これからの方針
「さて、積もる話しはあるが今すぐここから離れるぞ。ニブルヘイムが消えた以上、ヘイムダル家が異変に気づくのも時間の問題だろう。隣の蛮族も攻めてくるだろうし、それに巻き込まれるのも面倒だ」
「はい、ご先祖」
「あれ? ご先祖。その方角はヘイムダル領ですよ」
沼の中に沈んでいる間に頭がボケてしまっても仕方ないよな。
……って、いけない! 心の中の声もご先祖に聞かれてしまうんだった!
叱責が飛んでくるのを覚悟したけれど、ご先祖は心の声に気づいたふうもなく、何食わぬ顔で言う。
「アルマよ。道は間違ってなどいないぞ。私たちはこれから領主を名乗る外道を抹殺しに行くのだからな」
「……へ?」
「ほら、何をぼけっと突っ立っている。奴らが混乱している隙に忍び込んで、一気に畳みかけるのだ」
ご先祖は俺の父上に怒っていた。
だからこのような行動に出ることは真っ先に注意しなければいけなかった。
勿論、ご先祖の怒りようは分からないでもないのだけど。
「いま父上が倒れたら領土はもっと大変なことになってしまいます」
「問題ない。後のことは私に任せろ。この私が戻ったからには、蛮族どもなど恐れるに足らんわ」
その言葉を聞いて、俺の中で確信が深まった。
「いいえ。残念ながら今のご先祖には無理です」
「この私では頼りないか? 数千もの魔王軍を退けた我が力に疑いを持つというのか?」
「いいえ、ご先祖はとても素晴らしい方です。沼の底に沈んだ魔王軍の屍、あれがご先祖の覇業を示す確かな証拠でしょう」
「では、何が不満なのだ?」
「でも、今のご先祖は全盛期の力を失っているでしょう?」
ご先祖が片眉を吊り上げた。
「ほう、その根拠は何だ」
「だって、ご先祖はその姿になってから一度も俺の心の声を読めてませんよね?」
「む……」
ご先祖は顔をしかめる。
これまで結構、心の中で好き勝手言っていたのにご先祖はそれに反応する素振りはなかった。
さっきご先祖は自分の魔力の大半を引き換えにと言っていたし、言うまでもなくそういうことなのだろう。
「だが、力を失ったとしても、私は今のヘイムダルの在り方を赦してはおけぬ」
「いやいや、落ち着いて考え直して下さいってば」
ご先祖の伝説に比べたら霞んでしまうが、父上はとても強い。
王国に不満を持つ反乱分子を裏から潰してきた物凄く怖い人だ。
強大なスキルだけでなく、更には切り札を持っている。
今のご先祖でじゃ、勝てるかどうか分からない。
仮に、よしんばご先祖が父上を倒したとしよう。
父上に何かあれば優秀な兄上が後を継ぐから後継という点では問題ないけれど、経験の足りない兄上では隣から攻めてくる蛮族を捌き切るには役不足であろう。
そうなったとき一番被害をこうむるのは――
「ご先祖の気持ちは分かります。ですが、民の安寧のためにも父上を見逃してはくれませんか?」
「ふむ、たしかに大勢をいたずらに苦しめるのは私も望むところではない。……可愛い我が子孫に免じて、悪徳領主を今しばらく生かしてやるとしよう」
「……ありがとうございます」
ほっとする。
どうなることかとハラハラさせられたけれど、考え直してくれたようだ。
それにご先祖に心の声を聴かれる心配もない。
良い人だと分かっているけれど、それでも考えていること全てが筒抜けなのは心休まるときがなかったからだ。
◇
「では、急ぎこの場を離れて姿を消すとしよう」
「はい。ここから近いアールノート領を目指すとしましょうか」
アールノート領はヘイムダル領の北に隣接する領土だ。
近くには《黒い森》と呼ばれる危険な場所があるけれど、街道を真っすぐ通っていけば魔物と遭遇することなくアールノート領に入ることが出来る。
そこの町に身を寄せて、適当な仕事にありつくのもいいな。
そうだな……冒険者になるのもいいかもしれない。
俺も冒険者がどんなものかは分からないけれど、かつて生きていた兄姉たちが、平民たちにはそういう職業にありついていることを教えてくれたっけ。
野蛮で臭くて汚らしくて、三度の飯より金を血を好む無法者のあらくれ集団だと聞いた。
だが、そこにはスキルだけに縛られない名誉や命懸けのスリルがある。
なにより、そこには自由がある。
失敗したら命を落とす危険はあるが……自分で何もかも決められないまま死んでしまうよりかはマシだ。
それに……いつまでもご先祖に葉っぱで編んだ服のままでいてもらうのも心苦しいので、その稼ぎで服を買ってあげたい。
今までお洒落とかとは無縁だっただろうし、とびっきりの可愛いドレスとか着せてあげたら喜んでくれるだろうなぁ。
けれどご先祖は何やら浮かない顔だ。
「たしかに適当な領土に身を寄せるというのは私も賛成だ。だがお前、その恰好で街に入るつもりか?」
「……へ?」
も、もしかして俺も裸だったのか!?
そう思って咄嗟に自分の身体を確認すると――
全裸どころか薄皮ひとつない骨だけの身体。それどころかスケスケだ!
というかこの身体、スケルトンだ! あのニブルヘイムで俺を掴んで引きずり込もうとしたあの魔物じゃあないか!
「そんな姿で街に足を踏み入れれば門番に殺されるのがオチだろうな。人間だと叫んでも聞き入れる奴はいないだろう」
「ど、どうしましょう!? ご先祖!」
俺は一生このままなのか!?
せっかく自由になれたのにスケルトンのままとか嫌すぎる!
「ふむ、それはお前の配合の力だろう。その右手で触れた魔物の力を取り込み、使うことが出来るそうだ。お前がその姿なのは、我が沼にいたスケルトンを吸収したせいだろうな」
「ご先祖には俺の力が、分かるんですか?」
「ああ。私の力の多くは失われてしまったが……幸いなことに鑑定眼は問題なく使えるようだ。戦闘では役に立てそうにないが、お前の補助くらいは出来よう」
「いえ、助かります」
俺もこの力のことはわからないことだらけなので、ご先祖の鑑定眼は心強い。
「さて、まずはその姿をどうにかする方法だが、私に一つ心当たりがある」
「本当ですか!?」
「ああ、《黒い森》と呼ばれる場所に、人間に擬態の出来るスキルを持つ魔物がいる。そいつを配合すればなんとかなるだろう」
「やった! すぐ近くじゃないですか! そうと決まれば善は急げですね!」
「待て。人の話しは最後まで耳を傾けろ」
「あ、はい……」
怒られてしまった。
「だが、そいつはかなりの強敵だ。今のお前じゃ太刀打ちできず、返り討ちにあうだろう」
「つまり修行しろってことですか?」
「そうだ。幸いお前には配合というおあつらえ向きのスキルがある。それでまずは力を身につけよ。己の力を知り、さらなる成長を遂げるが良い」
そうしてご先祖は何かを探るように周囲を見回している。
「ふむ……噂をすればなんとやら、力を試すのにうってつけの奴が来たな」
「え?」
「そら、来るぞ! 構えろ!」
ご先祖が叫んだそのとき。
俺たちの前に、草木を踏み分けながら魔物が姿を現したのだった。
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