嬉しい再会
「ん……」
目が開いた。どうやら俺はしばらく寝ていたようだ。
そう……たしか俺はご先祖の言葉に従って、ニブルヘイムから脱出した。
そのはずだ。
だけど自由の代償はでかい。
ご先祖はとても優しい人だった。
出来損ないの俺なんかには勿体なくらい良くしてくれて、あんな親切を受けたのは生まれて初めてだった。
……けれど、もう二度と出会うことはない。
なぜならニブルヘイムの消滅と共に、ご先祖は消えてなくなってしまった。
この残酷な世界で、俺はひとりぼっちだ。
「ご先祖……」
悲しみに暮れていたそのとき、
「お? どうやら目が覚めたようだな」
ふいに、声をかけられた。
何者かと思い、そちらに目を向けて見れば、そこには美少女がいた。
濡れているような艶のある黒髪と、サファイアみたいに鋭く光った理知的な眼差しが、女としての色香を際立たせていた。
頭の中が、真っ白になる。
それは彼女が可愛かったからとか、美しかったからとか、そういう高尚な理由じゃない。
なぜなら目の前の少女は――
「いやー、あれから半日も目を覚まさないからこのまま眠ったままなのかと心配だったのだぞ」
生まれたままの、一糸まとわぬ姿で、素肌の何もかもを外気に晒した姿だったのだから。
雪のように真っ白な肌や、形の良い乳房など、見えちゃいけないものが見えてしまっている。
しかもそんなあられもない格好で、俺を膝枕している。
そんな明らかな異常事態に――
「うわあああああっ!! 痴女だぁっ! 痴女がいる!」
「こらっ! 先祖の顔を見るなり、に向かって痴女とはなんだ! このたわけ!」
「そ、そんなこと言われても――って、いま先祖って言いましたか!? あなたはもしかしてご先祖なのですか!?」
「そうだ。見て分からんのか?」
「いや、普通は分かりませんってば……」
どこからどう見ても普通の女の子だし、とても幾千もの魔王軍を退けたような偉大な女傑だとは思えない。
というか女の子だったのが一番の驚きだったし、沼の底で見たあの巨人みたいな骸骨に比べても色々と体のサイズが違うし、一体どういうことなのだろう。
「まあ、こんな絶世の美女を前にしたら驚きのあまり声を上げるのも無理のないことか。私の美貌に免じて、先ほどの無礼は水に流してやろう」
ふふん、とご先祖は自慢げに胸を張る。
ふくよかな曲線の上にツンと立った桜色の突起が見えてしまいそうになり、慌てて目を背ける。
痴女だ! やっぱり痴女だ!
「というかご先祖! その恰好はまずいです!」
「うるさい奴め。さっきから何をぎゃーぎゃーと喚いている?」
「うわああ!! お願いですから近寄らないでください! 服を着てください! その恰好は色々と毒です!」
「服? 服だと?」
ご先祖はようやくそのことに気づいたと言わんばかりに自分の身体を見下ろしてから、ぶわっと全身が激しい羞恥に染まり上がった。
近くに落ちている枝や石ころやらを投げつけてくる。
「きゃああああああっっっ!! 見るなこの助平! 痴漢! 変態!」
「ええええっ!? な、なんで!?」
り、理不尽だ。
◇
そうして暴れ出したご先祖をやっとのことで宥めてから、ご先祖のために葉っぱを編んだ衣服を渡した。
大事なところを隠しただけの簡易的なものだが、まあこれで面と向かって話せるようになったし、今はこれでいいだろう。
街で買い物をするまではしばらく我慢してほしい。
ひと悶着あって色々と落ち着いてから、
「というかご先祖、死んだはずでは?」
ずっと疑問に思っていたことを、ようやく切り出した。
「何を言っている。私はこの通り生きているだろう」
「いや、そうではなく。なんか核とか心臓とかって大事なものを壊しちゃったのに大丈夫なんですか?」
「それが私にもよく分からぬところでな……」
ご先祖は難しい顔で唸り出した。
「死者の沼ニブルヘイムは私の全魔力を使って生み出された禁呪。そして沼を維持する要石が消えたことで、私の存在も消え去る」
そう思っていたのだが、その目論見は外れた……とご先祖は言った。
「その代わりに、私は全盛期の魔力のほとんどを引き換えに、なぜかこうして元の肉体が戻っていた。晴れて自由の身というやつだ」
ご先祖の話しは難しくてなんだかよく分からないけど……とにかくご先祖は生きていた。生きてくれていた。
ご先祖もその事実が嬉しそうだし、俺にとっても素直に喜ばしいことだった。
俺は思わずうつむいた。
必死で堪えようとするけれど、涙が止まらなかった。
「お、おい!? アルマ、お前、泣いているのか?」
「ううっ……だって、だって嬉しくて!」
「……嬉しい? 嬉しいのに、泣いているのか?」
ご先祖は困ったような笑顔を浮かべて、言う。
「まあ、とにかく……そんなわけでもうしばらくの付き合いになるが、よろしく頼むぞ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
今まで大勢の民を守るために、その身を犠牲にしていたご先祖はようやく報われる日が来たのだ。
よかった……こんな素晴らしい人を犠牲にして、俺だけが生き残るなんて、とても耐えられない。
きっと神様がくれた奇跡なのだろう。
世界は残酷で気が滅入ってしまうことばかりだけど……たまには粋な計らいをしてくれるものだ。
◇
これにより死の沼ニブルヘイムは干上がり、西から蛮族が絶え間なく襲ってくるようになって、ヘイムダル家はその対処に追われ、大変な苦労に見舞われるが。
いずれにせよ、アルマたちには関係のない話だ。
更新遅れてすいません。仕事でごたごたして少し空いてしまいました。
……にも関わらず、その間に、ブックマークや評価などを頂いていたようで感謝の言葉が尽きません。色々と拙い部分はありますが、これからも頑張って更新していきたいと思っています。
配合要素もこれから盛だくさんでいくのでよろしくお願いします。