とある雑用の日常(前編)
目の前では女性2人によって激しい戦闘が繰り広げられている。
地面のタイルが剥がれ、半径50メートルほのどの広場に体を打つ拳の音が聞こえる。一体どれだけの力を込めてるのだろうか。
ブランカ臨時署長は脱獄者と大規模な戦闘を繰り広げていた。
このマルタ広場は囚人が綺麗な空気を吸える最後の場所であり、皆死んだ表情で惨めに黙って歩かされる場所だ。
そんな場所でかつてこれまで暴れに暴れた人はいなかったはずだ。少なくとも僕が配属されて一週間の間ではの話だが...
周りの看守の方々がいつでも大砲を打てるように構えている中、僕はただその光景を見ているしか出来なかった。
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「おい、小僧!」
「は、はい」
「とっとと飯運んでこい!」
「た、ただいまっ!」
僕は上司となったデントさんに尻を蹴飛ばされる。しかし地面に伸びても直ぐに立ち上がり、部屋を出ていく。
「くはははっ!そんな扱い方してたら直ぐに潰れちまうぞ」
「こんなの普通だろ?俺たちだってこうやって仕事を覚えたんだしな。ははは」
そんな声が部屋から漏れてきた。しかし、落ち込んでいる時間はない。すぐに食堂に行って食事を貰って来ないと余計に怒られてしまう。
そう考えたフォンは廊下を駆けて行き、5分ほどで戻ってきた。二人分の食事を持ちながら息をあげていた。
「おい、今朝の署内報見たか?」
「なんだぁ?そんのあったっけか?」
「ああ、俺もたまたま見たんだけどよ。何でも明日から所長達が本土に行くらしいぜ」
「お前、本土ってどっちだよ?」
「アレンシアの方だ」
そう言ってオンスさんはサラダにフォークを突き刺す。因みに今日のサラダはマカロニサラダだ。
署内報とは各部署の連絡板に張り出される掲示物である。署長が交代になるだの、来客があるだのといった情報が記載されている。
「所長達って事は1人じゃないんだよな?」
「そうだ。副所長と各部署の統括長、幹部達全員だ。...いや、懲罰統括長以外か」
「っはぁー。そんなのここ数年で無かったよな?」
「ああ、アレンシアで灰会議『クラーヴェ』があるんだってよ」
「となると結構大きな議題か...」
「灰会議は7年振りだったっけな?」
オンスさんはワインをぐいっと飲み干し、デントさんは肉かぶりつく。
「いや、そんなのどうでも良いけどよ。議題の方が気になるな。看守の給料をあげる議題かもな!」
「はははは!そんなのあり得ねぇーって。タダでさえ俺たち結構貰ってる方だぞ?」
「ぎゃはは!まあな。地元じゃ俺も金持ちの部類だからな。鼻が高ぇぜ」
「俺もだ。『オンスさんは何の仕事をなさってるんですか?』なんて聞かれてさ、『政府の仕事で余り公には出来ない、重要な仕事だ』なんて言うと女どもは勝手に官僚か何かだと勘違いするから、面白いの何のって」
「おっ!それ良いな。俺も次からそう答えよう」
お給料の面は見習いになる前に聞いている。この島である程度長い期間、住み込みで働く上に、看守という特殊な仕事に従事する。しかもこのファイゼンは全国の監獄の中でも危険度が多少高い囚人がいる部類に入る。場合によっては囚人に看守が殺される、何て件も偶に出てくる。
だから、給料が一般的な水準よりも高くなる。
「まっ、灰会議の議題なんてご大層なもの聞いたところで俺たちにとってどーでも良い事だろう」
「そうだな。美味い酒が飲めていい女が抱ければそれで良いな。そいや...」
デントさんとオンスさんはその後は、どこそこの店の何ていう女性が〜などという猥談に入った。
一応、この島は監獄しかないのではなく、簡単な飲食店や娼館、カジノなど娯楽の施設から看守たちが住む住宅街まで幅広く揃っている。
僕は話が猥談になり始めたところで、半ば意識をシャットアウトして他のことを考え始めた。
『署長に幹部達...僕何て会うことも叶わない雲の上の方達だ。名前くらいは存じてるけど、この先も会う予定もない。そんな方々が一度に監獄を離れて大丈夫なのだろうか...
しかし灰会議なんて久々に聞いたな。政府の集会の中でも重要な議題を話し合う様な場が設置されたという事だ。一体何を話し合うのか...想像もつかない』
フォンは壁の隅で棒立ちになってそんなことを考えていた。
「っふう。食ったぜ。おい!小僧!ここ片付けとけ!明日も朝早いからな」
「り、了解しましたっ!」
フォンが身の丈に合わない考えことをしている間にお二方は食事を終えていたらしく、部屋を出て行った。
部屋に残されたので僕と汚く食事をした後の机だった。どちらのお皿にも綺麗に野菜だけが残されていた。
机にはワインが飛び散り、都で見る様な前衛的なアートの様な様相を呈している。
「さあ早く片付けてしまおう」
署内では働く時間が朝勤、昼勤、夜勤かで分かれている。それぞれ目安で8時間交代だ。
しかし、それで終わらないことが殆どで立場が低い人ほど残業をしなければならない。
朝勤の場合...最近は僕のいるチームもそうだが、6時開始である。今は22時位なので、早く部屋に戻って眠らなくては。
僕は疲れ切った脳に鞭を打ち、最後の一仕事を始めた。




