暗闇にさす光明
俺はご先祖にこれまでの経緯を話して聞かせた。
ヘイムダル家は完全スキル主義で、スキルを発現させなかった兄妹たちは――ただ一人の兄を除いて皆、殺されてしまったこと。
いなくなってしまった兄妹たちと同じように、成人の儀に俺にスキルは発現しなかった。
その父上に、俺も失敗作扱いされたこと。
俺は生き残りたいあまり、何でもすると父に泣きついたこと。
そして屋敷の地下牢に幽閉され、身体をいじくられ、ありとあらゆる実験を施されたこと。
だけど俺が発現したスキルを見て、父は失望して俺をこの沼に捨てられたこと。
全てを話し終えると、ご先祖は怒りに声を震わせながら叫んだ。
(なんということだ! ひどい! あまりにもひどすぎる!)
そうだよな。俺もひどいと思います。
ご先祖の怒りはごもっともだ。
俺がもっと使える奴だったらきっと父上を喜ばせてあげれただろうに。
(そうではない! そうではないのだ、我が子孫よ! 私が怒っているのは、お前の父に対してだ!)
なぜです……?
悪いのは無能な俺であって、父上ではありません。
(いいや、お前の父はとんでもないろくでなしだ! よりにもよって我が子を失敗作などと……全くもって、度し難いにも程がある!)
ご、ご先祖?
どうなさったのですか、落ち着いてください。
(これが落ち着いてなどいられるか! そのような非道な行いを許すために私は一族を、ヘイムダルを守ったのではない!)
ご先祖。お願いですから、怒りを沈めてくれませんか。
きっと父上もヘイムダル家を守るために必死だったと思うんですよ。
そりゃあ俺を捨てたのには思うところがないわけではないですけれど。
王国のためを思うなら、有用な能力を持った人間が必要不可欠だし。
西の蛮族はこの沼を超えて王国に攻め入ろうとしてますし……だからこそ、そいつらに襲われても対抗できるスキルは大事だろうし。
その役に立てないなら俺みたいな無能は生きている価値すらないんですよ。
(お前……本気でそんなことを思っているのか? 大方、父とやらに吹き込まれて、長いこと洗脳されて、まともな判断能力を失っているのか)
ふう、とご先祖は長いため息をついた。
(……我が子孫よ、お前に落ち度はない。――今まで、辛かったであろう? 痛くて苦しい思いをさせてしまったであろう? 私が至らないばかりに嫌な思いをさせてしまったことを、詫びさせてくれ)
あれ、怒鳴り声を上げているかと思ったら急に優しい声になった?
怒ったり穏やかになったり感情表現が豊かな人なんだな。
(なんだ、私が謝るのは意外か?)
いえ、魔王の軍勢をその身を挺して撃退しちゃったと聞いていたから、父上以上にすごく恐ろしい人だと思っていたけれど……
でも、こんな俺のために怒ってくれるし、とても優しい人なんだなって。
(違う、私は優しくなどない。現に、お前たちにそのような責め苦を背負わせてしまっている。全て、私のせいなのだ)
ええと、その、ご先祖が謝ることではないですよ。
それに家のために何でもすると父上に願い出たのは俺の方ですし……結局、父上の期待に応えることは出来なかったし。
地下牢に閉じ込められたのも身体をいじくられたのも全部、俺の自業自得ですよ。
(いいや、お前は悪くない。私には分かるぞ。生き残るためには、そうでも言わなければならなかったのであろう?)
まあ確かに思うところはないでもないけど……でもそれは俺の父上のやったことで。
ご先祖のせいではないというか。
(もう何も言うな。こうなったのは全て、私の責任だ。せめてこの手で、腐敗したヘイムダル家に幕を下ろしてやらねば腹の虫がおさまらん……!)
え?
(そうだなぁ。現当主は全裸にひん剥いた上で、領民の見ている前で引きずり回した後に、晒し首にしてやらねばな)
あわわ、それはやめてください!
ていうかご先祖、沼の外に出れるんですか?
(あっ…………)
あ? いま「あっ」て言いませんでしたかご先祖?
その反応から察するに、自力で沼の外に出れないんですね。
(そんなことは、ない。なくはないが、ちょっと今日はたまたま調子が悪くてな)
……出れないんですね、沼の外に。
(違わい! 出れるとも! この私が本気を出せばその程度のこと、造作もない!)
ないとは思いますけど、もしかしたら俺も一生この沼から出られなかったりするんですかね。
(ええい、そんな目をするな! とにかく沼の中央まで来い。そこに答えがある)
まあ自力だろうが他力だろうが、沼の外に出られる方法があるなら何でもいい。
願ったりかなったりというやつだ。