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死者の沼ニブルヘイム

 そうして何度目になるかも分からない幽閉生活が続いたある日。


「おい。出ろ」


 父の手で、屋敷から外に連れ出された。

 半日の間、馬車に乗せて連れてこられたのはヘイムダル領の西に隣接する、冥界へ繋がるとされる死者の沼――ニブルヘイムだ。


 ――深い。


 どこまでも沈んでいく底なしの沼。

 足を踏み入れたが最後、二度と生きて戻ることは叶わない。

 この沼で命を落とした亡者たちが、踏み入れた者を引きずり込み――そして死者の仲間入りを果たすというわけだ。


 そもそもこの沼が出来たのは1000年ほど前のことらしい。

 かつて西から攻めてきた魔王軍を殲滅するために、ヘイムダル家の祖先が、その身を犠牲にして造り出した禁呪《ウルズの闇》により魔王軍を飲み込んだのだという。

 そのときこのニブルヘイムが生まれたという伝説もある。


 そしてヘイムダル領の西部にはカッチェイ族と呼ばれる蛮族の住む領地があるのだが、この毒沼ニブルヘイムが横たわるせいで隣の蛮族が思うように攻めてこれないのだ。


 危険な地ではあるがヘイムダル家にとって、千年前には魔王の手から――現在は西の蛮族からヘイムダル領を先祖代々守り続けるという由緒正しい地でもある。


「父上……なぜ俺をこのような場所に?」

「さあ、飛び込め」

「……は?」


 思わず耳を疑った。


「案ずるな、痛みは一瞬だ。苦しみを感じたとき、すでにお前の肉体は瞬く間にこの世から消え去っているはずだ」

「いや、あの……そういうことではなくて、ですね」

「先祖は快くお前の魂を迎え入れてくれるだろう。あるべき場所に還る。それはとても素晴らしいことだ」


 いやいやいや、なんかそれらしい美辞麗句を並べ立てているが。

 ……ようするにそれって、俺に死ねってことだよね? ね?


「か、勝手なことを言わないでください!!」

「暴れるな。これは父としてお前にしてやれる最期の手向けだ。むしろ失敗作のお前には過ぎた恩賞だ。ありがたく受け取るがいい」

「い、嫌です! まだ俺は、死にたくなぁぁぁいっ!!」


 俺は馬車の扉にしがみついて抵抗したが、ろくな食べ物を与えられず、がりがりにやせ細った身体では逆らうことも出来ない。

 あっという間に引き剥がされて、盛大なしぶきを上げながら、沼に蹴落とされてしまった。





(静かだ……暗くて……何も、見えない)


 沼の中は、闇に包まれていた。

 一寸の先も見えない暗闇。真の闇。

 まるで俺を残して、世界の全てが死に絶えてしまったかのような静寂に満ちている。


 身体が浮かび上がらない。

 それどころかもがけばもがくほど沈んでいく。

 沼という沼がまとわりついて上手く身動きが取れない。


 これが死者の沼ニブルヘイムか。

 俺の偉大なる祖先が生み出したという、全てを飲み込む沼。

 冥界へ通ずる地獄の門。


「……っ!?」


 だが、ふいに静寂がかき消えた。

 沼の中を掻き分けて、俺めがけて殺到してくる気配を感じる。

 何かよくないものが、こちらに物凄い速度で近づいてくる。


 嫌な予感がする。心が不安でざわつく。

 今すぐにここから逃げ出したい。

 離れなければ。今すぐ離れなければ。


 そう思ったとき、ふと、何かに足を掴まれた。

 硬くて、冷たくて、つるつるとした感触だ。

 そちらに目を向けると……


 ぬっ、と骸骨が姿を現した。


 落ち窪んだ眼窩。

 溶け崩れてぐずぐずになった肉片。

 かたかたと顎骨を打ち鳴らし、不気味に笑いかけてくる。


 それもひとつやふたつではない。十、百、千……いやそれ以上だろうか。

 数えきれないほどの朽ち果てた骸骨が――亡者の群れが、俺を取り囲んでいる。

 こいつらは……この沼に沈んで息絶えた亡霊だろうか。

 まるで新たな仲間を歓迎するかのように、亡者たちはゆらゆらと俺の周りを舞いながら、手を伸ばしてくる。


(ひっ……ば、化け物! くるなくるなくるなぁぁぁぁぁぁっ!)


 振り払おうと足をばたつかせるが、骨ばった手は意外に力強い。

 このままだと引きずり込まれる! 


 息が、出来ない。……く、苦しい。


(俺は……死ぬのか?)


 ふざけるな!

 なぜ俺が死ななければならない!

 何が一族のためだ! 何が先祖は快く迎え入れてくれるだ!


 先祖が作り出した沼だか何だか分からないが、クソくらえだ!

 死者の仲間入りだなんて冗談じゃない!

 なぜ俺がそんな下らないことで死ななきゃいけないんだ!


 死者どもが俺を嘲笑っている。

 くそっ、笑うな! ふざけんな! この野郎!

 てめえの顔ぶっ壊してやる!


「……っ!」


 怒りに、任せて、骸骨の頭を殴りつけてやったそのとき――――。

 俺の右手が、光った。


「……!?」


 骸骨は砕けることなく、俺の右手に吸い込まれていくではないか。


(一体……何が起こった!?)


 わからない。

 わからないことだらけだが……とにかく俺の足を掴んでいた亡者が、俺の右手に吸い込まれて、跡形もなく消えた。


 俺の身体にみるみると変化が現れる。変形していく。

 白くてなんだか骨ばっていて、そうまるで骸骨のような……。

 ……って、俺の腕がスケルトンになってる!?

 腕だけはなく、全身が骸骨になっているではないか。


 なんで!? なんで俺の身体いきなり白骨化してんの!? 腐るの早くない!?

 もしかして、さっきの骸骨を俺の右手が吸い込んだことと関係あるのか?


 思い当ることがあるとすれば唯一つ。

 ヘイムダル家の地下牢で、地獄のような実験の果てに手に入れたあの謎のスキルだ。


(これが配合士の力……なのか?)


 ……というか合体するの俺と骸骨なのかよ!

 なんだよ、それ意味わかんねーぞ!


 それに、なぜか突然、息が苦しくなくなった。

 というか呼吸がいらなくなった。

 俺が骸骨の身体になったおかげか!?


 そうか! 生きてないから呼吸を必要としないし、少なくともこのまま溺れて死ぬことはなくなったわけだ!

 それに体の奥底から力が湧いてくる。

 身体は骨だが、生物として進化を遂げたのだという実感がある。


 無数の亡者どもが怒りながら、俺を引きずりこんで溺れさせようと掴みかかってくる。

 だが、呼吸を必要としなくなった俺にはもう利かない。

 もしかしたらこいつらを配合しまくればもっと俺の力は強くなれるのではないか?


「うおぉぉぉぉっ!!」


 俺は右手を振るい、近づく者を、その全てを暴力的なまでに配合していく。

 まるで渦だ。

 俺の右手を中心に渦巻きながら、亡者共は流れに逆らうことすら出来ず、容赦なく全てを呑み込んでいく。


「は、ははは……なんでこうなったか正直よくわけんねーけど、いける!」


 ここで死ぬのだと思っていた。だけど俺は幸運にも生き延びることが出来た。

 死者の沼はもう俺を殺せない。

 お前らは俺の餌だ。俺が強くなるための養分に過ぎない。


 今度は俺が、お前らを蹂躙する番だ。


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