、ってお達しが上からあったじゃないですか」
「そ、そんなのあったっけなあ?」
闘技場の常駐している女医にガンツ小隊長が怒られる。
ガンツ小隊長も女性には強く出れないのだ。
「ありましたよ!とにかく、装備の回収や遺体の検査なども終わりました。ここに置いておくので竜の口に入れておいてくださいね!お願いしますよー」
女医は部屋の匂いに耐えられず矢継ぎ早にそう言って去っていった。
「よ、よーし!おめえら死刑囚の遺体も入れちまうぞ!ほら、早く持て!な、なんだその目は文句あんのか!」
余計な仕事を振られた部下達からの居た堪れない視線にたじろぐガンツ小隊長。
「ったく。また門開けるのかよ...よし!やるか」
うだうだ言ってても始まらないと、考え方を切り替えて再度ガンツ小隊長は門を開け始めるのであった。